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マラッカ航海日誌補遺

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パタニ Patani (パッタニ Pattani)

6月某日。ナラティワトのタンヨンTanyongホテルのフロントにパッタニ行きのミニバス手配を頼む。

時計をマレーシア時間のままにしていた(タイより一時間早い)。

そのため遅すぎると思いこみ、ホテルのボーイに催促してバス停までモトサイ(バイタク)で送らせる。

バスチケットは80バーツ。12時頃発。

バス停で、すばらしい英語を話すムスリムの女の子に出会い親切にしてもらった。通訳をしてもらい、コカコーラをおごってもらった。

女の子が自分のために買って飲みかけたミネラルウォーターもくれた。これは何でくれたのかわからない。

若い女の子に飲み物をおごってもらったのは、ネパールのゴルカの山の中で小生意気なバウン(ブラーマン)の娘にコーラなどを恵んでもらって以来である。

このムスリム女性は23歳で、ナラティワトに実家がありパッタニの大学で英語の先生をしているといっていた。23歳で大学の先生というのもよくわからないが、ユニバーシティといってもいろいろなのだろう。

たいへん文法的なちゃんとした発音の英語を小さな声で丁寧に話してくれる。とても謙虚な人だった。

彼女もアラビア語は「当然」読めるという。子供のころから教わっているからそれが普通なのだと。しかし話すのはあまりできないとも言っていた。それでもすごいことである。

彼女は、マレー語、タイ語、英語、アラビア語の4ヶ国語が読めて、アラビア語以外の3ヶ国語は不自由なく話せるわけである。

ムスリムと異教徒との結婚の話になった。ムスリムの棄教はご法度なので、異教徒のほうがイスラム教に改宗しなければならないが、改宗は「シリアスリーでシンシアリーな」ものでなければならないと言う。

パッタニの観光についてもあれこれ教えてくれるので、夕飯でもご一緒しませんかと提案した。しかしとても堅い人でぜんぜんだめだった。バスを降りるときに、手を出しても握手もしてくれない。気持ち悪がられたのかもしれない。

この子が勧めてくれて、バス運転手にも指示してくれたホテルMy Gardensにチェックイン。550バーツで結構な部屋。特にうるさくもない。

パッタニの町も平穏で緊張感はない。わりと大都会である。

パッタニに来るとイスラム色・マレー色はさらに薄くなる。ナラティワトではかろうじて飲めたコピ・オもテー・タリクも見当たらない。これらの言葉の通じる人も少ない。スカーフをしている女性も少なくなる。

コピもテーもチヤもチャイもラペイエもない生活をよく続けられるものだ。やはり、タイの生活には何か重要な精神的な要素が欠けている。四六時中だらだら食って酒を飲むだけ。

朝食はミルクティーだけにして固形物は食べないというのが健康に一番良いと私は信じている。一日に一度くらいは空腹感を持つことが大切である。

タイ族マーケットはイスラム色は意識的に排除されている感じがする。ブタを食わされそうだ。ムスリムの食堂とはっきりわかるところがあまりない。

私はムスリムではないしムスリムになる予定もないが、近頃は血なまぐさい肉やブタ肉は食べる気がしない。ブタの血の塊やブタの皮のテンプラなんてもってのほかである。

パッタニの夜はタイそのもの。タイ的な腐敗臭があちこちから噴出してきている感じだ。

時計塔の近くには黒いガラス戸のバーも並んでいる。夜になると色白の女たちが戸口にたむろする。売春バーのようだ。ちょっと聞いてみる。多くの女が北部出身らしかった。ウッタラディットから来ているとか言っていた。こっちのほうが稼ぎがいいのだろう。

やはりパッタニやナラティワトはタイから独立してイスラム国家になったほうがいいと思う。汚物入れはバンコク、チェンマイ、パタヤ、プーケットくらいで十分である。

深夜のパッタニの町も緊張感はまったくない。昼は多少警官も見るが夜は見当たらなくなる。毛唐がなぜこの町に来ないのかわからないくらいである。

爆弾などより、夜は野犬が怖い。北部の犬よりはずっとおとなしいが、通り過ぎたあと後ろからひそかに付きまとおうとするのはいかにもタイの犬らしい。チェンマイだと、本当に後ろから噛み付いてくるから危険である。

パッタニに来て思い返す。

ナラティワトのタンヨンホテルのフロントの姉ちゃんは、ムスリムではないようだったが、マレーシア人のように親切な人だった。何か頼むとすぐに自分で動いてくれて、いろいろ世話を焼いてくれた。

タイ人らしくない腰の軽い人で、ここに行きたいというとすぐに自分で外に出てモトサイを拾ってくれて運ちゃんに指図もしてくれた。

たいていのタイ人は自分では一切動こうとせず、ニヤけたりシカメッツラをしたりして座っているだけ。動くときもイヤイヤなのをことさら表情に出そうとする。そういう風にするのが立派そうで洗練されているとでも思っているらしい。

翌日。

安いし、うるさくもないのでホテルMy Gardensに連泊することにする。

タイ的なものを予想以上に受け付けなくなっていることを自覚する。いかにもタイ人というのに接するとイヤでたまらない。いかにも中国系というほうがまだましなくらい。

ホテルのフロントは割り込んでくるタイ人客を平気で優先して受付け、そのうえタラタラして長々と待たせる。

これで毛唐がいたら耐えられないだろうが、さいわい今のところパッタニでは白人は一人も見ない。

バイタクでパッタニのモスクを見に行く。立派な美しいマスジッドだった。看板にタイ語さえ入っていなければなおよかった。

パッタニのバイタクは明朗会計。運ちゃんはほとんどマレー系。市内なら一律20バーツ。市外のクル・セ・モスクなどを見に行こうとすると高くなる。50バーツとかいってたのでやめた。

ネット屋はホテルの近くに2軒。ローカルの若者の遊び場なのでみんなゲームをしている。

日本語IMEを自分でApplyしてココログを書く。タイのネット屋はたいていタイ語が入っているので、日本語IMEは入れやすい。WindowsXPのCDromは要らない。

日本語IMEの入れ方は、まずスタートボタンのSettingsなどから「コントロールパネル」を開き、Regional and language optionsというところをクリックする。

タイ語などが入っていればRegional optionsのところに日本語もあるようである。そこをJapaneseに変え、LocationもいちおうJapanに変えて、Applyするだけで日本語ツールバーが出せるようになるようである(Locationの変更は必要ないのかも知れないが、以前マレーシアでなぜかどうしてもうまくいかないときにこれをJapanにしただけでうまくいったことがある)。

タイ語などが入っていない場合は、まずLanguagesのところを開いてInstall files for East Asian languagesのところにポチを入れてApplyするが、このときWindowsXPのCDが必要になるようだ。あとでRegional...のところも変える。マレーシアのネット屋ではXPCDを貸してくれることもあった。

「マレー人のマーケット」があると聞き何とかバイタクで行こうとするが、運ちゃんはマレー人(ムラユ)なのに意味が通じない。そういうはっきりとしたところはないのかもしれない。MyGardens付近はほとんど完全にタイ族の領域になっている。

夕方バイタクでわざわざローティチャナイを食べに行った。

昼間はわりと警官を見る。ホテルのすぐそばの交差点で交通整理をしているのだが、ヤクザそのもの。バイタクの運ちゃんがぺこぺこしながら通り過ぎていく。

テレビのニュースでパッタニの話がいくつかあった。政治家が来たか何か催しがあったようだった。

3日目。

昼間の警備が少し物々しくなってきた。交差点の警官が増えて、検問もランダムにしているように見える。かと思うと、まったく警官がいなくなる時間帯もある。

テレビは国王様マンセー一色。ホッシップなんたらと繰り返し気持ち悪い。

去年ネパールNabilBankの口座から引き出したアメックスのトラベラーチェックを両替してしまおうと思い、近くの「クルンタイバンク」に行ったがダメだった。基本的に両替はしていないらしい。係員はしばらくTCの券面を見ていてやっぱりダメだということになった。たぶん光を当てて真偽を確認する装置がないのだろう。

クルンタイは大衆的な銀行なのだろうか。警備員のようないかにもタイ人という感じの男がまず呼び止める。行員の女性と話していると、この男が「帽子を取れ」という。

私は帽子の下に何も入れていないことを見せてから(毛は生えている)また帽子をかぶった。それでもこの男は帽子を取れとしつこく言ってくるので、相手にしないで無視していた。

マレーシアでもタイでもネパールでも、銀行で帽子を取れといわれたことはない。これが初めてだ。この男はムスリムにもそう言っているのだろうか。

帰り際、この男はわざわざ私を呼び止めて自分の受付テーブルのようなところに呼びつけた。ねちっこく因縁をつけるような目でにらみつけ、"I am take you....hat....."とかわけのわからないことを言ってくる。

「帽子のことでオレがお前を警察に連れて行ってやる」とでも脅していたのだろうか。妄想土人の権威妄想マルダシというほかない。これまた実にタイ人らしい振る舞いである。

それともタイでは銀行の警備員は警察なのだろうか。タクシンも警察官のようだし、イミグレ役人も警察官らしい。

これと比べると、行員の中国系女性職員ははるかにまともだった。「バンコク銀行」に行けと言う。

クルンタイがローカルな大衆的な銀行だとすると、タイ族がマレー人に日ごろどういうふうに振舞っているかも想像される。

バンコクバンクはかなり離れた少し辺鄙なところにあった。バンコクバンクでは帽子を取れとかバカなことは誰も言わない。一応は外国にも支店がある銀行である。

TCのチェックや身元のチェック(パスポートのコピーとサイン)は厳しかった。マレーシアの出国スタンプのコピーまでとり、それにサインをさせる。サインをいくつしたかわからないくらいたくさんした。

両替レートは多分悪い。1ドル38バーツ弱で、そのうえTC一枚につき手数料30バーツ、印紙代3バーツ。

この銀行は大変のんびりしたところで、冷房の効いたロビーで地元の人たちが分けもなくたむろして新聞を読んだりしているのが不思議である。カウンターの向こうには分厚い札束が無造作に置かれたまま行員が席をはずすことも・・・・

