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マラッカ航海日誌補遺

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マレーシアを出る

マレーシアはいろいろな意味でタイよりは良い国である。しかし、「タイより良い」ということは「最悪ではない」という程度の意味でしかない。

マレーシアにはタイのようなセックスツーリズムはないが、セックスツーリストたちはタイからはみ出して来る。タイのようにあからさまに人種差別・白人崇拝を売り物にすることはないが、「普通の白人崇拝」はもちろんある。

タイが「白人に見せるための人種差別」を売りものにしている国だとすれば、マレーシアはキレイゴト好きな白人、偽善好きのイギリス紳士などに見せるために、一見人種差別がないように装っているだけの国ともいえる。白人の目のないところではハッキリと人種差別をするし、かなりひどいこともしている。(たとえばインド系やネパール人の扱い)。

1月14日、バンダラヤのいつものインド系旅行代理店「MSスター&トラベル」に行くが、滞在期限が切れる30日までのカトマンドゥ行きチケットは売り切れていた。

仕方がないのでブキビンタンに向かう。ハントゥア(Hang Tuah)でLRTからモノレールに乗り換えるとき、モノレールのホームで暴力毛唐と遭遇。もう少しで大怪我をするところだった。警察はもちろん駅員すらいない。誰も止めるものもなく、なされるままである。毛唐がその気になればKLの電車の駅ではレイプすら可能だろう。

Hang Tuahからモノレールでブキビンタン、スンガイ・ワン・プラザへ。「安全旅遊」でカトマンドゥ行きチケットを申し込む。カードで支払う。

カトマンドゥ片道1100リンギ(カード支払い+33リンギ)。言い値で払う。バンダラヤの店の言い値は1050リンギだった。

今(1月30日)カトマンドゥの毛唐だらけの店でこれを書いている。

隣に日本人の若い女が来た。ネパール人の男のヒモがピッタリくっついている。

こういう日本人女「セックスツーリスト」がネパールに(限らず)多いことは憂うべきことである。

男のセックスツーリストは金を払うから、形式的にも売春である。しかし女のセックスツーリストは形式は恋愛にすることが常に(若い女なら、よほどの事情がない限り)可能である。つまり若い女性はそれだけである種の「位置エネルギー」を持ってしまっているという事実がある。「エントロピー」といってもいいのかどうか。最初から高いところにある石を低いところに転がすのは簡単である。だから若い女性セックスツーリストはカネの代わりにその「位置エネルギー」を使って買春しているのである。

そういう理屈以前に女が簡単に股を開くということは、どんな理由があっても、その国および国民の評価を低めるものである。

ところでその女が使っていたPCはその前に使っていた毛唐がPCの調子が悪いと言って他に移った直後のだった。しかもネパール人店員はその日本人女にそのPCを指図したのである。案の定というべきか、女は10分ぐらいで出て行った。ほとんどページが開けなかったようである。

ここはタメルのカトマンドゥゲストハウスの近く。このあたりはネパールの中でももっとも人心の荒廃したところではないかと思う。白人ツーリズムの中枢だからだ。ただしネットはネパールの割には速い。値段は二倍。ココログ管理画面を操作するにはここが良い。

ネパールは今しょっちゅう停電。一日に電気が来る時間が10時間ぐらいなのだろうか。もちろんネットは遅い。

1月22日。ブキビンタンの安全旅遊に行きようやくチケットを受け取る。出発は29日午前7時35分。深夜の電車で空港に行き空港で夜明かしすることになる。

航空券を見ると「ロイヤル・ネパール」は早々と名前を変えてNepal Airlinesになっていた。

11月28日。午後10時半過ぎ、定宿に荷物を預けて出る。預けている荷物はどんどん大きくなっていく。KLセントラル11時過ぎ発のKLIAエクスプレスに乗る。

静かで冷房の聞いた車内で気持ちよく本を読んでいると、突然耳元で毛唐客ががなりたててきた。大声でExcuse me.Do you have a pen?とどなりかけてくる。お前は幼児英会話の先生か。読書の気分ぶち壊しである。もちろんNo!と言う。すると何も言わずに引き下がる。

その男は若造ではなかった。妻らしい白人女を連れていた。いったい世の中に自分がペンを使いたいからといって、静かに読書している人間の耳元でいきなりペン持ってるかと大声でがなる者がいるだろうか。そしてNoといわれると無言で引き下がるだけである。Sorryの一言もない。ペンなんか人に貸すのは嫌なものである。ましてや毛唐。

