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マラッカ航海日誌補遺

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反捕鯨は「翻訳された白人至上主義」 〔補足〕

これについて。
グリーンピースが調査捕鯨妨害=警告無視し、危険行為-水産庁
いろいろごちゃごちゃ書きすぎてわけがわからなくなったので要点をもう一度。

反捕鯨主義者、反捕鯨運動家たちの反捕鯨、鯨保護の根拠が、「環境保護」だけでないことは疑いない。これはシーシェパードでもグリーンピースでも変わらない。仮にシロナガスクジラやマッコウククジラが増えすぎて生態系に影響を及ぼすほどになったとしても彼らは決してそれらの捕獲、とくに日本人による捕鯨を容認することはない。

つまり彼らが反捕鯨、鯨保護を主張する根拠はひとえに、「鯨は保護に値する種であるから」ということである。

その意味で彼らは、「種」には価値的に保護に値するものとそうでないものがある、すなわち「種には貴賎がある」という思想、あるいは少なくとも思考様式、に拠っている。

結論から言えば、彼らの主張の本来の「動機」、彼らを突き動かしているもの、そして彼らの運動の本質は、「種の貴賎」の思想にあると思われる。

彼らの鯨保護の主張が極めて情緒的で、その叫びがしばしば日本人に対する(ノルウェー人やアイスランド人が俎上に上がることはない)人種差別的な言動と一体になっていることを見るとなおさらそのように推定することが合理的である。

なぜ鯨は(「環境問題」とは無関係に)保護に値するのか、つまりなぜ鯨は「高貴」なのか、この点についても彼らはこれまでさまざまな理由を述べてきた。

鯨が「知能が高い」こと、「社会性をもつ」こと、「感情が豊か」であることなどである。(さらに番外として「痛みを感じることができる」ことなどをあげている馬鹿もいる)。

しかしこれらの「鯨の性質」は彼らの恣意的な「解釈」によって抽出され選択されたものであって、価値中立的なものではない。

またそれらの諸「性質」自体に価値があるという根拠もない。

しかもそれらの諸「性質」は、白人(文明)の諸価値を前提としその色付けを与えられて解釈され構成されたものなのである。

ここにおいて反捕鯨の主張は、白人文明の諸価値を体現するように解釈された「鯨の性質」を「高貴」なものとして称揚することにより、翻って白人文明の諸価値の普遍性を再確認し、白人文明にさらなる価値的なサポートを与える効果をもつ。

このような効果を彼ら反捕鯨活動家自身がまったく自覚していないとも思われない。

よって反捕鯨運動は、そのような効果を意図した白人至上主義運動の一環であると評価するのが妥当であると思われる。

少なくとも彼らの運動が、象徴的に「鯨」に託した「白人至上」の情念の表現であることは否定できないだろう。

すなわち彼らの「反捕鯨」の叫びは、鯨が自然界のブラーマンであるように白人は人間界のブラーマンである、いずれもその「種」としての性質ゆえに「高貴」なのだ、という信念ないし情念の吐露である。
 

もう少し詳しく見ていくと次のようなことである。  

鯨がもつといわれる「知能」「社会性」「感情」という特性がなぜ「高貴性」の根拠になりうるのか。それはいうまでもなく、彼らがそれらの性質を、「人間」の特性、「人間性」の要素でもあると考えるからだろう。鯨は人間性の要素たる諸性質と共通する諸特性を持つから他の動物に優って「高貴」であると彼らは考えるのである。

しかしそのときに彼らは人間性のさまざまな要素の中から、「知能」「社会性」「感情」という特定の諸性質を任意に抽き出してきたのであり、それらの諸性質が人間性を代表するものであるということの根拠は示されていない。それらはいわば思いつきか先入観に基づく選択と言って良い。