ネパールのNabil Bank発行のばらばらのTCだったので少し心配していたが、両替はできた。

昼ごろローティチャナイが食べたくなり、バイタクを雇うが、どこも閉まっている。ローティはどこも朝と夕だけのようだった。

その代わり、マレー人地区の食堂に連れて行ってくれた。マレーシアとほぼ同じチキンカレーが食べられる。しかし、コピ・オはなかったのでテー・スースー。

お勘定もマレー語しかもマレーシアリンギ建てで「ドゥア・リンギ・ラパンプロ・セン」(2リンギ80銭=28バーツ)という言い方だった。すごい。

夕方ちょっと嫌なことがあった。

ドゥリアンを買っていたら、私服警官とかちあった。

警察だろうということは雰囲気ですぐにわかった。普通に見かけるタイの制服警官とは違い、ミャンマーの警察官のように小柄だったが、ミャンマーの刑事のように洗練されてはいなかった。

天下のミャンマーのロンジ履き刑事ほど細心で空恐ろしい雰囲気はない。思ったことをすぐに言ってしまい、考えていることがすぐばれてしまう感じだった。

すぐに粘っこく付きまとおうとするので汚物を払うように振り払う。

こっち嫌がっているのを見て、警察だから安心しろと言ってわざわざ身分証まで見せてきた。こういうところが間抜けな感じである。私が彼のことを、彼らが目の敵にしている多数派住民「ムラユ」だと思っているととったのかもしれない。

国籍、滞在目的、泊まっているホテルなど、あれこれ身元を聞くのはもちろんだが、やたらにこっちの体に触って来る。これが気持ち悪い。体に触ると何かわかることでもあるのだろうか。

そして散々、マレー人と「イスラム」の危険性について親切に教えてくれる。私が日本人だから当然イスラム教とは縁がなく、反イスラムだと思い込んでいるようだ。

日本にもムスリムはいる。「私は日本人だがイスラム教徒だ」と(嘘を)言っていってやったら面白くも気まずいことになっていただろう。

ここに何しに来たということになって警察署に連れて行かれたかもしれない。

「ムラユ」はno job,no work でだらだらしているだけのどうしようもない性悪な連中であるように言い立てる。

そうなのかもしれないが、no job,no workでだらだらしていて危ない連中が多いのはタイ族もまったく同じである。ただタイ族は侵略者の特権を享受しているから働かなくてもいい生活ができているだけのこと。

私は左翼ではないが、こういう特権に守られた連中がマイノリティに対する差別的な発言を平気でするのを聞くとむかつく性分である。

タイのマイノリティは、日本の自称マイノリティのように特権で守られてやたら声がでかく外国の反日主義と通じている連中とは違う。外国に反タイ主義など存在しないのである。白人は酒と女で丸め込まれ、近隣国は弱小で歯向かうことができない。

警官は、深南部三県はツーリストにとって安全な地域ではないから来ないほうがいいともいう。

誰に聞いても市街地は安全だといわれるし、この小さな都市にこれだけ警察がいて治安が保てないと言うのは変な話である。

「いつ出て行くのか、明日行くのか」としつこく聞くので、天皇が帰ったら自分も出て行く、一週間ぐらいは滞在すると答えておいた。

やはり、タイ警察はここで外国人に見られたくないことをやっているのだろう。

タイ族移住による文化的侵略の続くタイ深南部は、漢族移住政策によって文化的に分断されつつあるチベットに似ている。

ぱったににくるときに親切にしてくれたムスリムの女の子が「シリアス」で「シンシア」な改宗でなければならないと言っていたことを改めて思う。彼らはノホホンとムスリムをやっているわけでないと言うことだろう。

彼女のような優等生でちゃんとした知的な職業についている者であっても、ムスリムとしてこの土地にいるかぎりマイノリティであり、当局からは常に犯罪者予備軍として扱われる。ここ以外でもムスリムである以上、それだけで差別され敵を作ることがある。

それを引き受けられるだけの覚悟が必要なのはもちろん、そのような不利益をうめて余りあるほどの利益をイスラムに見出せるのでなければ、真剣に改宗する者とはいえない。

また、そのようないいかげんな者がイスラムコミュニティに入ってくることは、本物のムスリムにとっては迷惑だということだろう。

 
昼間、路肩の草むらの中に銃を構えた迷彩服の兵隊が座っていることっもある。しかしいつもいるわけではない。

マレー人のバイタクを何度も雇ってようやく川向こうのマレー人地区でまともなコピ・オを飲むことができた。かなり質の高いものもある。

ムスリムの中にも(スカーフをしている人でも)、コピ・オという言葉がまったく通じないものもいる。すぐに反応してくれる人もいる。

ホテルマイガーデンズ周辺のマレー人はタイ化していてコピ・オが通じないことが多い。この町のマレー人社会もタイにからめとられて分断しているのかもしれない。

 
東南アジアご訪問を控えての天皇皇后両陛下の会見での発言をネットで読んだ。

天皇陛下はさすがに慎重な方だが、皇后陛下のタイヲタ的な発言に違和感を覚えた。しかし、これも儀式のうちに入るのだろう。

外国人反日記者の悪意ある「愛国心教育」質問を、婉曲的にお諌めになった天皇陛下のお言葉はお見事だったと思う。

彼らはタイの、人の心の隅まで支配する全体主義については何の批判もしないのだ。

しかし私は、タイおよびタイ族、そして彼らが再生産する国際的な「タイ的イデオロギー」は、この世界で人間の尊厳を脅かす危険な現象であることを、改めて強調しておきたい。

 
タイ人には食傷ということがないのだろうか。

9日を過ぎても延々と国王賛美が続く。

黄色を着た連中は獰猛な野獣のような目つきになっている。この町では、決して黄色を着ない人も少なくない。

ホテルMy Gardensは、中華系で従業員はタイ族だが、みな普段どおりの制服を着ていて「黄色」を着ていないのが救いである。

深夜も若い女がフロントにいて制服のまま椅子の上で寝ている。警備員もいるが、異常としか言いようがない。

いまタイ時間深夜2時半過ぎ。パッタニにもこんな時間まで開いているネット屋(ゲーム屋)がある。国王祭り休暇のためか、客も少なくない。

よく見るとパッタニにはインターネット屋が意外に多い。どの店もローカル向きで、ゲーム中心のところもあるが、コピー屋、文具屋といっしょになっているところもある。日本語IMEのかぶせ方を覚えればどこでもすぐに利用できる。

深夜までやっているのはゲーム主体の店だが、どの店も大体は静かである。いまこの町に外国人が来ることはほとんど来ないから、ネット屋に白人が来ることなどはない。したがってじっくり読み物をしたりするのにとても便利な町である。

ネット屋によって、おそらく経営者によるのだろうが、タイ族色が強いところとムスリム色が強いところとがあるように見える。「黄色」一色のところと、「黄色」もたまにはいるがスカーフが目立つところと。これはネット屋に限らず、どの店もそうなのだが。タイ族の店は本当に感じが悪い。

6月11日。

各国王族に続いて天皇陛下が空港に降りる映像がテレビで流れる。ちょっとだけのニュース。日本の天皇の扱いは十分に丁重とはいえない。天皇陛下は頭を下げすぎる。

迎えに来たタイ皇太子は、天皇に対してはあまり頭を下げない。他のところではペコペコしていた。映し方もよくない。天皇がほとんどアップで映らない。

本来なら国王自身がじきじきにお出迎えに来るべきところである。

明け方4時ごろまでネット屋ですごす。4時ごろネット屋を出て近くのローカルなコンビニに入ると、スカーフをちゃんとしたムスリムの女の子がレジをやっていた。愛想がよくいろいろ英語で話しかけてきた。

13日。

ホテルのテレビがどのチャンネルも国王もの一色になっているときに表に出てレストランに入ると、まったく別の物をやっていた。ビデオかもしれない。まともな人はいい加減に飽きてるだろう。

   
市内に終夜営業のコンビニは何軒かあるが、セブンイレブンは一軒だけのようである。時計塔からMy Gardensの反対の方にまっすぐ15分ぐらい歩くと左手にある。品揃えはまちまちである。

セブンイレブンのちょっと手前の左手に、こぎれいな喫茶店がある。深夜までやっていて、早い時間はいつも人でいっぱい。もちろんローカルの人ばかりだが、若いムスリムのカップルなどが目立つ。ハンバーガーのようなものを作って出している。女主人もムスリムで、いつも愛想がよい。

この店はコピやドリップコーヒーはない。ネスカフェだけだが、それがなんと5バーツ。ネパールでもネスカフェはもう少し高いと思われる。しかも、一応ちゃんとした味の中国茶のポットもついてくる。(この辺ではテー・スースー(ミルクティー)やネスカフェにはたいていお茶のポットがついてくるが、ほとんど味がしないのや、テースースーに使うドリップのお茶を2、3滴たらすだけというところも多い。)

ホテルMy Gardensは静かで快適で料金も安く申し分ない。町ものんびりしていて不便そうでいてわりと便利なので、ここは大変居心地がいい。

陰険なタイ族は無視していればいい。ムスリムの人たちの多くはいつも笑顔で挨拶を返してくれる。どこで会った人かこっちが忘れているようなこともある。

いま「黄色」(国王の生まれた月曜日の色)を着ている連中が多い店はタイ族の店。とげとげしく陰険な連中の溜まり場なので避ける。この時期は大変わかりやすい。

タイ深南部に入って2週間。パッタニには10日以上もだらだらしているが、いまのところ治安の悪さを感じたことはないし、危なそうな人間も見かけない。

ケンカふきかけてきそうな目つきをしているのはむしろタイ族の連中である。

毛唐を見たのはいまのところ自転車の女ひとりだけ。

15日。

今日こういう報道があったが、パッタニの町に変化は感じられない。警察も軍隊も見かけない。

Series of bombings hit Thai south

At least 30 bombs have exploded in the south of Thailand, killing at least two person and injuring many others.
They went off almost simultaneously across the three provinces closest to the Malaysian border - an area plagued by a long-running Islamic insurgency.

The homemade bombs exploded early in the morning, just as people were arriving for work.

The largest hit a teashop in Pattani province, killing a local official and wounding many of the customers.

