こういう事件はまったく知られていませんね。私もこのブログではじめて知りました。
タイ人の間では知られた話だそうです。ソースは嫁さんw
先の大戦中、日本軍が大量の金塊をタイに持ってきた。当時は日本兵と現地人とでの結婚も多く、子供も結構居たとの事。
日本敗戦後、兵士は荒れた日本に妻子を連れて行けず、現地に残すことにした。で、あった金塊を妻子達のために隠したという。実際、イサー(イシャーに発音が近い)という日本兵の恋人だった女性が子供を作り、日本兵が金塊を残したらしい。それでデパートを開いたという。ただ、そこまでの道のりが綱渡り。下手すれば喉を掻っ切られるのだ。TVのドラマになったそうだ。VCDは出ていない。
日本敗戦時、兵士が引き上げた後を狙って、現地人が日本兵の妻子を襲った。金塊のありかを聞くためだ。だが、知らないのか言わなかったのか、全員喉を掻っ切られた。子供や乳幼児まで。
ただ、イサーは日本人とは結婚していなかった。子供は田舎で出産した。そのまま田舎に預け、虐殺の危機を逃れた。しかし、いきなり金塊を使い出すとすぐばれる。だから何かを始めても危害を加えられないバックが欲しかった。そのうち、うまくタイ陸軍のお偉いさんの妾になれた。陸軍のえらいさんの妾に手を上げるバカは居ない。で、イサーはデパートを開けた。他所の土地に居た日本人の子供たちは、皆完全にタイ名にし、タイ人だと名乗り殺害や暴行などから逃れた。
嫁さんは、「米軍兵がタイ人恋人に産ませた子供を、米軍は登録してくれるのに、なぜ日本はしないのだ?」と怒った。
私「虐殺を日本が調査していいのか?タイの面目がつぶれるだろ?戦勝国が許さないだろ?だからできるわけ無い。タイ政府が虐殺を認めないからだ。」
嫁「米軍が調べりゃいいじゃない」
私「戦勝国どうして、どうして日本のためにそんなことする?するわけ無いだろ?戦勝国は日本に何してもよかったのだから」
嫁、納得。中国や朝鮮でも、避難民の女子供を狙った虐殺はいたるところでありました。
タイでもあったのですね。まぁ、無いわけないかwでも、今でさえ、不景気になれば、もしくは金の価格が上昇すれば「日本軍の黄金」伝説がよみがえってきています。
日本の女子供を虐殺したタイに、日本企業はものすごく貢献してあげてるんですよね。
たいした太っ腹だ。日本人にはタイ人以下の給料しか出さなかったりするしね♪
このブログ主はタイ在住でタイ人と結婚しているにもかかわらず、タイヲタにならないばかりかタイの悪いところをタイから発信しているという奇特な人です。下手したら命にかかわる行為。
だいたいタイに住んでしまった時点で、それぞれの分野においてエリートとはいえない(「タイ研究」という分野があるとしても学問の世界においてまともな分野として扱われていないだろう。上座仏教を研究するためにタイ仏教を扱う人は少ないと思う。現代の上座仏教を研究する人ならスリランカかミャンマーの仏教を扱うもの)。
それどころか、男性が仕事でタイ滞在する場合どんな堅物でも風俗遊びは避けて通れない現実があるようなので、仕事でタイに住んだ時点で普通の常識からみたら最低に醜悪な生活を半ば強いられることになるだろう。
つまり、タイにいるというだけでも「引け目」をもつ理由は十分にあるのである。
それだけにタイ滞在者は却って、タイを美化する発言をしたがり、「日本にはないタイの良さ」なるものを誇張して日本をけなし反日に走ったり、あるいは韓国人中国人を叩くことで憂さを晴らしたりする、ということになりがちである。
まして、タイ女性と結婚したというようなことになれば、必ず、どこで拾ったんだ、ゴーゴーか、バービアか、メーサイの置屋から拾ってきたのか、いくらだった、へ?本当に素人なのか、それなら俺にもひとつ世話してくれ、・・・・というようなことをいわれることになるだろう。
白人なんか平気でそんな話をしあっている(彼らは日本とちがって結婚で戸籍がどうのという観念がないのでタイでの数年の滞在でバーの売春婦と正式に結婚してしまうことも多いようだ。ただしそのあとのカネのむしりとりで破綻する人続出だと思う。白人とタイ人妻の刃傷沙汰も多いようである)。
この点では日本はまだ甘いほうである。誰が植えつけたのか変なタイ幻想が蔓延していて、特に右の人たちの間に強固だからである。
しかし、日本人には言われなくても国際的には当然のようにそういう目で見られる。タイ人妻を連れて世界を旅行すればたいていの場所でそういうふうに見られるだろう。
だからこそ、このブログの人のように、タイで働いていてタイ人妻と結婚していながら、そういう自分の立場への世間の評価を低めることはあっても高めることはありえない日本人のタイ幻想の打破、タイおよびタイ人の醜い現実の暴露という行為ができるということはそれだけでも偉いことなのである。
敗戦前後の日本人虐殺と言えば、ロシア兵による満州居留日本人強姦略奪虐殺事件はまだ知られているほう。9月になってからもソ連軍は北海道に向けた侵略をやめなかった。日本軍は降伏してからも北ではソ連軍と戦争していた。そのほかに上陸したアメリカ兵による大量レイプがあった。
いわゆる「第三国人」による戦後の狼藉行為などはインターネットでは広く知られているものだと思っていたが、そうでもないらしいということがわかってきた。