さらに彼らは鯨の諸性質からも、彼らの好みの性質を勝手に抽出してくる。そしてそれを鯨の特性であると決め付けるのである。このプロセスはさらに恣意的である。鯨がいかに社会的動物であって彼らがどんなに鯨を愛していようと、彼らが鯨の意見を聞いたわけではない。ほかの動物の意見も聞いて、やっぱり鯨は賢かった、鯨の感情は豊かだったという結論に達したわけでもない。

彼らは単に勝手な解釈によって鯨の特性を抽き出す。もちろん彼らが人間性の特性としてあらかじめ用意しておいた諸性質に相似するような特性を任意に解釈によって引き出してくるのである。

結局、鯨の諸性質が人間の高貴な諸特性に共通するというのは、あらかじめ予定されていた結論であり、その結論につじつまを合わせるような解釈操作をしただけである。

ところがさらに問題なのは、鯨を媒介にしたことによって、鯨によって媒介された人間性の要素たる諸特性はさらに称揚されることになるという現実的な効果である。

彼らが最初に「知能」、「社会性」、「感情」などを人間の特性として選んだこと自体根拠がなかったが、しかしさらに、彼らが人間性に関する任意の解釈によって「知能」「社会性」「感情」などを価値ある特性として引き出す過程において、それらの特性に、彼らの自由勝手な「色付け」がなされている可能性も非常に高い。

たとえば、知能、社会性、感情のうちのどれがより価値があり高貴な人間の特性であるかという問題に対する決定的な答えはないだろう。どれを選んでも根拠はない。しかし、彼らは任意にどれかを優先事項として選択しうるだろう。

現に以前は「鯨は知能が高い」ということが鯨保護の主な理由とされていた。その時代には「知能」こそ人間性の価値ある特性であるという思想が根強かったのである。そして、白人こそ最も知能が高い人種であるという観念も強固だった。(日本人はこのことをあまり知らないように見える。いまでもマレーシアのような後進国では、白人はアジア人より知能が高い、インテリジェントだと本気で信じている人が少なくない)。

その場合の「知能」の解釈、知能とはどういうものかという解釈も、反捕鯨運動家たちの文明的な背景、すなわち白人文明の思想を前提として行われることになる。

社会性や感情についても同じである。「常に平静で何にも動じず、物事を差別せずに見る境地」を理想とする文明においては「感情の豊かなこと」はマイナス評価を受けるだろう。しかし白人文明の思想にはそのような理想は存在せず、「感情が豊かなこと」「感情が動きやすく安っぽいこと」がむしろ人間的であるとみなされて高く評価される。

これらが解釈の過程における「色付け」の例である。

彼らは「人間性の解釈」と「鯨の性質の解釈」との両面において恣意的な解釈を行い、その過程で自らの「隠れた動機」を表現していくのである。

「鯨は痛みを感じることができるから保護に値する」などと本気で主張して活字にしている白人さえいる。反論するのもばかばかしいが、痛みはすべての動物が感じるものである。「苦痛」の問題については前記事に少し詳しく書いた。

もっともっと常識的に考えても、「知能」や「社会性」や「感情」を根拠にその生命の貴賎、保護に値するかどうかを決めてよいというなら、脳に障害があり、知能はもとより感情も鈍磨していて十分な社会性も持てないような障害者の命の価値は、健常者よりも明らかに低いということにならなければならないだろう。

このように彼ら反捕鯨主義者の思想の破綻はどこから見ても明らかだが、捕鯨をめぐる議論の問題は、彼らの荒唐無稽な主張が現に全世界に受け入れられてしまっているという「イデオロギー性」ないしヘゲモニーの問題なのである。
 

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オランダとオーストラリア

東南アジアでの買春といえばドイツ人だと思うかもしれない。その通りではあるのだが、オランダ人もひどい。比較的数が少ないので目だっていないだけ。というか、オランダ人ってドイツ人の亜種みたいなもの。とくに児童性愛に情熱を燃やす。