相手が有色人種の場合、自分が人の邪魔をしたなどという意識は毛唐にはまるでない。

白人の平均的道徳水準である。そうでなければ自分の理屈を嘘と知りながらアフガンやイラクに殴り込み、全部バレたあとも恬として恥じずまだ善行をしているような顔を続けていたり、20世紀になってからもアボリジニを「ハンティング」と称していまカンガルーを殺しているように楽しんで殺したり、つい1970年代まで黒人国民に参政権を事実上認めていなかったのに他国の民主主義や人権状況を批判したりランキング評価したりといった恥知らずなことはできないだろう。

「白人は危険な野蛮人である」。

この認識を早く十分に広める必要がある。取り返しのつかないことにならないように。ボケボケしていると日本人がアボリジニの運命をたどる可能性も十分にあるのだ。

深夜のKLIAは薄暗いがごく普通の様子だった。RNのチェックインはAカウンター。そのあたりに一見してネパール人とわかる人たちが集まってベンチに座っていた。黒川紀章が設計したこのピカピカの空港にはちょっと場違い感のあるスポットではあった。その一人に話しかけてみる。ネパールのネパール人のようなエネルギーはまったく感じられず疲れきって脱力している感じだった。

KLIAの物価は成田より高いと思う。ファストフード店のセルフサービスのコーヒーが9リンギもする。

Aカウンター周辺は一晩中ネパール人だらけ。私もその辺で夜明かしをする。バウン(ブラーマン)のような連中はあまり見かけない。チェトリがちょっといるかどうかという感じ。明らかにボテ(モンゴロイド系)という感じの人も少ない。私の印象では被差別カーストによくある顔立ちの人が多いように思った。

チェックインも手間取る。並ばせてから延々と待たされる。昼の便ではあまり経験しないこと。とくに日本行きなどでは経験しない。

そこに並んでいるのはほとんどネパール人である。マレーシア人がネパール人をいかに見下しているかということを、一つ一つの手続きの端々に実感する。

マレーシア航空のチェックイン係もイミグレ役人もどちらも女だったが大変感じが悪かった。

マレーシア航空のチェックイン係が私に「何しに行く」とか「働きに行くのか」などと見当はずれなことを聞いてくる。まったく余計なことである。「リターンチケットは持っているか」と聞くので「私はネパールには何度もワンウェイチケットで行っている。それにそれはお前のビジネスじゃないだろ。ネパールのビジネスだろ」と言うとようやく黙った。

マレーシアイミグレはさらに悪かった。いきなり、マレーシアで働いているのか、長い滞在だ、ホテルに泊まっていたのかなどと聞く。そういうことをグチャグチャ言うのなら、最初から90日間のパーミットを出さなければいい。

もしそう思うなら逮捕しろ、お前らマレー土人みたいな貧乏人じゃないんだよ、といってやればよかったのだが、機転が利かなかった。

どちらも白人客に対しては絶対にしない態度であることは言うまでもない。

彼らマレーシア入管役人もタイイミグレ役人と同じで、不法就労の後進国人から賄賂をせびり取っているのである。そのことは後でネパール人から聞いた事実である。その習性がネパール人の群れに混じった日本人の前でも出てしまったということだ。そしてここに晒されることになる。マレーシアは一見キレイそうに見せている汚い国。ただキレイそうに見せていることを私は相応に評価したいと思う。

飛行機の搭乗口ではさらにひどいものを目撃した。ネパール人がまるで犯罪者のように両手を上げさせられてしつこく身体検査されていた。私が飛行機を待つ間しゃべっていた貧相な男だった。

次が私の番だった。

トゥドゥンをしたチビデブのマレー豚女役人が非常に無礼な態度で、いきなり私の腕や胸を左手でバタバタ叩いてきた。このマレー女役人は私をネパール人だと思ったのだろう。私が消えかかっているような待機線を一歩ほど越えたからといっていきなり叩いてきたのである。まるで犬でも扱うような態度だった。

マレー人は「言語」というものになじみがないらしい。人間よりもオランウータンに近い動物なのだろうか。

周りはみんなネパール人だったのでこのマレー豚女に「ジャウ!ダリット」と大きな声で言ってやったら面白かったかもしれない。「触るな。お前の手は汚い」くらいは言うべきだった。