パッタニ市内からは離れたところで起きたのだろう。

それよりも午後の雷がすごかった。一瞬爆弾テロかと思った。

15日の深夜もパッタニ市内は平穏。

深夜まで開いている店でサッカー・ワールドカップに興じている。この店はムスリム経営の清潔で良心的なコーヒーショップで、コピはないがネスカフェがなんと5バーツ。野菜と卵入りローティ・バカル(野菜と卵をはさんだハンバーガー)が13バーツ。(普通、「ローティ・バカル」はたんにトーストのことだったりする。)

タイ族客も多く、深夜には薄汚いオカマのような非常にタイ的な連中もたむろしていた。こういうのを見るとちゃんとしたムスリムは不快だろう。

マイガーデン近くのタイ族マーケットにはイサーン顔のおばさんもいる。モンMon系かもしれないが、いかにも感じの悪いタイ人。ホテルの近くではこの店だけが、コピ(ミルクなしドリップコーヒー)をやっていたが、タイ族マーケットは感じの悪い一帯なので今は近づかない。

タイ政府は、深南部を「タイ化」するために、貧しいがタイへの帰属意識の強いイサーン住民を南部に移住させることを考えているようである。実際にそういう働きかけもしているのだろう。

イサーン住民を深南部に移住させる案【タイ】

16日。

セブンイレブンに近いところでまた新しい喫茶店を見つけた。Ayuという冷房の効いた快適な店。エスプレッソがある。25バーツ。ベーカリーもあり、パンやショートケーキも売っている。見た目はおいしそう。

6月15日はパッタニが「独立宣言」をした記念日だったらしい。どういう種類の独立宣言かまではよくわからない。とにかくそのせいで各地で爆弾事件が同時多発的におきたと説明されているようだ。パッタニ王国はヤラーやナラティワトも版図に納めていた。

ちゃんとスカーフをしたムスリムのおばさんでもたまにマレー語がまったく通じないことがある。今日初めての屋台で、NasiもAyamも通じなかった。隣にいた若いムスリムの女の子が通訳してくれた。

タイ語で「鶏」というのは難儀である。中国語の方言というのがよくわかる単語だが。

Ayamなら世界中のどこの国の人が発音してもたいていはみんなに通じると思われる。マレー語は最初から南洋の国際共通語として出発したようだ。

itvのHot Newsのキャスターの服が黄色のポロシャツから背広に戻っていた。まだ黄色でやっているニュースもある。

17日。

朝からテレビの反日番組。毛唐に日本の戦争を語らせるドキュメンタリー。

ホテルMy Gardensは癖がなく、快適なホテル。長期滞在に向いている。

移動したとしても、ここよりも居心地のいい宿はなかなか見つからないように感じる。これもずっとパッタニにとどまっている理由のひとつ。

   
街中でも警察車両が目立つようになってきた。

夜、ホテルに戻ると警官隊か兵隊を乗せたバンがホテルの敷地内に入っていくところだった。何をしにきたのかはわからない。

ヤラーのホテルのカラオケで爆発があって、カラオケ嬢(売春婦)が死んだらしい。その影響かもしれない。

警察や軍隊が一番ターゲットになりやすいのだから、ホテルに警察が詰めたりするのはテロの危険という点でも迷惑である。

ムスリムから見れば、例外なく豚食い×ャン×ロの経営しているホテルや売春バーがこの地域にあること自体、冒涜であり侵略であろう。

中国人が切り開いた売春穴に、同じく豚食いのタイ族が、ドロッと濃厚なタイ文化とともに、膿のようになだれ込んでくるのである。

そしてでかい国王の写真をぺたぺた貼って偶像崇拝のようなことを強要するのである。弱みを見せていたらやがてメーサイのように毎朝晩タイ国歌を流し、マレー人に起立清聴を強要し、国王への忠誠と仏教と土人売春文化を含むタイ文化の全面受け入れを強要するようになるだろう。

そうなった暁にはこの地域も、土人売春婦を引き連れた世界最低レベルのクズ白人で足の踏み場もないほどになるのは明らかである。

今は静かなビーチからも、表通りのカフェからも、ムスリムローカルは当然のように締め出され、昼間からオープンバーで売春婦の乳をもんだりビールをラッパ飲みしたりする毛唐とそれにかしずくタイ族が大手を振って練り歩くようになる。

タイ文化がこの地を支配すれば、このようになることは確定である。

これが「国王様マンセー」を支えるタイ族の文化であり、タイのモラルなのである。

深南部のマレー系ムスリムがタイ族を憎む理由はほかにもいっぱいあるだろうが、これだけでも十分である。

18日(日曜日)。

多くの店が閉まっている。いきつけのマレー系ガーデンレストランも。

先週の日曜日は、国王狂騒の真っ最中だったが店は開いていたように記憶している。

My Gardensホテルにタイ族の若い男女の集団がチェックインする。黄色を着ているやつも数人いる。

夕方久しぶりにマレー人地区にバイタクで行き、本物のコピ・オを飲みローティ・チャナイを食べる。コピ・オとローティ・チャナイで11バーツ。往復のバイタクにかかるのが40バーツ。

最初タイ族運転手にあたってしまった。マレー系かと思い、以前行ったMasnaローティを知っているかと聞いら、知っているような風にいうのでそのまま乗ったらまったく関係ないバス停に連れて行った。本当はコピもローティも知らなかった。

話にならないのでマレー人マーケット近くで降りて、別のバイタクを拾う。だから、交通費が60バーツになった。

それでも無駄ではなかった。コーヒーが非常にうまかった。

マレー人地区の本物のコピ・オは味がぜんぜん違う。タイコーヒーとはまったくの別物。おそらく豆も淹れ方のコンセプトも違うのだろう。マレーシア側よりも美味く感じたのは久しぶりのコピだったからだろうか。

マレー人地区といっても見た目貧しそうだったり汚かったりするわけではない。近代的な地域であり、大きなマーケットもショッピングセンターもある。ただ、ホテルは見かけない。My Gardensからは離れているのでバイタク(モトサイ)で行かなければならない。

19日。

11時過ぎに起きだして表に出る。

タイ人客を避けてエレベーターを使わず階段を降りると、迷彩服の兵隊が手ぶらであがってくるところだった。ホテルの中で何をするつもりだろう。

ホテルの前の警備員も警察のようなものものしさである。警察なのかもしれない。しかし、いないときにはまったくいない。

今日もムスリムレストランが閉まっていることが多い。マレー人地区でさえマレー食堂を見つけることが難しい。昨日のコピ・オがうまかった食堂は見つけられなかった。

モトサイ(バイタク)運転手がタイ族ばかりになっていて、マレー語が一言も通じない。

国王狂騒以前はホテルの前でモトサイを拾うとたいていマレー人運転手にあたり、マレー語が通じていた。

パッタニの町は前にもまして黄色を着た連中が増えている。

マレー人マーケットでさえ黄色を着てスカーフをつけない女性が目立っている。ムスリムの人たちが店じまいしているから目立つのかもしれないが、この地域ではとくに、いま黄色を着ないとまずいという雰囲気がありそうだ。

日本人タイヲタの中には、「色黒で土人顔のタイ人がマレー系」だと信じているのもいるようだが、見当はずれである。

今日は数回モトサイを拾い、10人位の運転手には話しかけた。みんな真っ黒なごてごてした顔をしていて、マレー語は一言も通じなかった。

「マカナン・イスラム」も「パサル・ムラユ」もまったく通じない。マレーとはまったく縁のないタイ族である。

実はマレー人はそんなに黒くない。コタバルとタイとを比較してみればわかる。この辺でいちばん地黒なのはタイ中部からカンボジアにかけての人たちではないかと思う。モンMon・クメール系の混じったタイ族。顔がごてごてするのも混血ゆえだろう。

マレー人はこのあたりでも、特に女性は色白のうりざね顔が少なくない。

パッタニに来て15日になる。

今夜、パッタニで2人目の白人を見た。今度も女。アジア人女にガイドされている。

薄暗い歩道を前方から歩いてきたが、すぐに白人だとわかった。道を譲り合おうという気配が「まったくない」からである。

これが毛唐のはっきりとした特徴である。アジア人ならよっぽど横着なガキでも前から来る人に対する一定の意識を持っている。

こちらも相手に合わせてまったく道を譲らなかったが、道に余裕があったのでぎりぎりですれ違った。

こちらが道を譲らないとわかると、その毛唐女はテロリストにでも出会ったかのようにキッと引きつった目でにらみつけてきた。いつものパターンである。

20日。

セブンイレブンの近くにあるモダンな喫茶店Ayuでブルーベリーチーズケーキを食べる。40バーツ。

結構おいしかった。日本のものとそれほど変わらないくらい。タイでは最高レベルではないだろうか。

チェンマイの日の丸をデザインした「日本式ケーキ屋」のものよりうまい。

店のおばさんは英語を話す。あなたが作ったのか、と聞くと、そうだと言っていた。本当かどうかはわからない。

パッタニのセブンイレブンは一軒だけだと書いたが、時計塔から歩いていける範囲でのこと。川向こうにもある。

Ayuの店前のテーブルに座っていたムスリムのルンギをはいた青年も英語が話せた。店に誰もおらず明かりも消えていて閉まっているように見えたので、閉まっているのかと英語で聞いたら、教育のありそうな上手な英語で開いている今ちょっといないだけだと答えてくれた。

最近は片言のマレー語しか使わないのに、なぜこのときに限って英語を使ったのかわからない。

テレビでは相変わらず「国王賛美のCM」をしつこく流している。

タイが公式にいうほど国民に敬愛されているのなら、賛美のCMを長々としつこく流す必要はないはずである。

タイ国王の権威も、実は綱渡りをしているようなものなのだろう。

しかも最近のCMの傾向として、毛唐を使うことが増えてきた。毛唐に英語で長々とタイ国王への賛辞を述べさせる。

白人様もこんなに評価しているということを国民に示すのに躍起である。そうまでしないとやはり国王を中心としたイデオロギー的統合が保てないのだということになる。

最近はあまりテレビを見ないので、もっといろいろな恥ずかしい企画をやっているのだろう。

深南部でテロが続くといっても、現在の独立派勢力は、タイ族仏教徒の主導する現人神的国王賛美に、ムスリム住民もが迎合することを容認しているのが現実だと思う。

タイ当局側は、ムスリムも国王を敬愛しているという宣伝を内外に向けてすることで、この地域のタイへの文化的統合を合理化しようとする。

独立勢力は、本気で独立を目指すなら、まず思想な独立をこの地域に確立しなければならない。

ムスリム同胞には現在のような偶像崇拝的な国王賛美を禁じなければならないはずである。

現在タイで行われている国王賛美はそれ自体偶像崇拝的なもので、唯一神に対する信仰とは相容れないのではないかと思う。

しかも国王は宗教的に中立ではなく、法的にも仏教徒であり公式に仏教僧の祝福などを受けるのである。

独立派のイスラム法学者が、ムスリムである以上、仏教徒タイ族のタイ国王賛美に加わってはいけないという宗教令を出すことが最小限必要だと思う。

それが仮にこの地域のイスラム社会に分裂をもたらすとしても、今のままずるずる甘いテロをやっていては独立実現はおぼつかない。

今の状態はこの地域のタイ化を事実上容認するものである。北からのタイ族の入植は進んでいるし売春婦も移植されている。

しかし、もしこの地域のイスラム指導者がムスリム住民に対して、国王の個人崇拝を禁じる、国王写真を含めた一切の偶像を排除せよ、という宗教令を発するならば、それは全世界の熱心なイスラム教徒の関心を集め独立運動への支援を期待することができるだろう。

