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マラッカ航海日誌補遺

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豪政府がタイ滞在の自国民に警告、爆弾攻撃の可能性

インドネシアでもテロが起きると真っ先に退避勧告を出すのはオーストラリア政府。

これまでの自国民の素行の実績に関して政府は多少の自覚があるということか。

東南アジアで大都市型のテロがおきやすいのは、白人がたくさん集まって乱痴気騒ぎをするような場所。

日本外務省のpubanzenサイトでも「欧米人がたくさん集まるところには近づかないようにしましょう」とはっきり書いてあるものだ。(http://www.pubanzen.mofa.go.jp/info/info4.asp?id=007#header 1.概況(4)参照。こんなことを宣伝すると人種差別だと外務省に抗議するバカ日本人や反日白人が出かねないので困るのだが)。

そういうところにいる白人には、人口2000万人あまりのオーストラリア国民の比率が高いということは確かなようである。

ある種族やグループの中の「三流の部分」において、その種族ないしグループの性格の本質に根ざす「下劣性」が暴露されるものである

つまり、白人の否定的な面を見たければオーストラリア人やオランダ人を観察すればよいということである。

しかしそれでも白人世界はオーストラリア白人やオランダ人を切り捨てることはできない。彼らはいやおうなく血縁でつながっている有機的な一体である

たとえ卑劣な刑事犯の子孫たちであっても、非白人世界においては「白人」としての、あるいは「アングロサクソン」としての特権を享受し、一定の利益を受ける。

白人世界あるいはアングロサクソン世界の)上流層としても、彼ら「三流白人」や「三流アングロサクソン」がそれぞれ「白人」「アングロサクソン」として大股でのしあるいていることを、むやみには非難できない。

というのは、彼らは、「白人」あるいは「アングロサクソン」をブランドとして確立させることにより、それを彼らに現実の利益をもたらす人種差別の根拠とし、また、人種にまつわる彼らに好都合の「美意識」をさまざまなメディアを通じて国際的な大衆の意識の底に確立させることにより、恒久的に利益を確保するシステムを世界に打ち立てる、という戦略を数世紀にわたり実践してきた経緯があるからである。早い話が彼らは「世界貴族制度」を確立することによって富の流れを確定させ世界的に権力と富と名声を確保しようとし、「貴族」たる証明を人種(とくに肌の色)に求めてきたのである。

「白人」ないし「白人国家」(アメリカを総領とする)がますます明確に、「日本の敵」としてのその昔からの本質を前面に押し出しつつある今日、「弱い環から徹底的に潰していく」という戦略意識を日本人がもつことは有益であると思う。

2月23日18時17分配信 ロイター

 [バンコク 23日 ロイター] オーストラリア政府は23日、百貨店や交通機関など、バンコクの混雑した場所が爆弾攻撃の対象になる可能性があるとの報告を受け、タイに滞在しているオーストラリア国民に対し、一段の警戒を促した。
 タイのオーストラリア大使館はウェブサイトの旅行者向けのページで「テロリストによる攻撃の脅威にさらされている。高度の警戒が必要」と警告した
 同サイトは「報告によると、2007年2月23日(金曜日)に百貨店や電車、地下鉄の駅など、バンコクの混雑する場所が爆弾攻撃の標的になる可能性がある」としている。

最終更新:2月23日18時17分

ロイター

「タイに滞在しているオーストラリア国民」と聞いただけでも汚らわしいものを想起せざるを得ないだろう。

2月23日というのは世間の噂に過ぎないようである。3月3日が危ないという説もあるようだ。

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タイ王妃シリキットの側近の車両がタイ深南部で銃撃を受け窓ガラスがめちゃめちゃに壊される

水曜日の出来事。

権力を伴う直属の偽善福祉財団を所有し北部山岳地域においても少数民族の強制移動・土地収奪などを敢行していることで知られるタイ王妃、シリキットSirikit(写真:http://www.afpbb.com/article/1140421)の側近で、その財団トップでもある女性が、6台の車両を連ねてタイ深南部を走行中に反乱軍の銃撃を受け、からくも命拾いしたということです。左眉に軽い切り傷を負ったということです。

この攻撃は、ゴム倉庫への放火事件の2,3時間後におきました。ゴムはこの地域の重要産業であります。

狙われたのはシリキット王妃の側近(「親友」)のWiriya Chawakulという女性で、3台の警察車両と軍車両を含む6台の車両を連ねてバンで乗って移動中、反乱軍が特に活発に活動しているいわゆる「レッドゾーン」に入ったときに一斉射撃を受けたということです。