その後、私の前のネパール人をしつこく身体検査していた男の役人は私のパスポートに気づいたらしく、身体に触れもせずに顔パスで私を通した。

土人を図に乗らせるほど愚かなことはない。

日本の伝統的な(戦前以来の)「対土人政策」は根本的に誤っていた。

土人に対しては、「線引き」をハッキリさせることのほうが重要だったのだ。日本人は最高位のカーストであって彼らは下位カーストであるという洗脳をすべきだった。

そういう秩序は土人には容易に受け入れられるのである。逆に、土人は対等平等な関係、対等なルールは理解できない。土人は図に乗るかひれ伏すかのどちらかしか選択を持たない。だから土人はあくまでひれ伏させておくのが正しい。

マレーシア人にとっては今でもイギリスが近代化と発展の模範であり続けている。イギリスに支配されたことは幸いだった、その遺産を大切にしなければいけないと、官報のような御用新聞が平気で書いている国である。

今回の搭乗は今までになく不愉快なものだった。白人客がその辺におらず、つまり「白人の目」がなかったために、マレー人の東南アジア人共通の嫌らしい人種主義が表に出てきたという形だろう。

白人の前でわかるように白人を上げて喜ばせる、というのがタイ式である。つまり白人の最低の本音と欲望に正面から応えるというのがタイの流儀である。

これに対して、マレーシアが意識しているのはキレイゴト白人、偽善白人たちなので、白人の目のあるところでは「人種平等」のフリもするのがマレー人でありマレーシアである。

イギリス人がキレイゴトに訴えられて喜ぶ連中だったからだろう。つまりご主人様が飛び切りの偽善白人だったからである。

白人の目のないところでやってることはタイと変わらない。

マレーシア時間8時半ごろ離陸。

乗客はほとんどネパール人。スチュワーデスももちろんネパール人。いつものようにアーリア系のスッチーはサリーの制服を着て、モンゴロイド系のスッチーはチベットエプロンのついたワンピースの制服を着ている。

隣に座っていたネパール人(タクリ)と少し話をする。3年ぶりに帰るネパールだと言っていた。マレーシアの中国の企業で3年間不法就労していたということ。不法就労のための手続き(?)はすべて中国の会社が手配してくれたという。逮捕されて強制送還されたわけではない。予定通りの満期帰国ということだった。役人公認の不法就労である。帰る前に役人に罰金を3000リンギも払ったという。10万円強である。

この飛行機いっぱいのネパール人の大部分が、あるいはほとんどが、こういう形で公認の不法就労をしていて、無能なニセムスリムのマレー人役人が汚い金で豚のように太っているという構図である。

私は日本で不法就労していたことのあるネパール人やミャンマー人と話したこともあるが、彼らが共通して言っていたことは、日本の警察や役人が親切だったということと、役人が不法就労者から賄賂を取らないのに驚いたということだった。

私が知っているあるミャンマー人は日本で不法就労していて強制送還された。日本を出るまでは良かったが、トランジットで立ち寄ったバンコク、ドンムアンのタイ役人から「日本での不法就労」を口実に3万円の賄賂を要求されたという。結局1万円払って見逃してもらったということだった。

しかし、これはタイによる日本の主権侵害ではないか?また日本当局もこのミャンマー人安全にミャンマーまで送り届けるべきだったと思う。

ネパール航空はなかなかいい感じだ。疲れたネパール人でいっぱいだったが穏やかな雰囲気だった。

飛行機が着陸態勢に入って揺れていても歩き回る人、トイレに立つ人があとをたたず、スッチーもとめようとしない。スッチーの一人は乗客となにやらネパール語で話し込んでいたり。ネパール人乗客は無心に景色に見入っている。曇っていて山は見えなかった。

マレーシア時間午後2時ごろカトマンドゥ着。

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マレーシア人の衛生観念

一週間ぐらい前、時々利用するインドレストランでチャパティを食べていたときのこと。私はマレーシアではだいたいチャパティかナンが主食で、ご飯はあまり食べない(マレーシアの米はうまくない。インドネシアの米はうまい)。