それによって一時の分裂と流血がもたらされたとしても、得るものの方が大きいはずである。

いや、本当はもっと根本的な行動が必要である。

宗教の立場からいうのではなく、政治的独立のためにぜひ必要な、流血も人身被害も伴わない人道的かつきわめて効果的な「テロル」の手段がある。

街道沿いに掲げられた巨大な国王の写真、役所の前に掲げられた写真、醜悪な王妃の巨大な写真。

これらを同時多発的に早朝にでも爆破するのである。

国王の顔のところが吹き飛ぶように爆弾を仕掛けるのが良いと思う。顔面麻痺の心理治療にも有効だろう。

それが成功したら、次は仏教寺院である。坊主や教師を狙うのではない。

仏像を的確に爆破する。仏像といっても最近作ったばかりのキンキラキンの悪趣味なものばかりで文化的な価値はないから、ためらう必要はない。そもそも仏教も最初期には偶像崇拝を忌避したのである。

これら一連の行動によって、独立派から離れていくムスリム住民が相当数いるとしてもやむをえない。

自分たちは偶像崇拝、個人崇拝を許さない、仏教徒タイ国家から独立しイスラム国家を建設するのだ、という明確なかつ痛烈な意思表示は、全世界に報道されて、それ以上に多くのものをもたらすはずである。世界中の熱心なイスラム教徒の視線と援助をこの地域の独立運動に集めることになる。

これをしない限り、テロで何十人役人を殺しても独立はない。しかし、これをすれば状況は大きく転換する。

パッタニを去ることにした。

多少未練が残るが、コピ・オを飲むのにバイタクを使わなければならないし、タイ族の運転手はまったく要領を得ない。

いつか、独立したパタニ・ダルサラームを見てみたいと思う。

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Pattani(town)  From Wikipedia, the free encyclopedia

The word Pattani is derived from "Patani" in Malay which means farmer. The local dialect of Malay is called Patani Malay or Yawi in Thai (derived from Jawi).

Pattani Province 

History

Historically Pattani was the centre of the semi-independent Malay Pattani kingdom, but paying tribute to the Thai kingdoms of Sukhothai and Ayutthaya. After Ayutthaya fell in 1767 Pattani gained full independence, but under King Rama I it again came under Siam's control. In 1909, it was annexed by Siam as part of Anglo-Siamese Treaty of 1909 negotiated with the British Empire. Both Yala and Narathiwat were originally part of Pattani, but were split off and became provinces of their own.

マレーシア・クランタン州をイギリスに割譲し、パッタニを正式に併合したということか。

クランタン州の人は「クランタン」に大変な誇りを持っているようだが、タイが放棄してくれてよかったというのが歴史の審判という感じがする。つまり、イギリス領になったのがかえってよかったと思う。

現在のクランタン州とパッタニの人々の暮らしぶりの違い、雰囲気の明るさの違い、宗教的文化的なアイデンティティをどちらがより維持できているかを比較してみれば明らかではないかと思う(当然、クランタン州のほうがマレー人のアイデンティティは守られている)。

There exists a separatist movement in Pattani, which after being dormant for many years erupted again in 2004. Grievances cited include long-standing prejudice and oppression of Pattani Muslims by Thai Buddhists, including forcible repression of local language and script, as well as religious practices. As such, the revolutionary movement has increasingly taken on Islamic overtones, but remains largely isolated from global Islamic militancy, with the exception of proposed cooperative ties with neighboring Malays.

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次の町はヤラ

悪書

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日本の「侵略」戦争について毛唐爺たちに語らせるドキュメンタリー【タイ】

今朝のテレビはさっそくこれ。

日本の東南アジア侵略と残虐行為について白人爺たちのみに語らせるという趣向。

シンガポール攻略の次は泰緬鉄道のDeath Railway。

自分で主張しないで毛唐たちに語らせるというのがいかにもタイらしい卑劣さである。

「タイは親日国家」なんて妄想しているやつの気が知れない。

外国人に語らせるなら白人だけでなく両当事者の意見を聞くべきだなどという正論は、タイではまったくむなしい。タイはひたすら毛唐のご機嫌取りである。次には中国人。

泰緬鉄道の場面では、日本兵が捕虜を虐殺するイメージ映像もあった。

国王60周年行事での天皇の扱いはきわめて粗略なものだったが、タイに現在「駐屯」している大量のクズ白人には、自分の「植民地」に日本の天皇が迎えられるだけで気に入らないという者も多いだろう。

テレビでの天皇の扱いはひどかったが、一部の新聞は一面に天皇の写真を載せたりするところもあった。

天皇を持ち上げすぎて白人や中国系の不興を買ってはまずいと早速火消しをしているかのようである。

しかし一部の新聞報道を誇張してそれがすべてであるかのように報じる日本のこういう報道は痛すぎると思う。どうしてもタイに幻想を抱いていたい人たちがいるようだが、しかし、なぜ共同通信?
反日系メディアに限ってタイを持ち上げたがるように見える。東南アジアの人々はこんなに日本のことを思ってくれているのだから日本も過去の謝罪と反省を・・・・・というふうにつながっていくのだろうか。ホテルロビーで見たタイ字新聞のなかには、式典期間中も、各国主要王族の写真を載せているのに天皇の写真はまったく載せないものもあった。式典期間後のいまもタイ字紙は王族写真を好んで載せるが、天皇の写真はまったく見ない。

本当に日本の天皇を歓待する気持ちがあったのなら、天皇が来訪した直後にこのような番組を設定するだろうか

つねに天皇と関連づけられて語られるあの戦争、何の罪もない天皇陛下ご自身がいちばん痛みに感じておられる戦争の記憶を、天皇来訪直後にことさら掘り返す

しかもそれをタイ人の立場で論じるならまだしも、白人爺たちに一方的に語らせる番組である。

私はいわゆる大東亜戦争肯定論に近い立場なので、天皇陛下の思し召しを体しているかどうかはわからないが、少なくとも、日本が東南アジアの白人を駆逐したことを痛みに思わなければならない理由はどこにもないと信じている。

「天皇は迎えたけどタイは親日じゃないですよ。親ファランですよ。今後とも日本人よりファランを優先しましょう」という自国大衆向けの念押しでもあるのだろう。

アジアの英字紙が反日記事を載せることはどこでもよくある。

マレーシアの「ニューストレーツタイムス」も時々反日的な記事を載せていた。東南アジアのメディアは資本が中国系であることも多いと思う。

しかし、マレーシアのテレビではこういう反日ドキュメンタリーを見たことはない。

タイ国王、天皇を迎えず!【国王戴冠60年式典:朝貢外交以下】

「朝貢外交」というのは、「中華」の側からいえば、「辺境の地からこの世界の中心の都へよくやってきた」といって野蛮人の王たちを手厚くもてなすことにより、「天子の徳」をあまねく天下に知らしめるというものである。

この観点からみると、今回のタイ国王戴冠60年式典における、タイ国の両陛下にたいする待遇は「朝貢外交」以下であったといわなければならない。

小中華王国を目指すタイだが、「中華」の真似事をするには蛮夷にすぎたようである。

昨日、両陛下はバンコクに到着されたが、空港に出迎えたのは皇太子で、国王との接見は今日が初めてになるはずだった。

「御座船行列」のおこなわれる今日の夕方、国王と王妃は宮殿の広間に椅子をしつらえて各国の王族を迎えた。

私はいまタイの深南部の町にいて、この様子を先ほどホテルのテレビで見たところである。(正式の会見は別に行われた。その実況は見なかったが、録画で後に流していた。これは船見物の前の私服での挨拶の場面だったようだ。)

国王と王妃の椅子の周りには、例の口をいつも半分あけている王女ら女性王族たちが絨毯の上にべったり女の子すわりをしてだらしなく待機している。これは、彼らの風習なのだろう。

招待された王族は二十数カ国。順番に宮殿(?)に入って行き、国王、王妃と握手をし、王女らと挨拶する。

王女らの挨拶の仕方が相手によってまったく違うのが、いかにもタイらしい。相手が国賓でも常に格付けをして態度を変えるようである。

天皇皇后両陛下が宮殿(?)に入られたのは、最後から2番目だった。最後はスウェーデンのグスタフ国王。

ところが、両陛下が入場される直前に、タイ国王、王妃は席を立ってどこかに行ってしまった。王女たちもばらばらになっている。

国王がいなくなると、広間はいろいろな人が歩き回るようになり雑然としてきた。

陛下が入場されたときの宮殿広間はまるで立食パーティの会場のようだった。

両陛下は、空いた椅子が二つ置いてあり、人がばたばたと歩き回る雑踏の中を進まれたが、一瞬どうしていいのかわからないというふうに戸惑っておられたと思う。

王女たちもろくに挨拶しようとしない。国王がいなくなって、すべての当事者が義務から解放されて何もしなくてよくなったという雰囲気だった。

タイ国王は、おおやけに両陛下をお迎えすることなく、御座船行列のほうに移っていったようである。

私はここに何度も書いたが、両陛下、ではなく、日本政府はこの式典をはじめから辞退すべきだった。

王室を批判する言論の自由もない以上、民主主義国家とはいえない。

政治情勢も不安定で、人身売買、売春ツーリズム、少数民族問題、南部問題をはじめ人権問題も深刻な国であり、辞退する理由はいくらでもあったはずである。

タイでは、外国企業に対する特権付与や不利益な規制に関して、行政の任意の裁量の幅が大きいといわれている。

現実には、欧米企業が日本企業以上に特権を与えられていて、タイの日本商工会議所が「日本企業も欧米企業並みに扱っていただけるよう」とタイ政府に陳情したりしているという(2,3年前にバンコク週報で読んだ記事)。

日本政府がタイのくだらない自慰式典に、ハードな日程を作って天皇陛下を無理やり出席させて恥をかかせたのも、タイに投資している日本の経済界からの要望によることなのかもしれない。