彼女は、粉々に砕けた窓ガラスの隣に座っていたということですが、銃撃を受ける前から身を伏せていたということです。

正確な場所はわかりません。

また、どうしてそういう危険な場所をわざわざ軍車両警察車両を連ねて挑発的に行進し、銃撃を誘ったのかもわかりません。

この人はその後チャンネル9というテレビに出て、落ち着き振りをひけらかしたり軽傷を見せびらかしたりしたそうです。

(NST-AFPより)

大学内のムスリム学生グループを監視【バンコク、タイ政府】

タイ国防大臣は昨日、ムスリム反乱分子はテロをバンコクにも拡大するかもしれないと警告しました。

軍幹部Boonrawd Somtatは、タイ深南部の反乱分子はバンコクの複数の大学に浸透しており、今回のような攻撃の発射台に利用されうるとし、「反乱者たちがバンコクに攻撃を拡大することはありうる。さまざまな大学で彼らが学生の制服に身を隠して活動していることをわれわれはすでに知っているからだ。」と述べました。

特殊警察は以前から、彼らがバンコクにおけるムスリム学生グループを監視していると述べていました。

Boonrawdは、重要な仏教祝日であるMakha Bucha(3月3日)の間、最高の警戒をするようにバンコクの軍に命じたと述べました。

(NST2/23-AFPより)

【タイ深南部】ヤラでゴム倉庫が放火される、銃撃も続発 2/21

【写真】http://www.afpbb.com/article/1355596

放火されたゴム倉庫はタイ南部最大のものだったそうである。

日本にも輸出されている。

日曜日の同時テロの後も銃撃が続発しているという。マレーシア紙NSTより。

ネパール、インドネシアよりひどい税関=チェンマイ

「チェンマイ雑記帳」様より引用。

http://blog.chiangmai-life.net/archives/50066857.html

私は日本からチェンマイに直接飛んだことがないのでこういう経験はありませんが、チェンマイの税関はまるでヤクザですね。バリではこれに似たこともあると聞くが、いくらなんでも「表で女が待ってるだろう」はない(男が待ってるだろうはあるかもしれない)。

メダンの空港でもドゥマイの波止場のイミグレでもこんなことはなかった。

ネパールでも帰るときに100円ライターや電池を取り上げるくらいだろう。

日本人だけ狙われているのか、白人ツーリストも同じようにやられているのか。その辺にも興味があります。

とにかく、タイって国は・・・・以下略。

カラオケクラブ(売春施設=営業中)を厳重警備する軍と警察 ヤラ 【タイ深南部テロ】

今回のテロの直接の背景には、クーデタ後の政治的な混乱の中で、軍、警察、役人が自分の地位を確保することに奔走していたことや、もっと直接的には、軍幹部将校たちが追放されたタクシンの脅威をむやみに恐れて、無線や電話の盗聴機材を南部からバンコクへと移していたことなどがあるということです。

New Straits Times(AP picture)

カラオケクラブ(売春施設=営業中:女の子の写真あり)を厳重警備する兵士と警察官

Imgp3052

べトン、スンガイ・コロクもやられる。ソンクラーを含むはじめての4県同時攻撃【タイ深南部・日曜日の爆弾テロ】

マレーシア紙NSTによれば、

9人死亡、70人けが。

ヤラ、ナラティワト、パタニ、ソンクラーの4県が同時に襲撃されたのは始めて。

外人観光客の多いべトン、スンガイ・コロクも襲撃された。

ベトンは毛唐も溜まっている。スンガイコロクは、白人ツーリストはスタンプを捺しに来るくらいだが、主に風紀に厳しいマレーシア・クランタン州の男性のためのストレス解消施設がたち並ぶ。ここでもバーにいる女の子はタイ北部出身の出稼ぎが多い。山岳少数民族らしい少女も見かける。タイ深南部は北部や東北部に比べれば必ずしも貧しい地域とはいえない。

ターゲットは、ホテルカラオケ(ホテルに付属していることが多い。タイで「カラオケ」というのは売春施設の一種)、バー(同じく売春施設といってよい。タイのすべてのバー、バービア、は可能的な売春施設。ときに女が客を選ぶとか擬似恋愛の演出によってあたかも売春でないかのように偽装し店の大々的な売春営業を合理化する。北部には白人所有の売春バーも多い)、学校(教師は仏教徒タイ族)、ガソリンスタンド発電所など。

旧正月を祝う外国人観光客(マレーシア人、中国系など)、中国系タイ人が集まる場所をも標的にしている。

タイ軍トップはさらなるテロの可能性を警告。

ソンクラーはこれまでは分離主義過激派の活動範囲外とみなされていたが、今回は他の3地域と連携した攻撃があった模様。

デジタル時計発火式の3キロから5キログラムの爆発物が使用された。爆弾のほか、各地で銃撃、放火も。

New Straits Times(AFP picture)

救助されるバーの女(ヤラー)