「ニフティ」や「ヤフー」しか使っていない人達の中には、そんなことは聞いたこともない、そんなことを言うのは右翼にちがいないと思う人もいるようだ。
沖縄の集団自決に対する「日本軍の強制」はあったかという質問をニフティの「アバウトミー」でしてみたら、「それが歴史の真理である」という選択肢を選ぶ回答が圧倒的だった。2ちゃんねらーはニフティ「アバウトミー」は「ニダー」の巣だからだと言うだろうか。私はそうは思わない。
2ちゃんねるの中でいくら常識でも、2ちゃんなど見たことも無い、絶対に覗かないという人もネットユーザーには多いので、2ちゃんでいくら叫んでいても仕方が無いことがある。
本当に多くの人に知ってもらいたいことがあるなら、自分でブログを作って書いた方が匿名掲示板にグダグダ書くよりはよほど有効だと思う。
しかしなぜか2ちゃんねらーはそういう労力を惜しむようである。
2ちゃんねらーは知らないかもしれないが、たとえばYouTubeで韓国や韓国人、在日韓国朝鮮人を批判するコメントをすると、直ちにスパム認定されて普通には見えないようにされてしまうという現実がある。
たとえば「日本の右翼やヤクザの多くは在日韓国朝鮮人である」という英語書き込みを誰かがすると、そのコメントはすぐにスパム認定されて検索にもかからなくなる。「現在の在日は自分の意思で日本に残ったあるいは来た人達である」という書き込みもスパム認定される。
私はこれらのコメントが事実かどうか知らないが、問題はそういうことでなく、反論がなされるのでなくYouTubeのシステムによって発言自体がほとんど抹殺されてしまうことである。
だから、私は韓国や中国を批判するサイトが存在することはぜひ必要だと思う。このような圧力が存在する以上、よほどがんばり続けなければならないと思う。
ただ、馬鹿の一つ覚えのような叫びでは訴求力はないし、たとえばニフティ利用者の目にはまったく入らないというような限られた特殊な空間で叫んでいるだけでも駄目だと思う。馴れ合いで自慰しているのでは話にならない。
また、韓国や中国が嫌いだからタイだ、東南アジアだ、韓国中国は駄目だがタイはすばらしいといった言論は、愚かで見当はずれな以上に卑屈で醜悪である。
これらの人たちは、自分が心理的に依存できる「親日国」を探し回っているだけである。それは「どうしても親日国がないと心細い日本人の姿」を世間に晒して見せているだけのことであり、今日の日本人の自尊心のなさを象徴する見苦しい行為である。
いうまでもなく「自尊心」は「他人がどう評価しようと、理解されようとされまいと、無条件に自分が一番だ」という前提に立つものである。このような無条件の前提は本来、他者の理解にはなじまないものであり、他人に向けて主張しても意味がないものである。ただ、その前提はあえて言わないが堅持した上で、理解されうる具体的な主張を自分のためにしなければならない。
また、それは「人格の尊厳性」と言ってもいいが、すぐに「みんなに平等な人格の尊厳」という形で無責任平等主義に逃げるものではなく、まずもって「自分に配分された」人格の尊厳性についての責任を果たすことに集中するものである。
「愛国心」もこれと同じではないだろうか。それは無条件なものでなければならないし、他者を持ち出して相対化できるようなものではない。そういうことをしようとするのは無責任な逃げである。
つまり、本当に愛国者なら中韓を叩いて愛国心を確認するなどはいうに及ばず、「タイはすばらしい」とか「○○は親日国」「○人は親日」などという寝言をいうことはありえないということである。
どの国のときでもそうだが、他人が旅先でこんな生活をしていた(あるいはしている)という話をすると、その生活の仕方、旅行の仕方がいちいち気に入らないという人が出てくるものである。そんなのは邪道だ、贅沢だ、ぼられてるよ、あるいは、「ぼられたぼられたなんていうのが間違っている」など、何をしていても文句を言う人が出てくる。
最近は少ないかもしれないが飛行機に乗るのは邪道だという人もいた。「(あいつは)飛ぶぞー、飛ぶぞー」などといって揶揄する。この人は日本からネパールまで歩いて来たのだろうか、バスで来たのだろうか、と思ったが。
なぜこういうことになるのかわからないが、おそらく日本には、ツーリズムは「思想」とか「生き方」とか「世界観」と結びつくべきものだという観念が伝統的に?あるのだろう。
伝統といっても日本人が海外に個人旅行に行くようになってからのことだが。
日本では、海外を「放浪」するようなことは、日本での堅気の生活を捨てて非日常の世界に入っていくことだというような感覚があったのかもしれない。
「外国に行ったら現地の人々の習慣に従い、現地の人を最優先させなければならない」という教条もその種の「思想」に基づくものだと私は思う。
現実には、そんなことをいっていたらやがてなめられて、最優先されるのは白人、次が現地人、さらに韓国人など、そして最後に日本人というシステムが全世界に確立してしまいかねない。
「金持ちの卑屈な態度」は鼻持ちならない傲慢さと見られることもあると思う。
私は、日本のツーリズムによくある「現地の習慣に従え、現地に溶け込むようにせよ」という教条は、悪い意味で「日本的」な「ムラ思考」の延長であって、外国の現地人を自分が作り上げた「仮想のムラ」に当てはめているだけだと思う。