そのレストランは店の中が衝立で二つに仕切られていて、衝立の奥の方のテーブルに白人のカップルの客がいた。

この辺のインド人の標準から見ても特に色黒のタミルムスリムの男がニコニコしてその白人客たちに給仕していた。おかずを取るのはセルフサービスが普通の店だが、彼らはいろんな皿をウェイターに持ってこさせていた。

そのタミルムスリムの男はいそいそとその客たちにアテンドしていたが、ひとつ野菜の皿を持ってくるときに衝立のこちら側でちょっと躓いて少し大きめの野菜を一切れ床に落としてしまった。汚い床である。

驚いたことにその男は床に落ちた野菜をすぐに拾い上げ、反射的に自分のズボンの腿の辺りでぬぐって、そのまま元の皿に戻した。そして何食わぬ顔で白人カップルに出していた。「ちょっとしくじったけど普通のことをやっている」という感じだった。

衝立が間にあったので客たちからはその様子は見えなかったと思う。

わざわざズボンでぬぐったのだから、悪気はなかったのだろう。そうすることできれいになるという観念があったのだと思う。

この男のズボンと床とどちらがきれいだったかについていえば、その床はマレーシアレベルでも相当汚い床だったので、何もしないで皿に戻すよりは確かにズボンでぬぐって皿に戻したほうが良かったとはいえる。

しかし、床に落ちた野菜は皿に戻さないで捨てるか掃いて捨てるのが一番良かったと思う。足が長くて体も分厚くてのろのろ動いていても誰もつぶさない大きなゴキブリが這っているような床である。あの店は夜は溝鼠が駆け回っていると思う。
 

何にしろ「人それぞれです」というのは常に妥当する真理で、誰も否定することはできない。しかしそれは、何もいってはいけないといっているのとあまり変わらない。

なにより国による違いは大きい。

人種民族によって違いがあることも確かだろう。

中国人が「汚な好き」なのはよく言われるが、マレーシアの華人が中国大陸本土の人間ほど汚な好きのようには見えない。といってももちろん日本人並みにきれい好きとは言いがたい。チベットはすごかった。招待所のトイレの壁にぬぐいつけた指の跡がいっぱい・・・・しかしあそこまで行くと低温と乾燥と酸素不足であまり汚くも感じない。

イスラムの教えは清潔を重視するというが、それは「前提」があってのこと。宗教のどんな教えも「待機説法」だと思った方がいいと思う。つまり「喩えを用いて語る」のにはいつも「理由」があるということ。

もっともイスラム教はマレー人のために生まれた宗教ではないので、マレー人を想定してはいない。しかしマレー人がイスラム教の清潔の教えに則っているかどうかにも疑問がある。

そして、インド人。浄と不浄の観念はヒンドゥの重要な要素であろう。ただそれは浄と不浄を厳しく峻別するということであって、相対的に浄とされた部分が客観的に見て、というかもっと世俗的に見て、「清潔」かどうか、つまり黴菌が少ないかどうか、ということとは関係がない。しかもカーストにおいてその存在自体が決定的に不浄とされてしまっている者は、自分の生活の中に浄の部分を求める理由さえ失っているかもしれない。
  

ダボス会議でマレーシア首相「イスラムと近代化」(苦笑)

品性(がない)、教養(がない)、知性(がない)、どの言葉を使って「それ」を表現すべきか迷うようなことを、東南アジアではしばしば経験すると思う。タイヲタになっちゃってるような人でなければ賛成してくれるのではないか(マレーヲタでも同じだが)。

下手に「知性がない」などと言おうものなら、俺はイギリスの(アメリカの、あるいは両方の)こんな有名な大学を出て学位をとった。お前なんかより英語もぜんぜんぺらぺらだとか言われてしまうだけなので手に負えなかったりするのである。

品性や教養は欧米の「伝統ある立派なキャンパス」でのみ培われるものと信じて疑わない欧米人も少なくないようだ。アメリカ東部出身のちゃんとした大学出た姉ちゃんと話していたとき、何かのはずみに勉強はどこでもできるんじゃないですかとか言ったら、皮肉に笑われて学問にはアイビーリーグのような「キャンパスの環境」が必要なんだいわれてしまったことがある。そんなこともわかってないのかというあからさまに見下した態度をされたので、そんなことを口走ってしまった自分がなんだか「夜学に通う植字工」にでもなったような気がして惨めったらしい気分になった。しかしああいう基準から言うと日本に一流大学はほとんどないということになってしまう。「環境」には広い贅沢なキャンパスだけでなく大学の歴史と伝統と人脈も含まれるだろう。欧米でなきゃはなから成り立たちようがない「環境」、という特権である。