Imgp3050

[下]路上に不発弾(未爆発弾)を発見し、爆発を恐れて横たわるタイ兵士たち。横になったまま無線連絡している。

Imgp3051

タイ南部で連続テロ50件超、9人死亡

2月19日21時35分配信 読売新聞

 【バンコク=田原徳容】タイ警察によると、分離独立を求めるイスラム過激派のテロが多発しているタイ最南部4県で、18日夜から19日にかけ、爆破や放火、銃撃が連続50件以上発生し、少なくとも9人が死亡、50人以上が負傷した。

 昨年9月のクーデター以降では、一度のテロとしては最多の犠牲者。

 暫定政権は、タクシン前政権の強硬策を見直し、過激派に対し対話路線に転じたが、成果は出ていない。

 各県中心部でカラオケバーやガソリンスタンド、ホテルなどで仕掛けられた爆弾が相次いで爆発。パッターニ県では発電所が爆破され、県内全域が数時間停電した。ナラティワート県では学校10数校が放火されたほか、ヤラ県では陸軍幹部宅が襲われ、幹部が死亡した。 

タイ南部の30カ所で連続爆発、放火、襲撃 7人死亡

2007年02月19日11時56分

 イスラム過激派によるとみられるテロが続くタイ南部で18日夜から19日朝にかけて、4県の約30カ所で爆発や放火、襲撃が相次ぎ、少なくとも7人が死亡、50人以上が負傷した。政府は前政権の強硬路線を見直し、対話を呼びかけることで事態の打開を模索しているが、テロが収まる兆しはない。

 警察当局によると、ヤラー県やナラティワート県などではホテルやカラオケ店、給油所などで爆発があり、4人が死亡した。パタニ県では変電所などが爆破されて停電が起き、3人が路上で射殺された。各地で学校への放火も相次いだ。

http://www.asahi.com/international/update/0219/004.html

北部を地盤とし北部農村に利益誘導するかわりに南部問題には冷淡だった(人もずいぶん殺した)タクシンが失脚し、(自称)ムスリム(といってもタイ族)のソンティがクーデタを起こしたことで、タイ深南部情勢は好転するかのように言われていたが、現実はそんなに甘いものではなかったようである。

マレーシアの報道では最近マレーシア政府が何度かタイ政府に対し、深南部のマレー系ムスリム指導者とタイ政府との間の仲介を申し出ていたようが、タイ政府は面子にかけて応じないようである。

手嶋龍一+佐藤優「インテリジェンス 武器なき戦争」(幻冬社新書)から

私は今クアラルンプルを基地にして周辺国を周るという形式の旅行をしている。周辺国といっても最近はインドネシアばかり。

クアラルンプルにも日本書本屋があるが、本の価格は日本の2倍くらいである。それでも時々暇つぶしに本を買うのだが、荷物になるので次の移動の時には宿に残していく。

インドネシアに1ヵ月行く。宿を出るとき中国人のオヤジがニコニコして次はいつ来ると必ず聞く。1ヵ月して戻ってみると部屋に残しておいた本は跡形もない。必ずどこかに処分されている。捨てていいと思って残していった古いシャツなんかはわざわざ持ってきてくれたりする。ネパールのゲストハウスだと何も言わなくても長い間保管しておいてくれたりするが、中国人にはそういうのは通じないようである。

長旅をしている人を見ると、(酒・女・麻薬・日本人の溜まり場のボス猿ゴッコ・などにおぼれている人でなければ)、やっていることは「読書と瞑想(と散歩)」中心という感じの人が多いように見える。何年もぷらぷらしている人で観光名所を熱心に回るという人はあまりいないと思う。

ここ一年くらいの間に何冊か「インテリジェンス」に関する本を読んだ。読み物として面白いので、「インテリジェンス」と書いてあると買ってしまうことが多い。ここでインテリジェンスというのは知能のことでなく、諜報とか情報(戦)のことである。

「インテリジェンス」と銘打ってあっても、書く人のバックグラウンドによって内容も雰囲気もまったく変わってくる。警察出身の人が書いた本では、インテリジェンスが地味な仕事であること、地味な世界としてとらえるべきであること、が強調されていたと記憶する。「インテリジェンス」にトキメキを感じたりするようでは脇が甘いのである。「カウンター・インテリジェンス」を中心にとらえているからだろうか。

それにたいして、この本「インテリジェンス 武器なき戦争」で描かれる「インテリジェンス」は、外交とジャーナリズム、アカデミズムにまたがる積極的で華麗な胸のときめく世界である。不思議なほどに「暗さ」がない。