   
タイのテレビが天皇を映す時間は本当に短い。たまにちょっと出るくらいである。

映している時間も短くアップもない。東北アジアからは唯一の賓客なのだが(そもそも東アジアにほかに王朝がない)。故意に短くしているとしか思えない撮り方である。

これに対して、北欧の王族などはアップで長々と映している。タイ人の出稼ぎ先であるせいかアラブの王族も結構重視されている。

カンボジアはやっぱり軽んじられている感じがする。ブータンは、このすばらしい国王をもっと映せばいいのに、タイ王族も取り巻きも完全に馬鹿にしきった感じだ。

タイ国王は在位年数世界最長の国王ということを盛んに宣伝しているが、日本の皇室が「存続年数最年長」であることは、タイ人は誰も知らないのではないだろうか。

 
天皇に対するタイの扱いは、明らかにアメリカ以下だと思う。アメリカでは、日本の天皇は英国王並みの待遇を受けると聞いている。

しかし英国王は、戴冠60周年くらいでタイのようなイカガワシイ国には出向かない。これが重要なことである。

  
天皇がタイに行ってしまった以上、このような粗略で失礼な扱いを受けることは必然だった。

訪問しなければならない(訪問させなければならない)義理があったとしたら、それがわが国の弱みだったということになる。

タイという国はこのように、(白人でない限り「行ってしまった者が負け」の国である。

かかわってしまったのがそもそもの間違い、まずもってかかわり合いにならないのが上策、という国はアジアには少なくない。

タイもまたそのタイプの国のひとつであるということの認識を、明確にしておく必要があると思う。そうしないと、あとあと後悔することになる。

私は、将来の独立を志す深南部のみを旅し、マレー系のみと交流してタイを出る予定である。

 
13日も両陛下に関する報道は非常にあっさりしたものである。ホテルにあるタイ語新聞には両陛下の写真がまったく載っていない。

午前中にチュラロンコン大学を訪問なさったのだが、そのことにまったく触れないテレビニュースもあった。

昨日から比較的露出度が大きかったのはモロッコの白人王妃とタイ王女との会談など。

タイ国王は"Maharaja"と呼ばれているようだが、他の国の君主は、天皇陛下もモナコ公もリヒテンシュタイン大公も、みんな"pra racha"でひとくくりだった。どこかの国の「日王」と同じであろう。

天皇皇后両陛下がタイで軽んじられるのには、日本政府だけでなく、在タイ日本人にも問題があると思う。

日本旅行のできるタイ人は限られているから、一般タイ人は在タイ日本人を見て日本という国に対する評価をし、態度を決める。

在タイ日本人が天皇を尊ぶ気持ちをひごろからはっきりと表示していたならば、このような扱いにはならなかったと思う。

世間の狭いタイ人には理解が難しいことだとしても、日本人と少しでも縁のあるタイ人には、「タイ人にとってはタイ国王が一番かもしれないが、われわれには天皇があり、われわれにとっては天皇が一番なんだ」ということをちゃんと伝えておく必要がある。

しかしながら、それを怠って、かえってタイ国王を自分の国王のようにあがめている在タイ日本人が多い。タイヲタといわれるような旅行者にもそういう連中が多いのだ。

バンコク週報に反日コラムを書いていた(る?)男が典型例だが、自分の個人的な無能から日本社会に適応できなかったに過ぎないにもかかわらず、自分がうまくいかないのを日本社会や国家のせいにして、タイのように「入りやすい」安易な避難所に逃避してそのまま居ついている日本人が非常に多い国である。(入りやすい国であることは確かだろうが、「出る」のもやさしいとは限らない。)

タイ人は基本的に事大主義者で、状況主義者、機会主義者である。そうでなくても周りにそういう日本人が多ければ、日本人とはそういう人たちなのだと考え、日本および日本人に対する扱いも彼らの傾向にあわせていくということになるのは当然だろう。

  
両陛下に対するタイの粗略な扱いに加えて、昨晩はワールドカップで日本がオーストラリアに負けて、私も気分が悪かった。

伝え聞くところによれば、在タイの韓国人たちは日本の負け試合に狂喜し大盛り上がりだったそうだ。

そして、注意すべきは、その韓国人たちの取り巻きのタイ人たちも、同じように大喜びを演じていたということ。いま韓国人の勢いがいいと思えば、タイ人はいくらでも彼らのご機嫌を取る。

それ以上に、白人が数世紀にわたり一貫してこの世界を支配しているという事実がある。この事実こそタイ人の社交姿勢を決定する基本中の基本条件、前提中の大前提である。

この事実は欧州王族たちの目に見える資産力からもタイ人にわかりやすいことである。今回タイに来た欧州小国の王家といえども日本の皇室のように質素な家はない。

欧州王族にとっては自分の国はどうでもいいのである。彼らにとって重要なのは血縁で縦横につながっている欧州王族たちのマフィアである。ユダヤ資本など彼らの番頭に過ぎないという人もいる。

そういうことを持ち前の日和見能力で押さえているからこそ、タイ人は一貫して白人に媚びへつらい続けているのである。また、いろんな場面で青年たちにそのような教育もしているのだ。

おそらく、タイのツーリズムにおけるほとんど唯一の接客教育は、「とにかく白人を上げなさい」だろう。

これがタイの処世である。

   
また、タイ国王や王族たちの目には、欧州王族たちはファランとしてのブランドの高さに加えて、たとえ国は小さくても世俗的な実力は大きい国際的な大資産家仲間、自分たちにより近い立場のともに「権力を有する金融マフィア」仲間と映るだろう。

これに対して、日本の天皇などはタイの富裕な支配層から見れば、「〈ファランに負けた国〉の零落した無一文の旧家の当主」としか見えないだろう。

事実そのような扱いだったのだ。

  
タイ人にも日本の天皇の尊さは理解できるだろう、などという幻想は決して抱いてはいけない。

彼らは仏像であれ国王であれ、彼らにとっていちばん神聖なはずのものを、さらに偉そうに見せるためにキンキラキンに飾り立てることに何の疑問も抵抗も感じない人たちなのである。

彼らは、彼らの「高貴なもの」を金色で塗り固め、電気を使い、さらにパチンコ屋のネオンのようなもので飾り立てることを好む人たちである。上流であろうと下流であろうと、教育があろうとなかろうと、タイ人のこの嗜好は一貫している。

したがって、われわれが高貴な人やものに求めるような、質素ななかにある神聖さとか、ことさら手を加えないことの清さとか、謙虚な態度に表れる本当の高貴さとか、そのような観念はタイ人にはまったく理解できない。

このような事柄の理解能力では、タイ人は上流であれ下層であれ、教養ある白人にはるかに劣る。

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両陛下がタイ国王晩さん会 各国の王族らと

【バンコク13日共同】タイ訪問中の天皇、皇后両陛下は13日夜(日本時間同)、バンコク市内の王宮でのプミポン国王主催の晩さん会に出席された。
 晩さん会には、祝賀行事に参列した25カ国の王公族らが招かれた。プミポン国王夫妻ら王族が出迎え、華やかな雰囲気に包まれた。国王は「この場がお互いの国家、国民の友好の進展に資するだろう」とあいさつした。天皇陛下のスピーチは設定されなかった。

今日の天皇陛下は、頭下げすぎでした。

天皇陛下が、昨日「漏電」でボヤ騒ぎがあったばかりのバンコク・ドンムアン空港にご到着になった様子を、たまたまホテルのテレビで見ることができた。午後のニュースでチラッとやっていた。

まあ、「各国王族」の一人ということで、大変小さな扱いであったように思う。

迎えに出てきた背の高い人は、役人のような風采だったから外交官かと思ったがどうやら皇太子だったようだ。いろいろ噂のある人らしい。

天皇陛下もお疲れなのか、力を抜いておられるように見えた。

タイのテレビなので視点がどうしてもタイ皇太子中心になり、天皇はぼやけてしまっていた。

天皇陛下が皇太子と握手しながら、少し深すぎるお辞儀をされているのを見て、私はしみじみ、天皇も日本人なんだな、とか、不敬なことを考えてしまったものである。

ほかの王族たちとはご様子が違う。

天皇はhumbleな方であるといっていいかもしれない。

日本在住のあるスリランカの(上座仏教の生臭い)坊さんの(与太)話では、「謙虚な人が高いカーストに転生する」のだそうで、その典型例が天皇陛下であるとか(この辺は処世術のゴマすりだろうが)。しかし、上座仏教の坊さんなら自分が今生でアラカン果を得ることを目指して修行に専念すべきであるにもかかわらず、どういう人がどんな転生をするかなんてことを熱心に研究しているということ自体、このセクトのいかがわしさの証明であろう。

聖書に"He is humble.."とある(「イザヤ書」のインマヌエル預言といわれるところ)。

しかしまた、「神聖なものを犬に与えてはならない。ただ向き直って噛み付いてくるだろう」「豚に真珠を投げてはいけない」というのもキリストの言葉である。

これは「人を裁くな」という文脈から派生するが、その意味を別の角度から捉えたものであると私は理解している。

「神聖なもの」つまり聖なる言葉や行為を、それにふさわしくない連中、その価値を理解できない連中に与えるのは、無駄であるだけでなく有害でさえあるということだろう。

知恵のある高い立場から「人を裁く」ことも、相手の器量を超えた「聖なるものを与える」ことになると解することができると思う。

このことは「神聖なふるまい」(今の場合は「humbleなふるまい」)を他者に与える場合についても当てはまる。

タイ皇太子は、深く頭を下げる相手にはあまり頭を下げず、そり返って偉そうにしている相手には深々と頭を下げていた。これは「犬」の特徴と一致するといわなければならない。

したがって、天皇陛下に対してはあまり深く頭を下げてはいなかった。

黒人の賓客も映されていたが、テレビでの扱いはやはり粗略だった。

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タイ人は豚も犬も大好きのようである。国王も犬が好きなようだ。

しかし、路上の野犬を何とかしない(できない)限り、タイは先進国の門口に立つことさえできないだろう。

私は犬も豚も嫌いである。豚を飼っているところで豚の生態を見てから、豚肉を食べる気がしなくなった。

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両陛下の東南アジアご訪問のご日程

http://www.sg.emb-japan.go.jp/Japanese/GaikoJuritsuKinen/nittei20060530.htm

お泊りになるホテル

シンガポール・・・・・・・・フォーシーズンズ・ホテル

クアラルンプール・・・・・ホテル・ニッコー

バンコク・・・・・・・・・・・・ナイラート・パーク・ホテル

タイ国王を手放し礼賛し(affection for the king are genuine)、天皇をあくまで戦争に関連付けるBBC(by severe brutality)