東南アジアレベルのエリートならなおさら即物的で、そういう伝統あるキャンパスで作った「教養ある」白人の「友人たち」がたくさんいること、彼らと因習的な会話ができることが直ちに教養や品性そのもの、ということになる。

つまりいかにそれらしく振舞いそれらしいことをしゃべるか、それらしい文章を作り上げるかということである。それらしくマネすることでせいいっぱいだから、何か新しいものが出てくる余地はもちろんない。

思いつきだけど、アリストテレスの「形而上学」の翻訳を町の本屋で買える国が世界に何ヵ国ぐらいあるだろうか(岩波文庫のアレを読んで何か理解できる人がいるのかどうか私はよくわからないが、そういうことは問わないことにして)。カントの「純粋理性批判」の自国語翻訳が出ている国が何ヵ国あるだろう。プルーストの長い小説の全訳が出ている国は・・・・。世の中には持ってるだけで価値がある本もあるんだろうと思う。ちょっと読んでみて頭を抱えて、わからない、なんだろうこれ、さっぱりわからん、こんなことあれこれ言っている人がいるんだ、と思うだけでも、何も知らずに終わるよりはいいということもあるような気がする。しかし、そういうのを外国語で読んでしまうとまた、何もわかってなくてもわかったような気になったりすることがある。外国語で読んだ、単語の意味と構文がわかっている、つまり外国語の文章の意味がわかった、→内容がわかった、という錯覚に案外陥りがちなものである。英語屋に馬鹿が多いというのもこういうところに原因の一つがあるのではないかと思う。ドイツ語なんかもちょっと勉強すると論文読む分には日本語よりも読めるぞとか思ってしまうことがあるだろう。
  

本題に戻ると、アブドゥラ首相はヨーロッパに出て行くといつも、キリスト教とイスラム教との共通性(旧約聖書を共有し唯一の神を信仰する)を唱えて「イスラム世界と西側世界とが共存して進歩発展していくことができる」ことを強調する。要するに半分自画自賛のようなおべんちゃらを言って、白人に媚を売りつつ自分たちも欧米白人「のようなもの」なんですよ、と強調する。

彼らが欧米向けにこういう演説をぶつときには、日本なんか世界に存在しないかのようである。日本なんかほとんど居場所がないような世界像を開陳して白人に媚を売る。

今度のダボス会議でも、キリスト教とイスラム教とは「二つの偉大な文明」である、と持ち上げていた。

私はよくはわからないが、しかし、マレーシアって、あるいはマレー人って、ムスリムの世界において、世界に向けて「イスラム」を代表してものを言って良いような格式の高い地位にいるのか?ちょっと素朴な疑問を感じる。

ヨーロッパだって一概に「キリスト教世界」と決め付けられることも迷惑だったりするのではないか。イスラム教徒から「旧約聖書」や「唯一神論」を理由に「一緒でしょ」と擦り寄られるのにはますます困惑するのではないかという気がする。アメリカの福音派ならどうかわからないが。アブドゥラ首相が期待するほど宗教的な人がヨーロッパに多いわけでもないだろうし、信心深い人でも自分が信仰しているのは「形をイメージしてもいけない唯一絶対の神」ではなくて、像にもなっていてはっきりイメージできるイエスやマリアだと思う人が多いのではないだろうか。

この声明で一番こっけいなのは、「イスラムは近代化と両立する」という例として「高いビルがいっぱい立ってます」という話を出しているところ。「ブルジ・ドゥバイ」は世界一高いビルで、KLのツインタワーは世界一高いツインタワーだ、それがイスラムの近代性の証左であるかのように言う。

ブルジ・ドゥバイを建てたのが誰か知りませんが、ツインタワーはマレーシア人が建てたんじゃないでしょうが。

第一、ビルは高けりゃいいってもんじゃないんだし。マレーシアなんか地震がないから耐震構造も必要がない。マンションなんかも日本人の目から見るとスカスカで今にも倒れそうな怖いような高層ビルばかり。

カネがあればビルは建つわけで、高いビルが建ってますってことは、地震がない国ですということとカネもってますということの証明でしかない。カネもってりゃ近代的だと信じてるのがこのイスラム国の首相ってことですね。知性も教養もない者に怖いものなし。

でも「後進国の猿は叩かない」というのが白人紳士の暗黙の了解事項なので(猿の癖に生意気に経済大国になったりしたら叩きまくるが)、マレーシアは陰で笑われているだけですんでいるようだ。

http://www.kln.gov.my/?m_id=15&hid=597

4.         No faith, least of all Islam, is against progress and modernization. Indeed, the teachings of Islam are especially attuned to modernization. Muslims are explicitly enjoined to pursue knowledge, which is the bedrock upon which all progress and development is built.    In Islam, work is deemed a form of worship.