また、この本の著者たちは日本のインテリジェンスがカウンター・インテリジェンス中心であることについて批判的なようである。

私はこの本の内容について批評するようなことは出来ないが、この著者たちについての自分の率直な印象を述べると、二人ともどうも胡散臭い。信用できないところがあるという感じがする。

佐藤優氏は大川周明の「英米東亜侵略史」を紹介した本(「日米開戦の真実」)などでも有名だが、あの本も、勉強にはなったが私は著者の詰めの部分が気に入らない。大川周明本の紹介と注釈だけで十分だった。

佐藤氏はクリスチャンで専攻は神学だったそうである。

「ヒューミント」ということ自体は「武器なき戦争」でも重視されてはいるが、なぜか、不思議なほど「工作員」とか「工作活動」に関する話題が抜けている。書いてないわけではないがそういう印象を受ける。情報提供者としての協力者の話がクールに扱われているだけで、言論を通じたイデオロギー的な工作活動、世論操作、政府の政策形成過程における工作に関する話はほとんど出てこない。

そういうことは所詮トンデモであってあまり論じるに値しないということなのだろうか。工作員や(無意識のうちにでも)工作員にされている人たちが、言論活動によって世論をリードしたり、いろんな自作自演をしたり、政府審議会の委員やブレーンになったりしているかもしれないというのは妄想だろうか。

この本が日本国内、政府や学界・言論界に送り込まれているかもしれない「工作員」の話題を避けていることは、「カウンター・インテリジェンス」への否定的評価と呼応しているようにも見える。

「インテリジェンスは文化である」という。まさにそうのように思われる。だから何よりも重要なのは人材を育成することであり、インテリジェンスの専門家とその理解者とを育成しなければならないという。

そして、その「学校」の校長になるべき人は「手嶋さん」をおいてほかにないと推挙される。

しかしそんな「学校」を公然と立ち上げてしまっていいものだろうか。「インテリジェンスの文化」の醸成は、「普通の言論」の中で具体的に実践するほかはなく、文化は醸成しましょうといって醸成できるものではないような気がする。

それはちょうど「さりげない振る舞いが洗練されていますから、さりげなさを身につけましょう」といって、「さりげない立ち居振る舞い」を教える教室を開くことに似ているのではないか?

「校長」や情報評価者になるべき手嶋氏や佐藤氏が、実は深いところでどこかの外国や外国勢力につながっている工作員や「スリーパー」でなければ良いがと思う・・・・。そうでなくとも、もしも究極のところで日本の伝統には存しない価値に身を捧げている人だとしたら、それだけでも日本のインテリジェンスの責任ある仕事を任せるには不都合なのではないか?

そういう疑いを持ちながら読むのが、インテリジェンス本のインテリジェンス的な読み方なのではないだろうか。

それはともかくとして、この本の中で面白い一節を見つけたので引用したい。

日本人は外国に行くと現地に「同化」してしまう、しきりに同化したがる、○○スクールになりたがる、マンセーしたがるというのは、普遍的な現象のようである。タイヲタに限らないようだ。外国での「現地同化主義」は「日本人論」のテーマにしてもいいくらいのことなのかもしれない。

佐藤 9・11の同時多発テロが起きた後、外務省の中で激しく議論したことがあります。というのも、外務省がサウジアラビアあたりに送り込んでいる調査員にも問題があるんです。彼らの中には自身が原理主義的なイスラム教徒になっちゃう人がいるんです。日常的にアラブ服を着て絨毯を持ち歩いたり、一日に5回ずつ礼拝をしたりしている。そこまでは個人の趣味だからかまいませんが、問題はその先です。彼らは「アメリカと軍事同盟を結んで聖なるイスラムの地に派兵を企む日本人などは、ぶっ殺されても何もいえない」というスタンスを表明しているんですよ。そういう人に情勢分析をしてもらっちゃだめなんです。基本的な常識さえあれば、そんな人を派遣するはずがないんですけどね。

まさに「タイヲタ左派」のイスラム原理主義版というほかない。

湾岸戦争のときに現地でイスラム教に改宗するアメリカ兵が出たという話は聞いたが、外交官がこんな風になっている国は日本ぐらいしかないのではないだろうか。


火災捕鯨船の移動要求=環境汚染「許さない」と警告-NZ首相

自称リベラル白人の中には、オーストラリア人はレイシストだがNZ人は善人で人種差別が少ないかのように言う者がいた。しかしこれはまったく見当はずれなこと。豪もNZも白人至上主義に関しては同じである。