買春と児童性愛に関しては、オーストラリア人も負けていない。

東南アジアで普通に見ていていちばん耐え難い白人といえば、やっぱりオーストラリア人とオランダ人。

参考記事、

オランダのペドフィリアたちが徒党を組んでぺド合法化を目指す政党を立ち上げようとしている

東南アジアにおけるオーストラリア人の生態実例

その他多数。

そして「白人至上主義」を率直に吐露する点でもこの二国民は共通しているようだ。

この世界で「白人」の地位が危うくなったら真っ先に切り捨てられるけっぷちにいる連中だからだろうか。

当然の帰結として、「翻訳された白人至上主義」運動である反捕鯨運動にも熱心になる。
 

<調査捕鯨>グリーンピース妨害でオランダに要請 外務省

1月23日18時22分配信 毎日新聞

 外務省は23日、日本の調査捕鯨船が環境保護団体「グリーンピース」から燃料補給の際妨害を受けたことについて、同団体が乗り組んだ船の旗国、オランダ に対し「許しがたい違法行為」として、再発防止の措置を講じるよう申し入れた。児玉和夫外務報道官が会見で明らかにした。

 調査捕鯨船に対する妨害行為は、反捕鯨団体「シー・シェパード」に次ぐもので、拘束されたメンバー2人のうち1人はオーストラリア人。高村正彦外相は 22日、オーストラリアのクリーン貿易相との会談で「国内法に基づく適切な対応」を要請しており、今月31日に来日する同国のスミス外相との会談でも議題 となる見通しだ。【上野央絵】

 
1年ほど前、クアラルンプールの都心ジャラン・アンパンの「マレーシア・ツーリスト・センター」の中にある警察(ツーリストポリスではないがそのような仕事をしているところ)に用事があって出向いていたときのこと。

そのときにかち合ったオランダ人はひどかった。40過ぎと見える汚く日焼けしたガタイの大きな白人男。妻と小さな子供を連れていた。

男たちはツーリストセンターの警察署にどたどた入ってきて、ベンチに座って待っている私たちアジア系の客たちの方に目をむけ、アゴを使ってで「ドケ!」とやってきた。

「お前らどけ、俺たちが座るんだ」というはっきりした意思表示だった。

有色人種なら当然召使か使用人、自分たちに奉仕すべき立場の者に決まっている、という確信に基づく行為である。

それが受け入れられないことが不思議なような顔をしていた。

さらにそのとき窓口で相談をしていた人が終わると、彼らは待っているわれわれを差し置いてすぐに窓口に向かっていった。妻の方も当然のように窓口に進む。

私が声をかけて引き止めたが、マレーシア警察はそのまま白人たちを先に受け付けようとしていた。

私はあとで彼らに向かってハッキリと「われわれも同じツーリストだし、ここはお前ら白人の植民地じゃない」と言ったが、オランダ人男もその妻もポカンとしてわけがわからないという表情だった。

ヨーロッパには、アジアは形式的には独立させてやっているが、いまも白人の植民地であるという強い信念を持った者が少なからずいると思う。オランダ人のように教養のない連中がそれを素直に表現しているということだろう。
 

(このあとはマレーシアの話になる)  