5.         Modernity is indeed evident in the Muslim world for all those who wish to see.   The world’s tallest building is now taking shape in a Muslim city.   It is the Burj Dubai. The Petronas Twin Towers are the tallest twin towers in the world.   They too stand in a Muslim city. The largest Muslim country, Indonesia, is a democracy. Muslim women have been presidents and prime ministers.

>In Islam, work is deemed a form of worship.

そのわりにマレー人は働きませんね。In Japan,ならわかるんだけど。

ひとつだけマレー人の評価できるところは、トゥドゥンと伝統衣装を守っていることだろう。パンジャブ発祥のクルタ・スルワールなどと同じく、民族衣装がたまたま日常着にも適していたからだろう。
 

ブキ・ビンタン(Bukit Bintang)はタイのようなところ KL マレーシア

このブログのアクセス解析の「検索ワード フレーズ」には、いつもちょっと人には見せられないような言葉が並んでいる。

こういうのを見ると本当に吐き気がするのだが、タイなどを扱っているブログはどこも同じだろう。

マレーシアに関していえば「クアラルンプール 置屋」「マレーシア 風俗情報」などという検索ワードでこのブログに来る人が跡を絶たない。さすがに「マレーシア 幼女」という馬鹿はいないようだ。

このブログのアクセスの一割以上はセックスツーリズム情報目的だろう。

仕方がないのでそういう人の需要にも応えておくことにした。

まずマレーシアはイスラム国である。イスラム法(シャリア)自体はムスリムにしか適用されないとはいえ、世俗主義イスラム国家としての国の法律はすべての人種民族、外国人にも適用される。

どんなに世俗主義的なイスラム国家でも売春や性風俗営業(日本では合法な「本番なし」風俗を含めて)を合法としている国はないと思う。

マレーシアでは売春は違法である。

だから、セックス目的のツーリストはタイに行け、というのが正しい。マレーシアに来るべきではない。

しかしタイでのセックス滞在中にビザ期限が切れたり、タイのノービザ滞在規制など影響でマレーシアに入り、クアラルンプールにまで来てしまい(それらしいゴロツキ毛唐がいまこの町に溢れている)、ここでもどうしてもセックスツーリズムを楽しみたいという基地外は、KLのブキ・ビンタンBukit Bintangに行けばなんとかなるだろう。

ブキ・ビンタンには売春マッサージが軒を並べている。

私は入ったことがないのでどれくらいが売春宿でどれくらいが普通のマッサージ屋なのか、あるいは混合なのか、タイでよくあるように普通のマッサージの後に「セックスマッサージ如何」と聞いてくるシステムなのか、あるいはタイで時々あるように真面目なマッサージ中に女が抱きついてきたり乳房を押し付けてきたり足の付け根を揉みつつことさら陰部を刺激してきたりするシステムなのか、詳しいことは知らない。

しかし、前を通ると呼び込みが真昼間から「ジキジキジキジキ」と声をかけてくるのでジキジキなのだろう。タイでいうボンボンである。タイほど細かい芸はないのかもしれない。