この掟に忠実に従うなら、ムスリム、シーク教徒、ユダヤ教徒、その他の厳格な戒律に従う人々は、自分の宗教を捨てなければ異教地域に旅行してはいけないといっているようなことになる。
現地の習慣を「尊重する」、までは結構なことだろう。ネパールで神像や仏像を左手で触ったりすることはよくない。(今朝はここで地元のおばさんが「左手」でヒンドゥ神像に触ってご利益を受けているのを見たが、現地人にはそういうことも許されても外国人が神像に触るのは穢れだという意識はありうる)。
行く場所によってはそうしなければ身に危険が及ぶこともあるだろう。
しかしこの「日本の掟」はさらに、現地人同様の生活をし、現地人と同じような思考をし、現地の感覚にどっぷり漬かり、できる限り現地人と同一化すべきだという教条にさえ発展する。
「地球の歩き方」などによく書いてある「両替レートなど考えないで現地の金銭感覚を身につけよう」などというたわごともその一種だと思う。現地の金銭感覚といっても、日本ほど貧富の差がなくてみんなが同じようなもの同じ値段でを買っている国はないので、普通に貧富の差がある以上、人それぞれだと思う。現地人すら客によって値段が変わることがある。金の使い方はそれぞれの自由。ネパールにも日本の普通の金持ちよりずっと贅沢をしている者がいる。平均所得1万円ちょっとのベトナムでも金持ちはカンボジアのカジノに出かけていって一晩に何百万円もかけたりする。
結局「現地の金銭感覚を身に着けよう」という教えは、日本のムラ感覚を外国にも輸出して仮想のムラで生活しましょうといっているに等しい。
私が今泊まっているゲストハウスは一泊200ネパールルピア(だいたい300円ちょっと)でシャワートイレ付ツインベッドの部屋。湯はほとんど出ない。
食事にかかる費用は高いコーヒーやミルクティーを飲むので150Nルピアぐらい。
あわせても一日の出費1000円以下。
マレーシアにいたときは一日4000円相当は使っていたのでかなりの出費の違いである。
マレーシアでは高い航空券も言い値で買っていたが、ネパールにきたらなんとなく2ルピア3ルピア(5円とか)を値切るようになった。
3年前はタメル近辺でも5ルピアのミルクティーがあったが、もうこの辺にはない。安いところでも6ルピア。7ルピアのところが多くなっている。以前はローカルな店に入るとローカル値段が普通だったが、いまはそういうところでも10ルピアを吹っかけてくることがある。石油やガス(ボンベ)の高騰が原因だとは思う。しかし近代化と外国人ずれも着実に進んでいると思う。
ツーリストは少なくなっているのに変なツーリストずれは進んでいる。
以前からあったが、タイ料理店や「タイマッサージ」の看板は不愉快なものである。タイとネパールを行き来するツーリストが多いので、そういう悪い需要も出てくるのだろう。タイ人でもネパールくらいなら旅行できる者が多いかもしれない。
3年以上前、ネパール人の友人に「キャビンレストラン」というところに連れて行ってもらったことがある。当時は外国人は入れなかったが特別に入れてもらった。個室のテーブルに若い女の子が着く。連れのネパール人はしきりに「連れ出し」を勧めたが、店の主人が許さなかった。外国人にそういうことはさせないという方針のようだった。
そのキャビンレストランがあったところに派手なネオンの「ダンスバー」とかいうのができている。ビキニの女の子の絵が掲げてある。まさにタイの「ゴーゴーバー」のようだ。
日本人などがタイを甘やかしているうちに、タイの腐った文化がアジア中に拡散していく。アジアの人々がタイ式文化にからめとられていくことで同時に、身体の深奥まで白人に捧げ尽くすタイ式白人植民地システムも受け入れていくことになる。
ゲストハウスの人間は、ソーラーシステムだから今はぬるいお湯しか出ないといっていたが、白人客が入った晩にはちゃんとしたお湯が出た。ソーラーだけでなくボイラーもあったようだ。こういうことはよくある。日本人の若い女の子が入ってもちゃんとしたお湯が出るだろう。格別美しくなくても日本人の若い女の子ならネパールでは相当楽しい思いができるかもしれない。
アサン
今月のカトマンドゥ、タメル地区停電時間表(当局発表の時間表に口コミによる修正を加えたもの。随時変更アリ)
日 03:00 - 07:00 17:00 - 21:00
月 08:00 - 12:00 18:00 - 22:00
火 01:00 - 13:00 21:00 - 01:00
水 05:00 - 09:00 12:00 - 16:00
木 06:00 - 10:00 15:00 - 19:00
金 終日電気あり
土 00:00 - 04:00 17:30 - 20:30
タメルの風景
水場
タメルではチベット服を着ている毛唐を時々見かけるが、カッコだけである。チベット服というより、チベット仏教の僧服をファッションとして着ている。
たとえば非ムスリムがハジ帽をかぶったりしたらムスリムは怒るだろう。
しかしチベット仏教僧たちは、仏教徒とはいえないような毛唐がファッションとして僧服を着て観光中心街をうろつくことに怒らない。
さきほどチベット服を着た毛唐がネット屋の隣に座っていた。コートを翻して出て行ったが、翻ったコートで私の顔を張っていった。