反日反捕鯨運動は白人至上主義運動の偽装に過ぎない。

白人には白人世界というものがあり、それはわれわれの文明とは本質的に相容れないものなのだということを踏まえることの必要を痛感する。

彼らは自分たちで捕鯨船に殺人テロ攻撃をかけておきながら、相手が日本人ならばこういうことを平気でいうのである。

2月19日10時0分配信 時事通信

 【シドニー19日時事】ニュージーランドからの情報によると、クラーク首相は19日、同国南方の南極海で起きた日本の調査捕鯨母船「日新丸」の火災に関し、「(日新丸が)環境汚染を引き起こせば、世界は日本を許さない」と警告、南極海から同船を早急に移動させるよう求めた。地元ラジオで語った。
 ニュージーランド政府は、ペンギンの世界最大の生息地が現場海域の近くにあり、日新丸から原油が流出すれば環境災害が起きると警告している。

前記事:

火災の捕鯨船で遺体発見=南極海

http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2007/02/post_84cd.html

<慰安婦問題>米下院の決議案に首相官邸危機感

日米同盟が技術的に重要であることはいうまでもありませんが、「アメリカが日本のトモダチ」なんてことは本質的にあり得ないことは銘記する必要があると思います。

前にもあげた記事ですが、こういうことを平気で垂れ流すのもアメリカ人。

no Japanese prime minister has yet fallen to his knees in Nanjing the way chancellor Willy Brandt did on the site of the Warsaw Ghetto, where he apologised for the crimes of Germany by saying :"No people can escape from their history.

1月2日のNew Straits Timesに載った評論。署名はProject SyndicateのOrville Schell。中国専門家でカリフォルニア大学バークレー校のジャーナリズム学部の学部長だと書いてある。

http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2007/01/new_straits_tim_f68f.html

万一、日本の首相が(南京ででもどこででも)跪いて謝罪したら、次は天皇が土下座しろということになるのは目に見えている。江沢民だけでなく、たしかオランダ王室なんかもそういうニュアンスのことを社交の場で平気で言ってましたね。

これは白人にとって中韓の対米工作以前の問題であり、白人自身の利益に基づくものだと私は思う。白人自身のアジアアフリカにおける罪業の歴史を相対化するためには「日本人の野蛮な犯罪の歴史」がぜひとも必要だからである。

また、白人はアジアアフリカ植民地化の過程でつねに真剣に「現地王室の廃止解体」に取り組んできているのであり、天皇を廃止するか少なくと地べたに引きずり下ろさなければ彼らの支配は実現できない、という強い気持ちをいまでも持ち続けているはずである。

外国世論をあてにしたり、「親日国」や「親日派」を自分の頭の中に作り上げて幻想を抱いたりするのは、日本人にありがちな悪い癖のように思う。

外国はアジアであろうが欧米であろうが基本的にすべて敵、という前提を日本国民がもつことが何より大切だと思う。

アメリカは本質的に白人国であり、白人国が日本の友たりうるなど永久にありえない。(安っぽいユダヤ陰謀論などは国際的な白人貴族コミュニティ(アメリカ白人「貴族」を含む)による韜晦工作のように思われる)。

(記事)

2月17日21時11分配信 毎日新聞

 米下院に提出されている、従軍慰安婦問題で日本政府に謝罪を求める決議案に、首相官邸が神経をとがらせている。国内では「河野洋平官房長官談話」などで時間をかけて対処してきたにもかかわらず、直接関係のない米国に飛び火し、外交上の新たな波乱要因になりかねないためだ。安倍晋三首相の米国初訪問(4月下旬の予定)を控えた時期だけに、広報担当の世耕弘成首相補佐官が19日訪米し、メディアに政権の政策をPRするとともに、議会関係者らと会い決議案提出の背景を探る。
 決議案は、日系のマイケル・ホンダ議員(民主党)らが下院外交委員会に超党派で提出した。日本政府は93年に「河野談話」で旧日本軍が慰安所設置に関与したことなどを認めて謝罪し、その後「アジア女性基金」を設立して償い事業を進めてきたが、決議案は(1)従軍慰安婦を公式に認める(2)首相の謝罪声明を発表する――などと要求している。15日には元慰安婦3人を招いた初の公聴会も開かれた。
 米下院には96年以降、慰安婦に関する決議案が計8回出され、すべて廃案となっている。相次ぐ提出の背景にはアジア系団体による議会への働きかけがあるとされるが、9回目の決議案提出に、在米日本大使館は「日本がすでに行ってきたことを改めて要求するなど不適切な内容を含む」との声明を出し、決議が採択されないよう議会対策に乗り出した。
 だが、今回は過去の8回とは異なり「決議が通ってしまう可能性がある」(首相周辺)との危機感が政府内に広がっている。昨秋の米中間選挙で民主党が多数派となり、議会のリベラル色が強まったためだ。採択されても法的拘束力はないが、首相の訪米前であり、官邸は敏感にならざるを得ないようだ。
 さらに、国内では自民党の「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」(会長・中山成彬元文部科学相)が月内にも河野談話見直しの提言をまとめ、首相に提出する。保守色の強い安倍首相支持グループには、首相が就任後「河野談話を継承する」との見解を示したことへの不満もあり、決議が採択されれば国内政治に跳ね返る可能性も否定できない。
 政権内には、従軍慰安婦問題とは無関係の米議会で決議案が繰り返し提出されることへの懸念もある。こうした状況を踏まえ、世耕氏は日本に対する否定的な動きが米議会で起きる背景を調査し、対外広報戦略を練り直す。【古本陽荘】