なぜそのとき私がその警察にいたかについては、ちょっと込み入った話であり、また私が特定される可能性があるのであまり書きたくないが、その何日か前に私は、KLCC内でサウジアラビア人に絡まれていた。絡んだといっても口げんかの類だが、アラブ人の方から絡んできたので、じゃあ一緒に警察に行こうかということになった。ところがKLCCの警備員と警察官は最初から一方的にアラブ人の方を被害者扱いし、私を加害者扱いして私だけ地下の万引き容疑者待機所のようなところに連れて行った。その間アラブ人の言い分を聞いていたのだろう。「地下牢」で、KLCC内で捕まったインド人のスリや万引きと一緒に長く待たされた。インド人のスリが被害者の男の靴に額をつけて謝罪して許してもらっていたり・・・、そんな場所だった。ジャラン・アンパンのマレーシアツーリストセンターの警察署についてからも、マレーシア警察はアラブ人の話を優先的に聞く(ほとんど英語が話せないような奴だった)。アラブ人の主張のみを最初から正しいものとして扱い、私の主張にはまともに耳を傾けようとしないで一貫して私を「犯人」(そのアラブ人とのトラブルに責任のある者)として扱ったのである。。それでもポリスレポートを出すことはできた。私は警察のパソコンに自分で英語のレポートを打ち込み、「警察が私の話を聞こうとしなかった」ということも書き込んでそれを印字してもらい、サインして正式に警察に提出した。。ところが、あとになってわかったことだが、マレーシア警察は印字する前にちょっと形式的な訂正をすると言って私のレポートに手を入れていた。「警察は私の言い分に耳を傾けようとしなかった」と私が書いたところを改竄してまったく逆の意味に変えていた。要するに否定詞を消していた。婦人警官はパソコン画面を見せて私に確認させこれで良いかと聞く。私はそんな改竄をするとは思いもしなかったし自分で書いたものなのでほとんど見ないで良いと言い、印字させてサインしてしまった。。コピーを受け取ってから改竄に気づく。私は大いに抗議して訂正しろと言ったがマレーシア警察は受け付けない。サインしたじゃないかと開き直る。私がねばっていると警察はどうしてもというならもうひとつ別のポリスレポートを出せというので、もう一通、改竄の件も含めたレポートを書いて出すことにした。そんなつまらない問題で何日かにわたってごたごたをしていたのである。

契約書などに気づかれないようにちょっと手を入れて改竄するというのはマレーシア人の常套手段なので気をつけなければならない。もとはアングロサクソンのお家芸だったのだが、マレーシア人もご主人様から教わってきたらしい。つまり警察もその辺の詐欺商店と同じことをやっているということである。

なおマレーシアでは被害届などを提出するというときの「提出する」は"lodge"を使うことが多い。
  

マレーシアは第一印象としては、タイに比べて「白人崇拝」が少ないように見える。

しかしそれは、タイのような、「嫉妬とへつらいと付け込みと八つ当たり」という特異の精神文化に基づく伝統芸のような白人崇拝と日本人差別や、あるいは白人ツーリストへの「ホスピタリティ」の表現としての大げさな白人客優遇=有色人種客差別はない、ということにすぎない。

冷静に客観的に見ると、もしかしたらマレーシアのほうが今なおハッキリと白人植民地といえるかもしれないと最近は思うことが多くなってきた。

現実にイギリスの植民地に甘んじていたという歴史は重い。しかしマレーシア人はそれを「重い」こととさえあまり感じていないように見える。この国に来る白人も、セックスツーリストは少ないが「植民地バカンス」意識は相当強い。

白人がご主人様でなければアラブ人がご主人様である。マレー人が他民族に従属しないで独立した自分の国を建てていくということは、素質上無理があるように見える。
  

グリーンピースが調査捕鯨妨害=警告無視し、危険行為-水産庁

シーシェパードとの役割分担で穏健ぶって見せたりしても本質はもちろん変わらない。
なぜなら「イデオロギー」が同じだから。

面白いネタを見つけた。他のブログの人が2chから引っ張ってきたのの孫引きだが。

2chからひろた

995 オレオレ!オレだよ、名無しだよ!! 2007/10/19(金) 20:34:11 0
グリーンピース・ジャパン代表の星川淳は年間の報酬が2,600万円也。

だがそれでもグリーンピース・ジャパンはグリーンピース本部への上納金が払いきれずに国家単位の支部としての資格を与えられていない。
だからグリーンピース・ジャパンは本部の決定と独立した運営を認められていない。
本音では、日本で反捕鯨活動をやってもサポーターが増えないのでやりたくないのだが。

ちなみに南極海の調査捕鯨船団を襲撃した際には、金を出せない代わりに女性活動家を差し出せと本部に強要され、数人が襲撃船に乗船した。
彼女らは欧米メンバーに「黄色いダッチワイフ」と呼ばれていたと聞いた。