自分の振る舞いの一つ一つにちゃんと気づいているということが仏教の修行の基本だと聞いている。そうだとすると、チベット僧服をファッションとして着ているこの毛唐は、仏教にはあまり縁がないと言えそうである。
中国との関係におけるチベット人の立場にはもちろん大いに同情するが、チベット人はチベットを一歩出ると白人に媚びまくるのも事実。
毛唐の同情を買ってドーネーションをたっぷり出させて結構いい思いをしているというのが現実だと思う。
私はダライラマにすこしも尊敬を感じない。彼らは「目的」たるべきものを「手段」として使うことが平気だからである。
ダライラマの「精神的指導」の下にある彼らは、本来神聖な道具であるものや神聖な教えや神聖な体験めいたもの(疑似体験)を観光客の好奇心に訴えて金儲けの材料にさせていることに何の抵抗も感じていないようである。
ネパールの諸カースト(人種民族氏族集団)のなかで、白人にいちばん媚びるのはチベット人およびシェルパだろう。
ソルクーンブのシェルパは媚びる媚びない以前にひどいものだが、数年前ネパールからチベットツアーに行ったときについたチベット人ガイドの白人客への媚びようはタイ人そのものだった(ネパールからチベットに入るにはツアーに参加しなければならなかった)。
大乗小乗を問わず、仏教という宗教には、いつの間にそうなったのかは知らないが、共通して西洋人に媚びまくる体質が備わっているようである。
もっと言ってしまうと厳しいことだが、アジア人には、あるいはモンゴロイドには、いつの間にそうなったかはわからないが、全般的に「奴隷体質」が染み付いているようなところが確かにある。
だから日本人は決して「他のモンゴロイドと同じ、他のアジア人と同じ」であってはならないのである。
日本人の第一の敵は白人だが、だからといって他の「親日」そうなアジア人に擦り寄るようなことがあってはならない。タイヲタのやってることも中国ヲタ・チャイナスクールのやってることもこの意味で同じである(中国はどう見ても親日とはいえないが、チャイナスクールの妄想の中では「必ずいつか分かり合える兄弟」なのではないか?)。
日本人はあくまで日本人であって、特別な存在だと考えるべきである。このようなアイデンティティが孤独なものであることは確かだが、日本人はアジア人でもモンゴロイドでももちろんコーカソイドでもない「日本人」であることに「絶対的な」「無条件的な」誇りを持つべきだと思う。
アーリア系ネパール人、とくにバウン(ブラーマン)は、ネパールにいる限り絶対的なプライドを持っていると思う。(それでもインドでは「ネパール人」であるがゆえに賎民のような扱いを受けるそうだが)。
ツーリズムにいるバウンやチェトリ(クシャトリアに相当)が白人との関係で日本人などを見下す態度をとることはあるが、それは自分たちを白人と同列の位置にあるものとみなして「ボテにすぎない」日本人を蔑む態度をして憂さを払うという(かなり苦しい)心理的な試み、といったところだろう。
2日ほど前にある日本食レストランで見た白人客はひどかった。私が日本食レストランに行くのは食事のためでなく、少しましなコーヒーやミルクティーを飲むためである。私は海外にいて日本食を食べたいと思ったことはない。
その毛唐はカップルで来ていてドイツ語をしゃべっていた。自分たちが並んでカウンターに座りたいからといってカウンターで飯を食っている日本人客をよけさせる。まともに口を利いていない。まるで土人を払いのけるかのように手で指図して席を開けさせていた。カウンターに座ると狭苦しいのが気に入らないといった様子で、今度は初めからあいていた後ろの座敷席に移っていった。その後も、カウンターの日本人客の頭を掠めるようにメニューをかざして客の耳元で料理人にあれこれ食い物の質問をしたり注文をしている。毛唐はいつもそうだがそれが長引く。そしてその間、カウンターにいた日本人は卑屈な態度ですべて毛唐に譲っていた。
アジアで見かける日本人ツーリストには、どこへ行っても白人と現地人に対してはこのように卑屈に振舞うことが日本人として正しいマナー、日本的な美徳だと思い込んでいるのが多いように思う。しかしこういう外人の筋の通らないヤンチャに対して卑屈に振る舞い譲歩することが本当に本来の日本的な態度といえるのだろうか。
私はそうではないと思う。相手が誰であろうと筋の通らないことには屈しない、原則に従って対応する、というのが日本人の伝統的な姿だったのではないかと思う。明治時代の人、戦前の人はそういう風に行動していたか、少なくともそのように行動することが正しいという共通認識を持っていたのではないだろうか。
その後にも日系レストランに乗り込んできて大声で一人舞台を演じる白人女を見た。店にいたのはネパール人客と日本人客ばかりだった。その白人女も自分だけが客だという感覚だったのだろう。大声を出してどうでもいいようなことをあれこれ聞き、店内あちこち風を切ってうろつきまわっていた。
今はツーリスト自体は少ない。白人ツーリストも数は少ないのだが、3年前に比べて毛唐密度、白人遭遇危険性はかえって増大しているような気がする。