日本国の天皇と、大東亜戦争開戦時、大日本帝国の同盟国であった(註)タイ王国の国王とでは、BBCの扱い方は常に大きく違うようである。

Thailand marks king's anniversary

  
Japan's emperor visits Singapore

Japan invaded Singapore in 1942 and occupied it until 1945, its three-year rule marked by severe brutality in which thousands of civilians and allied prisoners died. 。。。

天皇陛下が、教育基本法改正で日本がまた戦前のようになるのではないかという外国人記者の質問に対して、憲法上の立場から政治的な発言はできないと断りながら「戦前と今日とは状況がまったく異なっている(ので戦前のような日本に戻ることは考えられない)」ことを具体的な事実まで挙げて述べられたことはまったく省略されている。

愛すべき土人」にはいつも寛容で、その未開かつユニークな文化に賛美を惜しまないというのが、白人の「未開」に対する伝統的な態度である。

これにたいし、そのような白人の期待に大いに答えて「愛すべき土人」に甘んじながら、「土人の優等生」として白人世界に大いにへつらうことで、白人の評価における有色人種世界(=未開世界)の筆頭に立とうというのが、タイ人の一貫した処世であるようだ。

しかし、「愛すべき土人」に甘んじるべき者(有色人種)が、ひとたび対等の資格で白人と肩を並べようとするときには、白人はこれを決して容赦はしない

このあたりに、われわれがタイ、タイと白人、タイ人の白人崇拝等を特に論じ、考えてみることの特別の政治的意味が潜んでいるように思う。

これはまた、「タイ嫌い」がありふれた「アンチ」ではなく、積極的な「思想」でさえある根拠とも関係する。(アンチが思想になりうるくらいだから「タイ」も立派なものであるといえるが、それはタイ式の処世に人間性を深く損なう普遍的なものがあるからである。)

タイ式の処世がどのように人間性を損なうものであるのかについて

タイは、買春ツーリズムを国策として推進して来た。

20年くらい前には、パッポンの路上で堂々と小学校5年生くらいの女の子が(泣きながら)陳列されて売られていたという。

買春ツーリズムは、インドシナ戦争、ベトナム戦争における欧米軍に対する「慰安所」提供とパラレルに発展した。もちろん現在も海兵隊の慰安所である。

この売春外交・身売り外交によってタイは白人に恩を売るのみならず、ある意味で、「キンタマをつかんだ」といえる。

つまり、これによってタイは、「売春ツーリズム」や「人身売買」に関する白人側からの倫理的批判がタイに(全面的に)降りかかる余地をなくしたのである。タイ人の恥ずかしいまでの「白人上げ」、白人崇拝も無駄にやっているわけではない。

(外交に女を使うのは中国大陸系民族の特徴なのであろうか。タイ族も雲南の出自であることを誇りにする)

米兵に大々的に娘を売ってきたことが、パッポン路上に小学生の娘を陳列したり、チャイナタウンに小学生金魚鉢を放置することなどをも容認させていた。白人がそれらを知らなかったわけはない。

しかし、外国人による買春ツーリズムを大々的に許容するような国策が、人心を荒廃させないわけがない。しかし、売春ツーリズムがタイにあっては国家の「体質」にもなってしまっているのである。

国家の体質である以上、それは全土に行き渡る。タイ深南部でもタイ族の表情はとげとげしい。ムスリムは温和な人が多いが、それでもマレーシアに比べれば表情は格段に暗い。パッタニでは町の中心で売春施設が堂々と営業している。

注意すべきは、偉大なるプミポン国王陛下こそ、このようなタイ国家の売春ツーリズム体質を戦後一貫して推進してこられた実質の統括者・責任者であるということである。

なぜなら、彼が一言「それはやめろ」といえばどうにでもできたことだからである。「それだけはやめておけ」といえばいくらでもやめさせられたはずである。いまもそういう体制の国である。

一般的に言って、王族・皇族は、国民の美意識や倫理意識の実際については、結果責任を問われても仕方がない立場にあると思う。

   
(註) 

大戦当時、タイは日本の同盟国としてミャンマー・シャン州・チャイントーンに駐屯した。また、日本のマレー半島攻略にともない、1909年の英タイ条約で、パッタニ王国のタイへの併合を白人世界に認めさせることと交換にイギリスに「割譲」したクランタン(現マレーシア・クランタン州)を「取り戻す」など、日本の軍事力を大いに利用した。(自分の土地とはいえない地域を割譲するというのも変だがとにかく売り渡した。他人の土地を勝手に白人に売り渡すのはタイのお家芸である。)

しかし戦局が日本に不利になると、タイ人は白人側に内通して日本軍の駐屯地を襲ったりし、白人に対しては日本軍に侵略されたかのような顔をした。

戦後は白人による一連のインドシナ再植民地化戦争に協力して、兵隊たちのための性的慰安施設を各地に設けるなど、一貫した植民地主義擁護で白人に恩を売ってきた。

このような歴史もまた、タイが白人に愛されている理由のひとつである。

しかし、白人がタイ人(など)に寛容なのにはもっと原則的な、イデオロギー的な理由があると私は思う。

タイ深南部の日々

今、このタイ深南部の3県(パッタニヤラーナラティワト)に、どれだけの日本人ツーリストがいるだろうか。

そのように考えると、みんなが来ないところに自分がいることに、ちょっとした得意の気持ちを感じないではない。

といって、盲目にイラクに突入しようというのとはまったく違う。

この地域では、しばしば爆弾事件や銃撃事件が報道されているが、郊外で軍用車や警察車両が襲われたり、爆弾であっても携帯電話などを使った遠隔操作で当局者や怨まれている仏教徒教師らを狙い撃ちすることが多いようである。

住民を巻き込むような無差別テロはないようだ。無差別テロに関しては、以前、マレーシア人の多く出入りするカラオケクラブが狙われたことがあったと記憶しているが、最近はあまりないようである。

テロに巻き込まれる確率がまったくないわけではないが、車にはねられる確率はもちろん、街を歩いていて死ぬ確率もバンコクのほうがはるかに高いのではないかと思われる。

国際的なテロ組織との関係は、噂に過ぎなかったらしい。

私は去年もこの地域を訪れたが、そのときも平穏だった。

ちょっと入ってみて、たとえばタクバイとかスンガイコロクとかに入ってみて、まわりをよく観察し雰囲気を確かめてみれば、どの程度緊張した地域であるかは想像がつくのではないかと思う。

ただし、去年の経験から言えば、スンガイコロクがいちばん殺伐としていた。スンガイコロク=ランタウバンジャン一帯は一般犯罪も多いようである。

去年スンガイコロクで泊まったホテルのテレビでは、エロビデオがただで見られた。そんなことが妙に楽しかったりしたものである。マレーシア、クランタン州からエロに飢えてタイにやって来た男性のためのサービスだろうか。

タイ深南部にはいって一週間、今日になって初めて白人を見た。毛唐女がひとり、野球帽をかぶって自転車に乗っていた。

白人はどこにいっても態度も服装も変わらない。やることも同じである。彼らのAirはどうしようもない。テロられればいいのにと思った。

朝寝坊をしてテレビをつけてみると、国王戴冠60年式典の真っ最中だった。

思いのほかよぼよぼでくたばりそうだった。まともに歩けないようでもある。

顔面麻痺のせいか、顔を引きつらせて、見苦しくきょろきょろして落ち着かない。

糊塗しようとしても糊塗しきれないカルマの報いがいつ身に降りかかるかとびくびくしているように見えないことはない。

もっと現実的に考えて、ひとつの方向を向き一色に染まって熱狂している群衆は、いつ気が変わって反対の方向を向くかわからない。

賢い国王であるならば、そのことを恐れているのかもしれない。

国中が一色に染まって熱狂していることは、それだけでも君主にとっては脅威である。

ちょっと前に政治のことで政治家だったか裁判官だったかに説教していたときの国王は、もっと生き生きしていたように思う。

愚か過ぎる国民の熱狂に付き合っていくのにホトホト疲れ果てていることも事実だろう。

天皇皇后両陛下が賓客の一人として参列なさる予定である。

しかしその報道はほとんどなく、外国からの参列客については白人王族のほうが大きく取り上げられているように思う。

右翼の皆さんはこのことを怒るべきではないか?

天子はつねに八紘一宇の天子であるとすれば、天皇陛下とタイ国王とが対等というだけでもおかしいことではないか?

そういえばサッカーも、日本チームに関してはまったく報道されない。このグループからはブラジルとクロアチアが勝つと決めているようだ。

国王祝典のために休日なのか、ネット屋はタイ族のガキどもが占領して一日中ずっとゲームをやっている。マレー人の子供は路上に座り込んでタバコをふかしたりしているものもいる。

この町でも、店員が黄色を着ているかどうかでタイ族の店かどうかすぐにわかる。そういうところは避ける。ムスリムは普段どおりの服装。

タイ族の店の中には店じまいしたところもある。バンコクに行ったのだろうか。

タイのテレビにあれこれ文句をつけても仕方がないことはわかっているが、どの局も横並びにイタさに満ち溢れている。

痛すぎると思ってチャンネルを変えてみると、どの局も同じ画面を移しているのだが、別に国王が映っていたわけではない。

ベッケンバウアーとFIFAのブラッター会長だった。

ワールドカップのニュースの枠なのだが、ベッケンバウアーやFIFAのブラッター会長に、ドイツワールドカップがタイ国王戴冠60周年に重なることの「めでたさ」について、無理やり言わせているのである。

ワールドカップとタイ国王とは何の関係もない。ベッケンバウアーもブラッター会長も「タイ国王がいかに偉大な大王であるか」wについての知識はないだろう。

だから無理やりこじつけさせられて途中でしどろもどろになってしまう。

これはもう、集団自慰というより、公開オナニーそのものだった。

私の見た中ではこれが、爺さん婆さんでもないのに王宮前広場で泣き崩れているご一同様の映像にもましてイタかった。

日本人も敗戦の勅語を聞いて宮城前で泣いたが、現在のタイ人の「国王マンセー泣き」にくらべたら実につつましい光景であった。

これはやはりファッショFascioというべきではないのか?Fascismでないとしても、少なくとも警戒すべきショーヴィニズムChauvinismだろう。

他国のことだから口を出すべきではない、勝手にさせて置けばいいのだ、というのなら、「ナチス」も「日本ファシズム」もそれ自体非難する理由はなくなる。

タイでも少数民族や宗教的マイノリティは今でも非法的な手段によって殺されているのである。

 
いま深南部のある町の、深夜12時過ぎても開いているネット屋にいる。隣の台では小学生がゲームに狂っている。深南部でも市街地はこのように平穏である。

タイのムスリムにはほとんどタイ化してしまっているものや、もともとマレー系でない中国人顔のもいる。なかには黄色いシャツの上に黒いトゥドゥンをした見当はずれなのもまれにいる。