火災の捕鯨船で遺体発見=南極海

2月17日14時0分配信 時事通信

 【シドニー17日時事】ニュージーランド南方の南極海を航行中に火災が発生した日本の調査捕鯨母船「日新丸」の船内で日本時間17日早朝、遺体1体が発見された。水産庁関係者が明らかにした。行方不明となっていた鹿児島県出身の牧田和孝さん(27)である可能性が高く、確認を急いでいる。 

火災の原因は不明、というのが公式発表のようだが、日本の調査捕鯨母船が勝手に失火を起こすことなどあろうはずがなく、これは明らかに人種主義白人テロリストの火炎瓶攻撃によるものと断定してよいであろう。

昨日のマレーシア紙NSTによれば、火災を起こした母船の周りは(白人至上主義)反捕鯨団体のテロボートが包囲していたが、日本人乗員たちは彼らに救援を求めようとはしなかったとある(白人テロリストが救援を申し出たかどうかは明記されてなかったが、彼らのことだからいずれはそう言い張るのだろう)。

日新丸は沈没の危険もあったようだ。もちろん船が炎上するだけでもすべての乗組員の命にかかわる。

しかし、日本人船員たちは白人テロリストたちのテロボートの捕虜になることのほうに、より大きな生命の危険を感じたのだろう。

いずれにしても、白人メディアが騒ぎ立てている懸念はもっぱら、悪の権化である日本の捕鯨母船から流出するかもしれない油によるペンギンへの影響であって、日本人船員の生命など鯨やペンギンの命に比べれば何の価値もないということである。

そして日本政府は白人テロリストに抗議するどころか「油の流出はない」という弁明に終始し、白人テロ支援勢力の立派な懸念を打ち消すことに専念するのみである。

関係記事:

http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2007/02/post_7aa3.html

彼ら白人は単なる不良外人でなく、破壊主義的なイデオロギーの宣伝者たちであり、捕鯨船襲撃等を見ればわかるとおり潜在的な「テロリスト」であることを日本警察は銘記すべきである。

写真
http://www.actiblog.com/melakajournal/29811

【タイのサーバーからコメントをもらいました】yellow neck  "japanese are the most racist mfrs on the planet .. so keep your yellow neck put and shut your rice hole!"

私の(避難所)ブログ白人のいる風景タイのサーバーからコメントが入りました。

コメントのあったエントリー。

http://ibrahim.blog49.fc2.com/blog-entry-70.html

コメント内容。

yellow neck

japanese are the most racist mfrs on the planet .. so keep your yellow neck put and shut your rice hole!

リモートホスト。

ppp-210.86.146.34.revip.asianet.co.th

http://iir.ngi.nectec.or.th/zone/AS7470/210_86_128_0_18.txt

mfrsの意味がよくわかりません。

追記

mfrsは"motherfuckers"だそうで。わざわざ教えてくれる人がいました。

yellow trush

「プリンセス・マサコ」日本語版の出版、講談社が中止 【著者大喜び】

2月16日19時48分配信 読売新聞

 オーストラリア紙の元東京特派員の著書「プリンセス・マサコ」に侮蔑的な記述などがあるとして政府と宮内庁が著者に抗議していた問題で、日本語版の刊行を準備していた講談社は16日、出版を中止すると発表した。

 それによると、同書には少なからぬ事実誤認などが認められたため、著者のベン・ヒルズ氏の了解のもと、修正原稿を完成していた。

 ところがヒルズ氏は、取材に対し「謝罪する必要は何もない」などと発言。これによって「著者との信頼関係を保つことができない」と判断し、出版中止を決めたという。

日本の「言論弾圧」と「検閲」とが実証されて著者は大喜びといったところだろう。そら見たことかという仕儀になってしまった。

内容が出鱈目であればあるほどむしろ、日本の出版社は出版すべきだった。そうすれば、毛唐の世界で現に通用している言論の水準を日本の読者に示すことにもなったはずである。