そう感じるのは、ツーリストが減ってタメルで働く人が少なくなったせいか、ローカルレストランが少なくなったからだと思う。以前通っていたローカルなお茶屋が軒並み消えている。白人なんかまず来ない穴倉のようなところだが、私にとっては隠れ家のようなお気に入りの御茶屋が何件かあった。味もまずまずだった。毎日のように通っていて食事もしていたが、ほとんど潰れていた。改築されて英語メニューのあるツーリスト向けのカフェになっているところもある。
この数年の間に韓国の影響もますます強くなっているようである。いわゆる日本人宿だったところも韓国人宿泊客の方が多くなっていることが多いという。
韓国人客が増えることで日本人客が離れるかどうかは、ネパールのツーリズムは2chでもタイでもないので、定かではない。しかし中国人が入るようになるとその宿はほぼ終わりであろう。
チェトラパティのほうにあるお気に入りだったローカルチベット食堂はかろうじて残っていた。しかし今回はトゥクパを注文するとキムチがついてきた。以前はそういうことはなかった。いまはアジア各地でこういうことがある。たとえばカンボジアの屋台の蒸した孵化卵にもキムチがついてくることがある。ここ3年ぐらいの変化だと思う。
ネパールは政変でツーリズムは打撃を受けていたはずで、現にツーリストの数は減っているが、カトマンドゥの近代化の勢いは止まらないようである。ようするに、援助経済だから、ツーリストが来なくても国に入ってくるカネ自体はそれほど変わらないということなのだろう。分配の問題だけである。
ツーリズムが唯一の産業の国でツーリストが来なくても近代化だけは進んでいる。
近代化を支えている援助経済の援助の主体は日本などである。日本が援助したカネで欧米の物を買い、欧米企業に落札させる。日本は援助はするが入札には弱いだろう。アメリカがイラクでいくら市場を独占してもそのこと自体は批判されることはないが、日本がちょっとひも付き援助をすれば内外から声高に批判される。
日本人の税金がネパールなどを通して欧米企業に流れているだけということではないのだろうかとふと思った。
あるネパール人に、王政廃止になったら国王はどうするんだろう、外国に亡命でもするんだろうかと聞くと、「ネパールに残ってブラックビジネスマンを続けるだけだ」と言っていた。今までもやってきたヤクザ稼業を民間人として続けるだけだと言うこと。
10年前に初めてネパールに来たときのことを思い出すと、この辺もまったく変わってしまった。古い建物がどんどん壊されていく。3年前には残っていたチェトラパティからカスタマンダプに向かう道沿いの古い町並もほとんど壊されている。
早朝タメルの町を歩いてみたが、祈る人の姿がまったくない。以前はタメル近辺でもいろいろなところで礼拝する人の姿を見た。暗いうちから道端に献物をして蝋燭を立てて礼拝する人など。そういう人もまったく見ない。
そういう習慣もなくなったのかと思って宿の男に聞いてみたら、早朝道端に献物をして祈るのはネワール人だけの習慣で、ネワール人の老人が死んだ後1年間だけやるのだということ。ネワール人は死者の霊が死んだ後しばらく町をさまよっていると信じているからということだった。それを聞いて少し安心した。
どの国でも古い習慣、とくに宗教的な習慣を守っていくことは、「独立」を守るために無条件に重要なことだと思う。他国の人に理解される必要はない。むしろ中途半端に解釈されない方がいい。「わかってしまった」ことは「卑近」なことになる。そういう「非合理的」で外の人にはよく理解できないことを厳しく守っているからこそ尊敬にも値し、いいかげんに扱ってはいけないと思わせるのである。そういうことがなくなると本当に魅力のない人間たちに見えてくると思う。
チベット人が西洋人を味方につけるためにチベット仏教を通俗的に説明してパンフレットをばら撒いたのは失敗だったと思う。
この辺でチベット僧服を着て風を切って大またで歩いている毛唐たちが「ゾクチェンとは・・・・わかっちゃった」、という感じで得意になって白人の仲間に説いて回ったりしているのだろう。そういう「わかりやすい」解説書がいっぱい出ているのだから仕方がない。こういうことになってしまった以上、チベット文明は、内では中国に弾圧され、外では白人に消費されて、やがて消えていかざるを得ないだろうと思う。
3年ぶりのネパール。
1月29日。
相変わらず露天降りのトリブヴァン国際空港に降りる。
飛行機から出たとき、いつもならその瞬間に感じるあのネパールの匂いがしなかった。私の鼻が鈍くなったのか、ネパールの匂いが薄れてしまったのか。
閑散とした空港。中国人客目当ての客引きが目立つ。
3年前まではゲストハウスの客引きがタメルまでただで乗せてくれたが、今回はゲストハウスなどはそういうサービスはもうやめているようだった。
以前は目当てのゲストハウスの名前を叫ぶだけで誰かが寄ってきた。宿からコミッションを取っていたのだろうが、それでいつもタダだった。
今回はどうしてもそういうわけには行かず、タメルまで定価400ルピー、相乗りなら200など。
相乗り客を10分ほど待ち、200ルピーでタメルまで行く。相乗り客は前払いをしたらしかった。いくら払ったかもわからなかったし、あえて聞かなかった。
渋滞だと言う口実でタメルチョークの手前で降ろされる。一瞬地理がまったくわからなくなった。しばらく歩いているうちにだんだん思い出してきた。
カトマンドゥは今よく冷えている。震え上がるほど寒い。風もよく吹いている。薄いセーターを一枚持って着てよかった。体の芯からガタガタ震える体験は久しぶりだ。水は昼間から手が痛くなるほど冷たい。