「ジキジキジキジキ」と大声をかけられるよりは耳元で「ボンボン・マイ?」とささやかれた方がマシなので、この方面の文化はやはりタイが上ということだろう。

マレーシアでは人種宗教国籍を問わず売買春は違法のはずである。

そしてブキ・ビンタンで売春が行われていることは誰もが知っていることである。

官報的新聞さえ「ブキ・ビンタンはバンコクのパッポンのようになりつつある」と書いていた。ホテルのバーがまたひどいらしい。

しかしブキ・ビンタンの売春が取り締まられる様子はないようなので、非合法ながらここはマレーシア警察公認の売春地帯ということだ。

マレーシアの警察はマレー人ばかり。

つまりムスリムが「パッポンのような」売春地帯を公認しているということになる。

ブキ・ビンタンにはそのほかにもタイを思い出す要素がある。

見ていると、呼び込みの女が白人通行人にしか声をかけないレストランのような店がある。

スターバックスのマレー人店員は、店に入ってくる客が白人か有色人種かによってはっきりと違った反応をする。

白人客には明るい笑顔で英語の挨拶をし、有色人客(マレー人でも中国人でも)には無言、むっつりしていたり見下すようなニヤケタ表情で対応していたり。タイでは普通のことだがマレーシアではこういうことはそれほど多くない。もっとも彼らはタイ人のように「意図」「嫌らしい悪意」をもってそうしているわけではないのかもしれない。いずれにせよ「状況」に反応して動き「気分」の力に忠実に流されていくというのが「ブミプトラ」(土人)にふさわしいものなのだろう。

ブキ・ビンタンは白人も多い。ふんぞり返り方もタイと同じ。

ビザの関係でマレーシアに来てしまったがタイが恋しくてたまらないというタイヲタがタイを思い出して慰めを得るには、ブキ・ビンタンは良い場所かもしれない。
 

ブミプトラ(土人)な人たちというのは、「原則」というものをもつことができない。普遍性とか規範ということの意味も理解できない。規範はなく、いつも個別的で特殊な指定があるだけである。

マレー人は熱心なムスリムだというが、実態はオカルト、呪術に満ち溢れているだろう。bomohとかいう呪術師は良い商売である。

ブミプトラ(土人)な人たちは普遍的なものが理解できないから、「お客さんはみな平等に扱って、公平に応対しなければいけません」と仮に言い聞かせたとしてもその「意味」が理解できない。「どのお客さんにそうすればいいの?」という没論理的な質問が返ってきたとしてもまったく不思議ではない。そう言われた人の前ではそう振る舞い、別のことを言う人が優勢なときはその人にごく自然に従う。

このような性格を「素朴でゆったりしていて近代化で汚されていなくて素晴らしい」とか本気で思い続けることができるタイプの人は、ブミプトラ的な人たち、ブミプトラ体質の国がたまらなく好きになるかもしれない。(誰でも最初の一瞬はそうかもと思うことがあるかもしれないがそう思い続けることはマトモな人には難しいと思う)。タイでもマレーシアでもインドネシアでも、同じことである。
 

マレーシアの政治家が「ブキ・ビンタンを銀座のような町にする」と言っているそうだが、タイ人が「カオサンはタイの原宿だ」と言っていたのに優るとも劣らない寝言である。
 

オーストラリア白人がコソ泥で逮捕される 同宿地元民のノキア携帯を盗み ペナン マレーシア

逮捕された男。マレーシア紙New Straits Times18Jan2008より。 

Imgp3650

毛唐に襲われたときカメラを向けたら殴られてレンズに傷がついてしまった)。

claim trialとはよく使う表現で要するに「裁判にかけられる」ということ。(被疑者が権利として公判を請求する、裁判を受ける権利を主張するという意味だろう)。

GEORGE TOWN:  An Australian businessman yesterday claimed trial to stealing a Nokia handphone belonging to a man at a budget hotel here.(オーストラリアの「ビジネスマン」は環境保護に熱心なせいかbudget hotel〔きたねえ安宿〕に泊まるようである)
Lee Anthony Knaggsi, 35, of Yatala, Australia, was charged with stealing Anuar Sani Othman's handphone at room No 28, Federal Hotel, Jalan Penang, about 3.50am on Jan 14.以下略、

もちろんオーストラリア人が罪を認めるはずもない。「ホテルで女に薬を盛られて数時間意識がなかった」などと言い訳している。

Defence Lawyer.....told magistrate... that his client had lost consciousness for several hours after he was drugged by a girl in the hotel.

女を買ったのも麻薬をやっていたのも事実だろうが、だから携帯を盗まなかったとはいえないだろう。

1万リンギの保釈金と保証人で保釈。

ペナンは麻薬に酔った毛唐が安宿に売春婦を連れ込むまるでタイのようなところのようだ。

マレーシアがイスラム国?笑えるね。
礼拝室がいつもトイレの隣にあるのはナゼ?あんな臭いところでお祈りか?
 

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