私がグリーンピース・ジャパンを辞めたのはその年から。

http://blog.livedoor.jp/tonchamon/archives/51781268.html

 
反捕鯨運動・環境主義運動のイデオロギーは、即物的には自然資源に関する白人の既得権益を堅持するための主張だが、より深く精神的には「翻訳された白人至上主義」にほかならない。

The whale is to the animal what the white is to the human.
As the whale is the brahmin of the animal,so is the white the brahmin of the human.
(この文章が英語として正しいかどうか責任を持たないので、受験生は各自で確認を)

白人にとって「鯨」は動物界の「白人」であり、「白人」は人間界の「鯨」である。

つまり、人間にも動物にも「種」によって「貴賎」がある、というのが彼らの主張の大前提である。むしろその点が鯨保護の主張の生命といえるだろう。

あとは解釈学である。鯨の性質、性向、性格をどう捉えるかは自然科学ではなく実は人間学的な「解釈」なのである。

鯨の性質を「解釈」しつつ実はそこにさまざまな価値を勝手に忍び込ませる。その諸価値は実は彼ら白人の文明を基礎付ける諸価値なのである。

「鯨の性質の解釈」という一見「自然科学的」な行為を媒介にすることによって、白人文明の諸価値を「証明」することさえ可能になる。

すなわち、鯨の性質に人間的な〔実は白人文明的な〕諸価値が見出せる、したがって鯨は高等な生き物である、鯨はその性質ゆえに尊重されなければならない、よって鯨の性質が示す諸価値もいっそう尊重されなければならない、やはり人類文明の〔実は白人文明の〕諸価値は疑いを容れ得ないものだ・・・という形で。これはその価値には価値があるから価値があるのだという循環論法にすぎないのだが、鯨をネタに挟んだことによってそのインチキ性を糊塗し立派な証明のようにさえ見せることができるだろう。価値に関する印象を操作する手段としてはこれで十分である。

彼ら白人は、最初は「知能」を根拠に捕鯨反対を訴えていたが、近頃はアジア系の人間に「知能」の高いのが多いことがわかってきたせいか少しずつ主張を変えてきた。最近では鯨の「社会性」や「感情」の細かさなどをいっそう強調するようになっている。

彼らはまた、「鯨は痛みを感じられる」という。まるで他の獣が痛みを感じていないかのようである。しかしそれが白人の常識の水準なのだろう。

いうまでもなく、「社会性」や「感情」は、ある特定の「ものさし」を前提として初めて評価できるものである。われわれは人間のモデルを前提にして、それとの相似や類推、連想などによって「社会性がある」といい「感情が豊かである」というのである。雁が見事に雁行してもイナゴが見事な群れを作っても彼らはその「社会性」を評価しないだろう。それは「本能」にすぎないというだろう。

その人間を代表するモデルたる人間として、彼らがどんな実在の人間たちを想定しているかについてわれわれは注意しなければならない。

「痛み」についてはいうに及ばず。痛みは神経のあるあらゆる動物が感じるものである。植物でも神経の反応とは別の形式で「感じ」ていないとは限らないと私は思う。木に話しかけると木の生育がよくなるという話さえある。

「苦痛」は「心」によって構成されるものである。神経的な刺激としての「痛み」自体は快いこともあり、負であるのは「苦痛」である。しかし、どんな医学的知見によっても人間の「心のありか」を特定し「心」自体を客観的に対象化することは不可能だろう。神経のさまざまな反応を観察しその組織と作用を説明することは可能だろうが、それらのすべてを統合して「苦痛」を構成する人格的統一、ないし「我」を、自然科学によって客観化することはできない。つまり、神経とは別のシステムでさまざまな反応を見せている植物に、「心」ないしある形式の「我」がないとは断定できず、もしそうであるなら植物が「苦痛」を構成しないとはいえないということである。