ネパール人は東南アジア人に比べれば親切で感じが良い。今回はそれを強く感じた。
どこでもそうだが、白人ツーリストが多いところはどうしても「土人式」になる。
とはいってもネパールの場合、そういう金になる場所で働いているのはバウンやチェトリが多く、顔が白人に近かったりすることもあって、土人式へつらいの白人崇拝というよりはカースト意識からくる同族意識に近いものを感じているのかもしれない。
アムステルダムやウィーンあたりから直行便で来るやつはひどい白人が多いだろう。そういうのを中心に相手している業者も多いはずである。ドイツ系には「アーリア人は優秀だからインドやネパールでも上位カーストなのだ」というような理屈を喜ぶ者も多いようだ。そういうことをアーリア系のネパール人から言ってもらったり、言いあったりして喜ぶのであろう。(「アーリアン」という表現はネパールでは普通に使う英語である)。ドイツ系の人間で仏教やヒンドゥ教に関心を持つ者の動機には、アーリア人至上主義や反ユダヤ主義が潜んでいることがある。ドイツ人が書いた「イエスは仏教徒(でアーリア人)だった」という趣旨の本が日本でも翻訳出版されているが、これらの動機がにじみ出ていた。
しかし、タメルThamelからジャータJyatha、アサンAsanなどを久しぶりに歩き回って感じたことは、やはりカトマンドゥの強さ。
カトマンドゥはこれだけ観光に依存し(実は日本などからの援助が第一収入源だろうが)大量の白人ツーリストを集め、誰もが英語を話せるにもかかわらず、決して毛唐力に負けてしまうということはない。毛唐力に負けない強さを持っていると思う。
もちろん毛唐にこびるやつは大いにこびているし毛唐の茶坊主のようなのはツーリズムにはいくらでもいるが、それでも全体としてみるとカトマンドゥは独立していると感じる。東南アジアのように全体として毛唐に身も心も捧げてしまっているということはないと思う。
3年前に出たときと同じゲストハウスに入った。
驚いたことに、3年前にゲストハウスのストアに預けて行った荷物をそのまま保管してくれていて、受け取ることができた。キャリーバッグとビニールバッグ。
3年間音沙汰なし、電話もメールもしたわけではない。まず無理だろうと思って半ばあきらめていた。ちょっと信じられないことだった。
失くしてしまうには惜しい本などを入れていたキャリーバッグは、鍵もかけておかなかったがまったく荒らされていなかった。ビニールバッグの方はネズミに食い荒らされて中がネズミの糞だらけだった。こちらは衣類などだったので全部捨てた。
ゲストハウスのボーイと話をした。この男はバウンで、トリブヴァンに通っていて英語はもちろん良くできる。マレーシアに出稼ぎに来ているネパール人たち、飛行機で一緒だった連中の話をすると、「マレーシアなどに行くネパール人やインド人は教育がない人たちで、教育がある人たちは欧米や日本やオーストラリアに行く。だからマレーシアのネパール人は差別されるのだ」などと言っていた。「オーストラリア」は余分だと思ったが。
空港
マレーシアはいろいろな意味でタイよりは良い国である。しかし、「タイより良い」ということは「最悪ではない」という程度の意味でしかない。
マレーシアにはタイのようなセックスツーリズムはないが、セックスツーリストたちはタイからはみ出して来る。タイのようにあからさまに人種差別・白人崇拝を売り物にすることはないが、「普通の白人崇拝」はもちろんある。
タイが「白人に見せるための人種差別」を売りものにしている国だとすれば、マレーシアはキレイゴト好きな白人、偽善好きのイギリス紳士などに見せるために、一見人種差別がないように装っているだけの国ともいえる。白人の目のないところではハッキリと人種差別をするし、かなりひどいこともしている。(たとえばインド系やネパール人の扱い)。
1月14日、バンダラヤのいつものインド系旅行代理店「MSスター&トラベル」に行くが、滞在期限が切れる30日までのカトマンドゥ行きチケットは売り切れていた。
仕方がないのでブキビンタンに向かう。ハントゥア(Hang Tuah)でLRTからモノレールに乗り換えるとき、モノレールのホームで暴力毛唐と遭遇。もう少しで大怪我をするところだった。警察はもちろん駅員すらいない。誰も止めるものもなく、なされるままである。毛唐がその気になればKLの電車の駅ではレイプすら可能だろう。
Hang Tuahからモノレールでブキビンタン、スンガイ・ワン・プラザへ。「安全旅遊」でカトマンドゥ行きチケットを申し込む。カードで支払う。
カトマンドゥ片道1100リンギ(カード支払い+33リンギ)。言い値で払う。バンダラヤの店の言い値は1050リンギだった。
今(1月30日)カトマンドゥの毛唐だらけの店でこれを書いている。
隣に日本人の若い女が来た。ネパール人の男のヒモがピッタリくっついている。
こういう日本人女「セックスツーリスト」がネパールに(限らず)多いことは憂うべきことである。