もっといえば、「雅子妃」が失敗だったこと自体は誰も否定のしようのないことである。

一般的に言って、どこであれ上流の世界に入っていけば制約が多くなることも事実だろう。

自分の柄でもないことに手を出したり身の丈に合わない地位についたりして破綻をきたす人は少なくない。

しかし、選択の自由があった以上、身に降りかかることはすべて自己責任というのが、「市場」や「契約」に限らず、人生のルールであるように思う。

環境が大きく変わるであろうことは十分に予測可能なことであった。

だから、誰が本当の「被害者」だったかは、私はこの著者とはほとんど逆に考えている(「宮内庁」という意味ではない)。

「強制連行」だったとでも証明されるなら話は変わってくるが・・・・(馬鹿丸出しな左翼(?)のブログなどでは「権力者」(皇太子殿下が権力者だという)による強制だったとか言っているところもある)。

前記事:

雅子様本問題続報 - オーストラリア毛唐Hills曰く、「日本政府は私の本を禁圧し検閲しようとしている。横暴だ!」

http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2007/02/hills_7d3f.html

オルグされたオランダ元慰安婦(DM)

また読者から詳しいサイトを教えてもらいました。(ただ叫んでいるところでなく、)かなり本腰入れて調べているところです。

先日お伝えしたオランダ人自称「従軍慰安婦」について、当時の事件背景について詳しく伝えているブログがあります。ご参考にどうぞ。

http://ameblo.jp/disclo/entry-10025797294.html

内容の一部を引用すると、

例の”従軍”慰安婦決議案に関して公聴会が開かれる。で結局例の三人が証言するらしいのですが韓国人の女性は論外として、もう一人のオランダ人女性もまた出てきます。どちらにしろこの三人は例の「女性国際戦犯法廷」のバウネット仲間で国際機関に巣食う偏向リベラルNGOの大切な道具なわけです。・・・

この人は慰安婦問題となると韓国人証言者とともにセットで連れまわされます。

なぜでしょう。

韓国人証言者の虚言が明らかにされ、矛盾がどんどん出てきて説得力がなくなってきたからです。

だから都合が悪くなると、スマラン事件の当事者と思われるこのオランダ人女性を引っ張ってくる

このスマラン事件っていうのはインドネシアで慰安所を開設した時、本人の同意なく慰安婦とされ、その後関与した軍関係者が”戦犯”裁判で極刑を含む、重い判決を受けた・・・という事件。

ただし、これはインドネシア・ジャワ島の第16軍は「本人の明確な同意」のもとに慰安所の開設を許可していたが、一部にそれに違反した部隊があり、抑留されていたオランダ人数十人が強制売春をさせられたという事件。

この慰安所は二カ月後に事実を知った第16軍によって直ちに閉鎖させられている。つまり、スマラン事件は軍の命令に違反した行為であり、

軍が強制的に売春を行うことを禁じていたという証拠ともなる。

なぜ、「スマラン事件」が利用されるのか。「強制性」の証明のためには論理的に逆効果であるにもかかわらず。

ようするに、「白人女性が日本人(有色人種)の慰安婦にされていた」という事実を突き出すだけで白人の思考は全面停止し、欧米を味方につけるには十分効果があるからだろう。

そして、「白人女性が日本人のための慰安婦に?!・・・・そんなところに同意があるはずはない!」「同意があろうがなかろうがこれは強制だ、強制に決まっている!」という言論が、白人世界では当たり前に流通していく。

これは「日本の戦争犯罪とオランダの小さな過失(インドネシア植民地支配)とを同列に並べるな!」と臆面もなく主張するオランダ人の言論、あるいは「有色人種に使役されたことが耐えられない」というイギリス白人捕虜の怒り、などの延長線上にある感覚であるといえる。

「白人の威を借りて」、「白人のトモダチの威光を笠に着て」、というのが「アジア土人」の習性であり哀しい性である。韓国人がこういうやりかたを続けている限りいくら威勢よく「反米」を叫んでみてもその心性は「アジア土人そのまま」と笑われても仕方がないだろう。

それと、国際社会で「リベラル」といわれるものをもう一度、ウヨサヨの話に終始するのでなく、白人至上主義・人種主義との関係という視点でよく観察してみる必要があるように思う

参考記事:

「失踪白人女性症候群」

http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2005/11/post_bdc7.html

http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2006/01/post_5152.html

http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2006/01/post_6af9.html

いずれ「日本の女が英語教師名目の白人性奴隷を買いあさり虐待していた」とか批判されそう(白人メディアも認めざるを得ない「アジアでの英語教師職は性犯罪者の隠れ蓑」-AP通信(ジョンべネ事件) )