この点に関して、彼らは「仏教」を持ち出すことさえある。どうせタイで腐れ坊主や売春婦から教わってきた程度のものであるがそれでアジアの仏教のすべてを理解したと思い込める単細胞さもまた彼ら白人の特権である。仏教の教えは、生きとし生ける物にとって輪廻する生は「苦」である、というものだ。輪廻すること(転生のことではない。不断に明滅している心の働きが始めも終わりもなく因果法則にしたがって生起して行きそれから抜けられないこと)自体が苦だというのである。しかし白人は即物的な苦しか知らない。英語訳仏典を見ると「苦」をsufferingなどと訳しているのでますます彼らの誤解に拍車がかかる。なお「日本は仏教国ではない」こともほとんどの白人は知らない。(マレーシア紙NSTに、環境の観点からでなく人道の観点から捕鯨を批判する白人の評論が載っていて「仏教の教えにも反する」などとしていた)。

しかしまた、いったい人であれ動物であれ、「社会性を持たない」ことや「社会性に乏しい」ことにどんな無価値(反価値)があるというのだろうか。「社会性」がそれ自体で無前提的に価値があるという根拠がどこかにあるだろうか。

ところで社会性を持つとは「法」を持つということである。ではどんな法か。誰が法を作るのか、あるいは発見するのか。しかしそれはcommon lawであるかequityであるか、それともローマ法に由来する体系によるか、いずれにしても法は白人によって与えられるというのが世界の常識になりつつある。法(正義)を発見しうるのは「白人の才能」だからだ。したがって白人は現在あらゆる有色人種の国の法と権利をめぐる問題に口を挟む権能を有する。

圧倒的な武力と経済力とを背景とした白人がそのことをまったく疑っていない以上、そういうことになるほかはない。

そして「感情」は必ず宗教的な感情に基礎付けられる。なぜなら人間にとって何よりの関心事は生まれることと死ぬことだからである。生まれること(生むこと)と死ぬこと(殺すこと)を本質的に論ずる者は、それがどんな形式であれ、宗教的な問題を論じているのであり、宗教的な判断をしているのである。宗教とはそういうものだろう。そして人間界における宗教の宗主はコーカソイドに他ならず、宗教的な感情をもっとも理解するのは白人であり、従って人間の感情さらには感情一般についてもっとも正しい判断を行うことができるのは白人に他ならない・・・・・これも彼らの物理的実力を背景としてこの世界に定着しつつある通念である。
 

1月22日16時31分配信 時事通信

 水産庁は22日、捕鯨に反対する国際環境保護団体「グリーンピース」が南極海で、日本の調査捕鯨船「日新丸」の燃油や食料などの補給に際し、妨害活動を 展開したと発表した。南極海での日本の調査捕鯨をめぐっては先週、米環境団体「シーシェパード」の活動家が妨害活動を行い、日本側に取り押さえられる事件 が起きている。
 同庁によると、グリーンピースは同日午前9時半(日本時間)ごろ、日新丸と補給船の間に大型ゴムボートを割り込ませ、日新丸の警告を無視して補給を妨 害。その際、補給船周辺のワイヤにゴムボートが絡まる危険な事態が生じた。幸いゴムボートがワイヤから外れたため負傷者は出ず、補給も再開されたという。  

「米環境団体「シーシェパード」の活動家が妨害活動を行い、日本側に取り押さえられる事件 が起きている」

これはいかにも誤解を招く表現であろう。テロ団体「シー・シェパード」のテロリストは無断で日本の船舶に乗り込むという海賊行為を行って拘束されたのである。この行為は勝手に日本の領土に上陸するというのに等しいが、船舶を狙った悪意ある海賊行為である点で不法上陸よりもさらに悪質であるといえる。

商店の入り口を占領する白人ツーリストたち KL マレーシア

日本もすでにこういうふうになってるだろうか。
商品を買うでもなく、店の入り口に座り込んで動かない白人の群れ。
もちろん店も苦情など言わない。

マレーシアの人がなんであんなに白人に従順で白人のわがままを許しているのか、最近よくわかった。

(タイはそれが最初からの国柄であり国策だからだが、マレーシアは一応イスラム国家で西側の白人に媚びることを国策にしているわけではないと思っていた)。

現実に危険だからだ。

大部分の白人は動物的な衝動で暴力を振るう。気に入らないことがあると無抵抗な者に対して直ちに先制攻撃をかけてくる。アジアではローカル(有色人種)に対してそれが当然許されると信じている。白人を刺激したらまず最初の一撃は覚悟しなければならない。