しかし、ムスリムの心はタイにしてはまだそれほど汚染されていないといえると思う。

より多くの日本人ツーリストが深南部を訪れるとよいと思う。

ゲームに夢中だった子供は1時過ぎに帰っていった。深夜2時近くまでネット屋は開いていた。閉まる時間になって外に出ると、銃を持った兵隊が数人いた。バイクを調べている。

さほど緊張感はない。バイクに爆弾を仕掛ける形のテロがこの地域では時々あるようだ。

インターネット屋での日本語IMEの入れ方

(ただし、私はこの方面の知識はまったくないので、見よう見まねでこうなったというレベルの話である)

タイのネット屋はたいていタイ語が入っているので、日本語IMEは入れやすい。WindowsXPのCDromは要らない。

日本語IMEの入れ方は、まずスタートボタンのSettingsやMy Computerなどから「コントロールパネル」を開き、Regional and language optionsというところをクリックする。

コントロールパネルを開いてPick a cathegoryというのが出る場合には Date,Time,Language and Regional optionsというところをクリックすると、Pick a taskというのが出る。Add other languageをクリックすると、同じRegional and language optionsの鉛色の装置が出る。

鉛色の装置のRegional optionsのところを参照する。タイ語などが入っていればRegional optionsの一覧に日本語も入っているようである。そこをJapaneseに変え、LocationもいちおうJapanに変えて、Applyするだけで日本語ツールバーが出せるようになるようである(Locationの変更は必要ないのかも知れないが、以前マレーシアでなぜかどうしてもうまくいかないときにこれをJapanにしただけでうまくいったことがある)。この場合は、Languagesをさわる必要がない。

タイ語などが入っていない場合は、まずLanguagesのところを開いてInstall files for East Asian languagesのところにポチを入れてApplyするが、このときWindowsXPのCDが必要になるようだ。あとでRegional...のところも変える。マレーシアのネット屋ではXPCDを貸してくれることもあった。

タイ人には食傷ということがないようだ。

9日を過ぎても延々と国王賛美が続く。

現在のタイは国民精神総動員体制である。

テレビによると、いま日本でも「黄色」を着て騒いでいる連中がいるようだ。

韓国に好んで謝罪旅行に行き、レイプされても仕方がないと言っている日本人女もいるそうだから、天皇は嫌いだけどタイ国王様には身も心もお捧げしますという日本人も少なくなかったりするのだろう。

こういう連中は、その時々の時勢に案外敏感で、買いだと思えばどんな権威にでもすがりつき身も心も捧げてマンセーするのである。日本を持ち上げないことが戦後一貫した時流であることもよくわかってやっていること。

しかしなぜかタイのテレビからはこの時期、普段はかなり濃かった日本色がすっかり消えているように見える。

毎週やっていた日本のドラマは放映されず、日本ネタのCMもなぜか見なくなった。

その代わりに、白人をつれてきてタイ国王を賛美させるというサル芝居が目立っている。

今のタイはワールドカップの韓国の「デーハミングック」と同レベルの狂騒である。

15日。

今日この深南部三県で同時の爆弾テロがあったらしい。

インターネットのニュースで知った。

(記事)

タイで連続爆発、9人けが 警察署など10数カ所で

【バンコク15日共同】タイ南部のナラティワット、パタニ、ヤラの3県で15日午前、警察署など10数カ所で爆発があり、地元当局によると計9人が負傷した。南部の分離独立を掲げるイスラム過激派による連続爆弾テロとみられる。
 地元警察などによると、ナラティワット県では埠頭(ふとう)で爆発があり、海上保安当局者5人が負傷。パタニ、ヤラ両県では警察署などが被害に遭い、警官ら4人が負傷した。
 タイでは9日にプミポン国王が在位60年を迎え、12、13両日には祝賀行事が行われた。

(共同通信) - 6月15日14時12分更新

Series of bombings hit Thai south

At least 30 bombs have exploded in the south of Thailand, killing at least two person and injuring many others.......
They went off almost simultaneously across the three provinces.......

The homemade bombs exploded early in the morning, just as people were arriving for work........

................................................................

しかし、町はあいかわらず平穏で、いまのところ何の変化も感じられない。

緊張した雰囲気もない。私のいるところでは警察も軍隊も見かけない。

16日。

南部情勢はやや緊迫の度を深めているかもしれない。

15日はパッタニの「独立宣言記念日」だったそうだ。今日は珍しく、大通りの歩道で銃を掲げて番をする兵隊のような男を見た。

しかし、なんだかガードマンのように一人だけで立っていたし、普通のタイ軍兵士のような迷彩服ではなかった。草色無地の服装。銃は立派そうに見えた。

にらみつけてみたら相手も向き直ってこちらを目で追ってきたから、兵隊ではなく警備員が銃を持っていただけかもしれない。訓練された兵隊はそういうことはしないような気がする。警官の制服ではなかった。

国王祭り前まではにぎやかだった深夜の屋台が寂しくなってきた。

最近の情勢と関係があるのだろうか。

自分は今、深南部のど真ん中にいる。確かに、今動くべきなのか、この安全そうな町にとどまるべきなのか、慎重に考える必要はある。

それでもこの時間、1時過ぎにネット屋が開いていて、少年たちがゲームに興じている。

深夜まで開いている店では人が集まってワールドカップのテレビに興じていることが多い。タイ族もムスリムもこれに関してはあまり違いがないようだ。タイは出ないのだが。

あまり見たことのないチームの試合で、点が入ると大変な歓声が上がる。博打だろうか。

18日(日曜日)。

多くの店が閉まっている。行きつけのマレー系食堂も。

先週の日曜日は、国王狂騒の真っ最中だったが店はもっと開いていたように記憶している。

ホテルの周りは警備員の姿が目立つようになった。昨日のカラオケ爆破事件の影響だろうか。カラオケ嬢(売春婦)が一人死んだらしいが。

19日。

ホテルの中をうろつく迷彩服を見た。

ホテル警備も厳重になってきている感じがするが、昨晩タイ族客がたくさん泊まったからだろう。

売春婦のようなナリのタイ人女も客で来ていた。

まずもって、こういう連中が北部中部からやってきて風紀を乱すから、ムスリムが怒るのだろう。

屑な仏教徒タイ族を深南部に送り込み、深南部をタイ族に同化させると言うのはタイ政府の南部政策の基本である。

タイ化すればセックスのタブーもなく、北部から来た姉ちゃんとやり放題、酒も飲み放題といわれれば、そちらになびくマレー系の若者が増えるのもやむをえない。

こういうところをあからさまにつくやり方が汚い。

貧しく言葉も違い「顔が醜い」ために北部中部タイ族に差別されながらも、なおタイ人意識が強いイサーン住民を、深南部に政策的に移住させるという案もあった。

こういうことが国政レベルで本気で議論される国である。これに対しては、イサーン人の方から苦情が出たようである。

今この地域で、マレー人に対する目に見えない弾圧が強まっている可能性がある。

ムスリムレストランが閉まっていることが多い。

モトサイ(バイタク)を拾うとタイ族運転手ばかりで、マレー語が一言も通じない。国王狂騒以前はたいていマレー人運転手にあたり、マレー語が通じていた。

町は前にもまして、これ見よがしに黄色を着た連中であふれている。

この地域ではとくに、いま黄色を着ないとまずいという雰囲気がありそうだ。

日本人タイヲタの中には、「色黒で土人顔のタイ人がマレー系」だと信じているのもいるようだが、見当はずれである。

今日数回モトサイを拾い10人位には話しかけたが、みんな真っ黒なごてごてした顔をしていて、しかもマレー語が一言も通じなかった。

「マカナン・イスラム」とかナシ、アヤムが通じないのだから、マレーとはまったく縁のないタイ族である。

実はマレー人はそんなに黒くない。コタバルとタイとを比較してみればわかる。この辺でいちばん地黒なのはタイ中部からカンボジアにかけての人たちではないかと思う。モンMon・クメール系の混じったタイ族。顔がごてごてするのも混血ゆえだろう。

マレー人はこのあたりでも、特に女性は色白のうりざね顔が少なくない。

夜、深南部に入ってから2人目の毛唐を見た。今度も女。ローカルらしい女にガイドされている。薄暗い歩道を前方から歩いてきたが、すぐにわかった。

道を譲り合おうという気配が「まったくない」から。これが毛唐のはっきりとした特徴である。アジア人ならよっぽど横着なガキでも前から来る人に対する一定の意識を持っている。

こちらも相手に合わせてまったく道を譲らなかったが、道に余裕があったのでぎりぎりですれ違った。こちらが道を譲らないとわかると、毛唐女はテロリストにでも出会ったかのようにキッと引きつった目でにらみつけてきた。

いつものパターンである。

毛唐が面白くないのは、彼らの思考がこのように画一的で自由がなく、みんな同じ枠から出られないからである。

彼らに特権的に付与された狭い幻想の枠の中で玉ころがしをして、自分は「自由」だと思い込んでいるだけである。

その狭い「自由」の枠の中にいて必然的にストレスがたまると、アジアに来て貴族ぶったり横着三昧をしたりすることになる。

しかし彼らにとってのよりどころであり避難所であるのは、どこまで行っても、この幻想の空中楼閣である。

そのような空中の玉突き台を支えているのは、軍事力、経済力、言語的支配や知的財産による支配を含む文化的なヘゲモニーなど。

セブンイレブンの前で、警官が番をしていた(と思った)。セブンイレブンも襲われているようだ。

まあ、コンビニは日本でも襲われるし、宝石屋にトラックで突っ込んで強盗する手口もある。あれをテロと呼べないのは政治的・宗教的な状況が違うからである。

宗教的・政治的な一定の状況があって、ちょっとした手製爆弾や爆竹やタイのほかの地域でもおきているような射撃事件があると、テロ事件として大きく報じられることになる。

セブンイレブンから出てくると、番をしていると思っていた警官はいなくなっていた。こういうことがしょっちゅうある。あるときは大げさに交差点を固めているが、ちょっと時間がたつと警官一人もいなくなる。