男のセックスツーリストは金を払うから、形式的にも売春である。しかし女のセックスツーリストは形式は恋愛にすることが常に(若い女なら、よほどの事情がない限り)可能である。つまり若い女性はそれだけである種の「位置エネルギー」を持ってしまっているという事実がある。「エントロピー」といってもいいのかどうか。最初から高いところにある石を低いところに転がすのは簡単である。だから若い女性セックスツーリストはカネの代わりにその「位置エネルギー」を使って買春しているのである。
そういう理屈以前に女が簡単に股を開くということは、どんな理由があっても、その国および国民の評価を低めるものである。
ところでその女が使っていたPCはその前に使っていた毛唐がPCの調子が悪いと言って他に移った直後のだった。しかもネパール人店員はその日本人女にそのPCを指図したのである。案の定というべきか、女は10分ぐらいで出て行った。ほとんどページが開けなかったようである。
ここはタメルのカトマンドゥゲストハウスの近く。このあたりはネパールの中でももっとも人心の荒廃したところではないかと思う。白人ツーリズムの中枢だからだ。ただしネットはネパールの割には速い。値段は二倍。ココログ管理画面を操作するにはここが良い。
ネパールは今しょっちゅう停電。一日に電気が来る時間が10時間ぐらいなのだろうか。もちろんネットは遅い。
1月22日。ブキビンタンの安全旅遊に行きようやくチケットを受け取る。出発は29日午前7時35分。深夜の電車で空港に行き空港で夜明かしすることになる。
航空券を見ると「ロイヤル・ネパール」は早々と名前を変えてNepal Airlinesになっていた。
11月28日。午後10時半過ぎ、定宿に荷物を預けて出る。預けている荷物はどんどん大きくなっていく。KLセントラル11時過ぎ発のKLIAエクスプレスに乗る。
静かで冷房の聞いた車内で気持ちよく本を読んでいると、突然耳元で毛唐客ががなりたててきた。大声でExcuse me.Do you have a pen?とどなりかけてくる。お前は幼児英会話の先生か。読書の気分ぶち壊しである。もちろんNo!と言う。すると何も言わずに引き下がる。
その男は若造ではなかった。妻らしい白人女を連れていた。いったい世の中に自分がペンを使いたいからといって、静かに読書している人間の耳元でいきなりペン持ってるかと大声でがなる者がいるだろうか。そしてNoといわれると無言で引き下がるだけである。Sorryの一言もない。ペンなんか人に貸すのは嫌なものである。ましてや毛唐。
相手が有色人種の場合、自分が人の邪魔をしたなどという意識は毛唐にはまるでない。
白人の平均的道徳水準である。そうでなければ自分の理屈を嘘と知りながらアフガンやイラクに殴り込み、全部バレたあとも恬として恥じずまだ善行をしているような顔を続けていたり、20世紀になってからもアボリジニを「ハンティング」と称していまカンガルーを殺しているように楽しんで殺したり、つい1970年代まで黒人国民に参政権を事実上認めていなかったのに他国の民主主義や人権状況を批判したりランキング評価したりといった恥知らずなことはできないだろう。
「白人は危険な野蛮人である」。
この認識を早く十分に広める必要がある。取り返しのつかないことにならないように。ボケボケしていると日本人がアボリジニの運命をたどる可能性も十分にあるのだ。
深夜のKLIAは薄暗いがごく普通の様子だった。RNのチェックインはAカウンター。そのあたりに一見してネパール人とわかる人たちが集まってベンチに座っていた。黒川紀章が設計したこのピカピカの空港にはちょっと場違い感のあるスポットではあった。その一人に話しかけてみる。ネパールのネパール人のようなエネルギーはまったく感じられず疲れきって脱力している感じだった。
KLIAの物価は成田より高いと思う。ファストフード店のセルフサービスのコーヒーが9リンギもする。
Aカウンター周辺は一晩中ネパール人だらけ。私もその辺で夜明かしをする。バウン(ブラーマン)のような連中はあまり見かけない。チェトリがちょっといるかどうかという感じ。明らかにボテ(モンゴロイド系)という感じの人も少ない。私の印象では被差別カーストによくある顔立ちの人が多いように思った。
チェックインも手間取る。並ばせてから延々と待たされる。昼の便ではあまり経験しないこと。とくに日本行きなどでは経験しない。
そこに並んでいるのはほとんどネパール人である。マレーシア人がネパール人をいかに見下しているかということを、一つ一つの手続きの端々に実感する。
マレーシア航空のチェックイン係もイミグレ役人もどちらも女だったが大変感じが悪かった。
マレーシア航空のチェックイン係が私に「何しに行く」とか「働きに行くのか」などと見当はずれなことを聞いてくる。まったく余計なことである。「リターンチケットは持っているか」と聞くので「私はネパールには何度もワンウェイチケットで行っている。それにそれはお前のビジネスじゃないだろ。ネパールのビジネスだろ」と言うとようやく黙った。
マレーシアイミグレはさらに悪かった。いきなり、マレーシアで働いているのか、長い滞在だ、ホテルに泊まっていたのかなどと聞く。そういうことをグチャグチャ言うのなら、最初から90日間のパーミットを出さなければいい。
もしそう思うなら逮捕しろ、お前らマレー土人みたいな貧乏人じゃないんだよ、といってやればよかったのだが、機転が利かなかった。
どちらも白人客に対しては絶対にしない態度であることは言うまでもない。