そして警察は必要なところにはいない。仮に呼んで来たとしてもローカルを助けてくれることは絶対にない。つまり警察は白人がらみのときには有色人種は助けない。仮に司法の場にまで持ちこめたとしても同じことだろう。一方で、白人の暴力に抵抗して白人に怪我をさせたとしたら、刑務所に行くのは必ず有色人種のほうである。

マレーシア警察のやり方だと、被害にあった有色人種(非白人、非アラブ)の方が常に犯人扱いされるだろう。実際、日本人とアラブ人がトラブルになったとき、マレーシア警察は一方的にアラブ人の主張のみを聞き、日本人のみを警察の地下牢のようなところに連れて行く。相手が白人ならなおさらである。

日本もこれ以上「安い国」になればこういう光景が日本全国でどんどん日常的になっていく。日本に住んでいる日本人のほとんどは、白人の本当のずうずうしさと「怖さ」を知らないと思う。日本警察もすでに白人には手が出せない。

店の入り口を占領する白人ツーリスト KL
店の入り口を占領する白人ツーリスト KL

在日白人が日本を「人権」批判したがるのは、日本は「アジアの癖に」まだこういうヤンチャがやりにくいところがあり、白人の特権が十分認められていないと感じているからであろう。
在日白人、帰化白人がいろいろな口実で日本批判をしている目的は、日本を白人がこういうことをやり放題できる国にし、日本人のだれもが「私たちは白人より劣っている種族です」と認め、白人が通れば当然のように頭を下げて道をあける、白人資本にタイのように特権を認める、娯楽産業、セックス産業はタイのようにまず第一に白人のためのものとする、そのようなことを心から実践して日本人が白人の優越性を心から受け入れ、日本人に白人に歯向かう気持ちを一切捨てさせようため、日本をそういう国にし日本人を白人の奴隷民族にするためである。

白人と闘うための一構想:
http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2008/01/post_25ae.html
 

【テロ支援国】オーストラリア政府は海賊を逮捕するどころか貴族待遇で保護しさらに海賊船に戻す

アングロサクソンの王族貴族は、海賊盗賊の類が「悪い順に」上の地位についていったのだろうから、彼らの麗しい伝統なのかもしれないが。

オーストラリア政府は、日本船舶に不法侵入(海賊行為)したアメリカのテロ団体「シー・シェパード」のオーストラリア人とイギリス人の犯人たちを、「ファーストクラス待遇で」再びテロ船「スティーブ・アーヴィン」に戻した。

Australian Customs had given the men "first-class delivery"back to their ship.

Japan whalers say Australia should detain protesters

MELBOURNE (Reuters) - Japanese whalers accused the Australian government on Saturday of ignoring international commitments and going easy on two activists who were returned after boarding a Japanese harpoon ship.

In response, the Australian government said it returned the two Sea Shepherd Conservation Society activists to their protest boat, Steve Irwin, at the request of the Japanese government.

An Australian fisheries icebreaker picked up Australian Benjamin Potts and Briton Giles Lane and returned them to the Sea Shepherd vessel on Friday.

The Japan Whaling Association said Australian customs had given the men "first-class delivery" back to their ship.

"Government of Australia should have detained the two illegal intruders and held them on board the Oceanic Viking for investigation of their criminal activities, but it is obvious they would rather assist Sea Shepherd with its violent illegal actions against Japan's perfectly legal research program," said the association's president, Keiichi Nakajima.

He said in a statement Australia had backed a resolution at the International Whaling Commission meeting last year designed to protect member countries conducting research from Greenpeace and Sea Shepherd actions.

http://www.reuters.com/article/environmentNews/
idUSSYD782820080119?feedType=RSS&feedName=environmentNews

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