大げさに固めるといっても、完全に封鎖して徹底的な検問を敷くというのではない。ただ(おもに腹が)でっかい警官が何人も突っ立って住民や通行者を威嚇して、ときどき車を止めたりしているだけである。

特別の情報に基づいて重点的なチェックをしているというなら、ただなんとなく制服警官を大げさに立たせておくことには意味がない。完全封鎖して全員チェックするかターゲットを私服で完璧に尾行するかどっちかになるだろう。

だから、ある時間帯だけ(昼休み時が多い)制服警官が何人もおおぎょうに道に突っ立ってしばらく威嚇していて1時間もたつと誰もいなくなる、という警備は、テロ退治にはほとんど意味のない仕事だということになると思うが、どうだろうか。

深南部でテロが収まらないのは、爆弾がそれほど立派なものでないのと、当局が本気でどうにかする意思も能力もないからだろう。

爆弾の爆発力と政治的なインプレッションも比例する。本気でこの地域の状況を転換させたいなら、なんとかして爆発力の高度なものを調達し、大規模な事件を起こすことが必要になると思う。

しかし職業的にずっと続けていきたいということなら、日本の極左の「金属弾」のように、手仕事の技術だけ洗練された被害のあまり出ないものをニュースになるようなタイミングで着実に打ち上げていく、というのが一番だろう。

日本だと「ぼっと燃えただけだが時限発火装置が非常に精巧なものであった」とか、そういうことだけでもプロは食っていけるようである。

しかし、出血・グロ好きのタイ人向けなので、すこしは血が流れないとだめなのかもしれない。

20日。

タイ関係のニュースをネットで参照していて、深南部がタイの中で特別危険な地域であるということは決してないという確信を強くした。

若者グループがバービアに向け銃を乱射しオーストラリア人女性1人が死亡

ミャンマー人殺害、運転手巻き添え

チェコ敗北でショック死

タイでは人は死にやすい。よくわからない理由で人が殺されることも特別のことではない。

テレビでは相変わらず「国王賛美のCM」をしつこく流している。

タイが公式にいうほど国民に敬愛されているのなら、賛美のCMを長々としつこく流す必要はないはずである。これは、街のかどかどに展示されている国王や(実に気持ち悪い顔の)王妃の巨大な写真についてもいえるのだが。

しかも最近のCMの傾向として毛唐を使うことが増えてきた。

毛唐に英語で長々とタイ国王への賛辞を述べさせる。白人様もこんなに評価しているということを国民に示さないと、国王を中心としたイデオロギー的統合が保てないのだろうか。

日本大使館員らしい気取った小役人に(親父の癖に英語なまりのような日本語をしゃべる見るからにくだらない感じの小役人だったが)、天皇がいかにタイを気に入っているかを無理やりしゃべらせるという企画もあった。

タイ人は(後進国の連中が日本語をしゃべるときはたいていそうであるように)なかばなめたようなへつらうような日本語だったが、この日本の役人のしゃべり方には天皇に対する敬意など微塵もなく、評論家のように第三者の話をしているという感じだった。

タイ人記者「天皇陛下はもう2回もタイに来ていますが」。日本の役人「国王陛下の戴冠60周年行事ということですから、2回目であろうと3回目であろうと、タイに来ないという選択はない」「皇太子時代に6回も来てるから、タイが好きなんでしょうねえ・・・」といった口調。天皇陛下にたいする敬語もろくに使わない。在タイ日本人など役人も含めてこういうのが多いから、天皇が今度のような扱いを受けて日本人全体が恥辱を受けることになる。

最近はあまりテレビを見ないので、もっといろいろな恥ずかしい企画をやっているのだろう。

深南部でテロが続くといっても、イスラム勢力はこのような現人神的国王賛美にムスリムが迎合することを容認しているのが現実である。

本気で独立を目指すなら、まず思想的に独立しなければならない。ムスリムには現在のような偶像崇拝的な国王賛美を禁じなければならないはずである。

現在タイで行われている国王賛美はそれ自体偶像崇拝的なもので、唯一神に対する信仰とは相容れないのではないかと思う。しかも国王は宗教的に中立ではなく、法的にも仏教徒であり公式に仏教僧の祝福などを受けるのである。

ムスリムである以上、仏教徒タイ族のタイ国王賛美に加わってはいけないというファトワをなぜ出さないのだろう。

それが仮にこの地域のイスラム社会に分裂をもたらしたとしても、今のままずるずるやっていくよりはいい。今の状態はこの地域のタイ化を容認するものである。北からのタイ族の入植は進んでいるし売春婦も移植されている。

この地域のイスラム指導者が、国王の個人崇拝を禁じる、国王写真を含めた一切の偶像を排除せよ、というファトワを発したなら、全世界の熱心なイスラム教徒の関心を集め独立運動への支援を期待することができるだろう。

それによって一時の分裂と流血がもたらされたとしても、得るものの方が大きいはずである。

いやいや、流血も人身被害も伴わない人道的かつきわめて効果的な「テロル」がある。

本気ならこれをやるべきである。これについてはタイを出てから書く。

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関連記事:

ナラティワト Narathiwat

パタニ Patani (パッタニ Pattani) (平行記事)

ヤラ Yala

スンガイ・コロク Sungai Kolok

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食事についてくる生野菜 

Imgp1898

ローカルレストランでは何を食べてもこういう「野菜サラダ」がついてくることが多い。もっと豪華なものもあった(量ももっと多く、たけのこ付きとか)。半分くらいは香草で、棘のある草もある。一見不潔に見えるが、すべて食べてもお腹を壊したことはない。

「集団自慰」を世界に晒すタイ

タイのテレビは今、国王戴冠60周年式典の狂騒一色。
一種の思想的ファシズムの状況を呈している。

どのチャンネルをつけてもみな「黄色」一色。

ヤワラーの汚い路上で売っているような印章が画面の隅にいつも映し出されている。

競って黄色いシャツを着てキチガッているさまは、現国王が死んだあとの混乱と流血とを暗示していように見える。

この深南部の町でも、粗暴なタイ族が黄色を着て、それで自分まで偉くなったように錯覚し横柄に振舞っている。

日本の保守の人々や、皇室を敬愛する人々も、まともな人なら日本がこのような真似をすることは好まないと思う。

なぜならただカッコ悪いだけだから。

皇室が由緒正しいことは、私が由緒正しいことをまったく意味しない。天皇が偉大であることは、私が偉大であることを寸分も意味しない。

私が天皇を有しているのは、私の「僥倖」であって、私の力ではない。

これは当たり前のことだが、当たり前のことが理解できるかどうか、そのうえでなお高貴な方々を敬愛する気持ちを維持できるかどうかが、文明人と野蛮人との違いの表れるところであると思う。

キンキラに身を包んであっちこっちに写真を貼ってもらったからといって、「高貴」になるわけでないことはいうまでもない。

タクシン閣下だって似たようなことはしているだろう。

(他日)

タイのテレビにあれこれ文句をつけても仕方がないことはわかっているが、どの局も横並びにイタさに満ち溢れている。

痛すぎると思ってチャンネルを変えてみると、どの局も同じ画面を移しているのだが、別に国王が映っていたわけではない。

ベッケンバウアーとFIFAのブラッター会長だった。

ワールドカップのニュースの枠なのだが、ベッケンバウアーやFIFAのブラッター会長に、ドイツワールドカップがタイ国王戴冠60周年に重なることの「めでたさ」について、無理やり言わせているのである。

ワールドカップとタイ国王とは何の関係もない。ベッケンバウアーもブラッター会長も「タイ国王がいかに偉大な大王であるか」wについての知識はないだろう。

だから無理やりこじつけさせられて途中でしどろもどろになってしまう。

これはもう、集団自慰というより、公開オナニーそのものだった。

私の見た中ではこれが、爺さん婆さんでもないのに王宮前広場で泣き崩れているご一同様の映像にもましてイタかった。

日本人も敗戦の勅語を聞いて宮城前で泣いたが、現在のタイ人の「国王マンセー泣き」にくらべたら実につつましい光景であった。 

タイ深南部の日々

陛下報道で敬語なしを批判 文科相、教基法特別委で

「敬語なしを批判したこと」が批判され、「敬語なし」は批判されないという平和な国の御伽噺である。

タイではいまちょうど、国王を持ち上げることによって自分まで偉くなったように錯覚するらしい仏教徒タイ族による、「集団自慰行為」の真っ最中である。

一方、「敗戦国」(註)日本では天皇に関してコソコソと不敬の表現をしたりする「言葉の力」で自分が偉くなったように妄想するのが戦後一貫した伝統であるらしい。

これらは一見正反対の現象のようだが、同じく低いレベルで対称を成す類似の群衆主義といえると思う。

共通していることは彼らが「群衆」であること。自らは労もリスクもとらず、権威またはその反射的効果を利用して自らを大きく見せようとしているに過ぎないこと。

註:

タイは大東亜戦争開戦時において大日本帝国の同盟国であったはずだが、どうしたわけか「敗戦国」にもならず、「戦争責任」も一切問われなかったようである。

むしろ、日本の「侵略」の被害者であったかのように振る舞い白人側に宣伝しているようだ。

実際は、日本の進軍に便乗して、英領ビルマのチャイントーンや英領マレーのクランタン州を占領した。

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(記事)

小坂憲次文部科学相は8日午前の衆院教育基本法特別委員会で、天皇、皇后両陛下が公園を散策されたことを報じた一部の新聞記事で敬語表現がなかったことについて「新聞だから、字数が限られているから、で済まされる問題ではない。敬語を使うべき方には敬語を使い、親しみを持つために使う言葉と敬語をうまく混ぜて伝えることが必要だ」と述べ、記事を批判した。
 安倍晋三官房長官はこれに関連し「個人的には」と前置きした上で「ここで敬語を使わなければ誰に敬語を使うのかと感じる。感じ方を強制するわけではないが、政治家個人としては違和感がある」と述べ、天皇、皇后両陛下を報じる記事に敬語を用いないことに疑問を示した。
 同時に安倍氏は「陛下への敬語の使い方は(報道)各社でニュアンスが違う。使い方に対して政府がとやかく言うべきではない。各社の判断と思う」とも述べた。

(共同通信) - 6月8日12時45分更新

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