彼らマレーシア入管役人もタイイミグレ役人と同じで、不法就労の後進国人から賄賂をせびり取っているのである。そのことは後でネパール人から聞いた事実である。その習性がネパール人の群れに混じった日本人の前でも出てしまったということだ。そしてここに晒されることになる。マレーシアは一見キレイそうに見せている汚い国。ただキレイそうに見せていることを私は相応に評価したいと思う。
飛行機の搭乗口ではさらにひどいものを目撃した。ネパール人がまるで犯罪者のように両手を上げさせられてしつこく身体検査されていた。私が飛行機を待つ間しゃべっていた貧相な男だった。
次が私の番だった。
トゥドゥンをしたチビデブのマレー豚女役人が非常に無礼な態度で、いきなり私の腕や胸を左手でバタバタ叩いてきた。このマレー女役人は私をネパール人だと思ったのだろう。私が消えかかっているような待機線を一歩ほど越えたからといっていきなり叩いてきたのである。まるで犬でも扱うような態度だった。
マレー人は「言語」というものになじみがないらしい。人間よりもオランウータンに近い動物なのだろうか。
周りはみんなネパール人だったのでこのマレー豚女に「ジャウ!ダリット」と大きな声で言ってやったら面白かったかもしれない。「触るな。お前の手は汚い」くらいは言うべきだった。
その後、私の前のネパール人をしつこく身体検査していた男の役人は私のパスポートに気づいたらしく、身体に触れもせずに顔パスで私を通した。
土人を図に乗らせるほど愚かなことはない。
日本の伝統的な(戦前以来の)「対土人政策」は根本的に誤っていた。
土人に対しては、「線引き」をハッキリさせることのほうが重要だったのだ。日本人は最高位のカーストであって彼らは下位カーストであるという洗脳をすべきだった。
そういう秩序は土人には容易に受け入れられるのである。逆に、土人は対等平等な関係、対等なルールは理解できない。土人は図に乗るかひれ伏すかのどちらかしか選択を持たない。だから土人はあくまでひれ伏させておくのが正しい。
マレーシア人にとっては今でもイギリスが近代化と発展の模範であり続けている。イギリスに支配されたことは幸いだった、その遺産を大切にしなければいけないと、官報のような御用新聞が平気で書いている国である。
今回の搭乗は今までになく不愉快なものだった。白人客がその辺におらず、つまり「白人の目」がなかったために、マレー人の東南アジア人共通の嫌らしい人種主義が表に出てきたという形だろう。
白人の前でわかるように白人を上げて喜ばせる、というのがタイ式である。つまり白人の最低の本音と欲望に正面から応えるというのがタイの流儀である。
これに対して、マレーシアが意識しているのはキレイゴト白人、偽善白人たちなので、白人の目のあるところでは「人種平等」のフリもするのがマレー人でありマレーシアである。
イギリス人がキレイゴトに訴えられて喜ぶ連中だったからだろう。つまりご主人様が飛び切りの偽善白人だったからである。
白人の目のないところでやってることはタイと変わらない。
マレーシア時間8時半ごろ離陸。
乗客はほとんどネパール人。スチュワーデスももちろんネパール人。いつものようにアーリア系のスッチーはサリーの制服を着て、モンゴロイド系のスッチーはチベットエプロンのついたワンピースの制服を着ている。
隣に座っていたネパール人(タクリ)と少し話をする。3年ぶりに帰るネパールだと言っていた。マレーシアの中国の企業で3年間不法就労していたということ。不法就労のための手続き(?)はすべて中国の会社が手配してくれたという。逮捕されて強制送還されたわけではない。予定通りの満期帰国ということだった。役人公認の不法就労である。帰る前に役人に罰金を3000リンギも払ったという。10万円強である。
この飛行機いっぱいのネパール人の大部分が、あるいはほとんどが、こういう形で公認の不法就労をしていて、無能なニセムスリムのマレー人役人が汚い金で豚のように太っているという構図である。
私は日本で不法就労していたことのあるネパール人やミャンマー人と話したこともあるが、彼らが共通して言っていたことは、日本の警察や役人が親切だったということと、役人が不法就労者から賄賂を取らないのに驚いたということだった。
私が知っているあるミャンマー人は日本で不法就労していて強制送還された。日本を出るまでは良かったが、トランジットで立ち寄ったバンコク、ドンムアンのタイ役人から「日本での不法就労」を口実に3万円の賄賂を要求されたという。結局1万円払って見逃してもらったということだった。
しかし、これはタイによる日本の主権侵害ではないか?また日本当局もこのミャンマー人安全にミャンマーまで送り届けるべきだったと思う。
ネパール航空はなかなかいい感じだ。疲れたネパール人でいっぱいだったが穏やかな雰囲気だった。
飛行機が着陸態勢に入って揺れていても歩き回る人、トイレに立つ人があとをたたず、スッチーもとめようとしない。スッチーの一人は乗客となにやらネパール語で話し込んでいたり。ネパール人乗客は無心に景色に見入っている。曇っていて山は見えなかった。
マレーシア時間午後2時ごろカトマンドゥ着。
Author:Kuantan
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