http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2006/08/ap_8cc8.html

<NOVA>経産省と東京都が立ち入り検査 苦情件数突出で

・・・・ということです。

見るからにいかがわしいものには何かあるということでしょう。

あんな基地外CMをさんざん流し、「講師はみんな外国人(≒白人)」なんてキャッチフレーズで商売しているような会社がマトモであるはずがない。

警察はこれを機に日本にのさばっている白人にどんどん手入れをして欲しいと思う。

彼ら白人は本質において、日本人の乗っている捕鯨船を平気で襲撃し、日本人の死者が出たことよりも沈没する捕鯨船から流れ出す油がペンギンに与える影響のほうを大きく憂いてニュースにしているようなレイシストである(その「ニュース」をNew Straits Timesなどアジア英字紙は、批判精神ゼロでそのまま転載して垂れ流す。たとえば"Japan threatens to quit panel"というNSTの見出し。「反日」ではいくらでも毛唐に迎合する土人の叫びだ)。まるで、白人テロリストに襲撃された捕鯨船から流れ出す油による環境汚染も日本人の責任のような書き方である

日本の公安警察は、共産党対策もいいが、白人対策を明確に打ち出して欲しい。

早めに対策しておかないと、このままでは日本も遠からずタイのように、女性皇族方がモナコ公やベルギーの王族などに媚を売り歩く恥ずかしい国に成り下がりかねない。

彼ら白人は単なる不良外人でなく、破壊主義的なイデオロギーの宣伝者たちであり、捕鯨船襲撃等を見ればわかるとおり潜在的な「テロリスト」であることを日本警察は銘記すべきである。この危険思想は書物によってでなく、遺伝子によって伝播するようだ。

白人(至上主義)的な個人主義とマルクス主義とは、双子の兄弟か光と影のようなものであり、非白人的な文明をことごとく破壊し白人による世界のコントロールを打ち立てることを究極目的とするという意味では何の違いもない。(争いは何系白人が支配するかと言う程度のことでしかない)。

2月16日11時33分配信 毎日新聞

 経済産業省と東京都が、英会話学校大手「NOVA」(統括本部・大阪市)に対し、特定商取引法違反の疑いなどで立ち入り検査していたことがわかった。甘利明経産相は16日の閣議後会見でNOVAについて、「消費者からの苦情が突出して多い」と話した。違反が固まれば、業務停止命令や業務改善指示などの行政処分をする可能性がある。
 立ち入り検査は今月14日。特定商取引法は、契約後の一定期間内であれば無条件で解約できる「クーリングオフ制度」などを定めている。都は都消費生活条例違反の疑いでも調べている。
 関係者によると、受講者が途中解約を求めても返還額を低く抑えたり、解約時の手続きを知らせていないなどの疑いがあるという。受講者が受講料返還を求めた訴訟では同社の主張を退けた判決もある。国民生活センターによると、NOVAに関する消費者からの苦情や問い合わせは96年以降7750件寄せられている。
 NOVAは81年創業。駅前に教室を展開する「駅前留学」やコンピューター通信を使い自宅で受講できる「お茶の間留学」をうたい文句にテレビCMで人気を集め、急成長した。受講料を前払いして購入したポイントでレッスンを受ける仕組みで、同社ホームページによると受講者は業界トップの約50万人(06年3月現在)。
 NOVA統括本部の広報担当者は「検査では、外国人講師の採用や給与に関する資料提出、事情説明を求められたが、会社として法律にのっとって運営している。特定商取引法違反という認識はない」と話している。解約時の精算については「精算式は経産省と打ち合わせて決めている。都のガイドラインにも沿っており、契約書にも載せている。ただ現在、最高裁で審理しており、司法の決着を待ちたい」と説明した。

児童買春のドイツ男が監獄で自殺 ウドン・ターニー 【タイ】

マレーシア紙New Straits Timesに載ったAFP通信の記事。

しかし、このドイツ人が逮捕された報道は見ていない。この男が逮捕されたのは先週の土曜日。NSTで報道されるのは裁判所の判決が下りたときや正式に起訴されたときのみ。メディアで報道される東南アジアにおける白人の児童買春は実態からかけ離れた氷山の一角のみだと思われる。

Imgp3040_1 [バンコク] 児童買春容疑で逮捕されていた64歳のドイツ人の男がタイの監獄の独房で自殺した。

自殺したのはドイツのZeppernick出身のHelmut Nehlsで、水曜日、タイ東北部・ウドンターニーの町の独居房で死んでいるのが見つかった。

Nehlsは土曜日逮捕され13歳未満の少女とセックスした罪で訴えられていた。この罪は終身刑にも処せられ得るものだという。

この男はタイに15年間住んでいて、貧しい親や捨てられた子供に4000バーツ(12000円~14000円)までのカネを払って少女たちと週末を過ごすということを(繰り返)していた。

近隣の人々が彼の疑わしい行動を訴えており、警察が彼の家を捜索すると、pornographic materials(具体的に何かはわからないが、おそらく被害者の幼女を撮った写真とかバイブレーターとか?)が見つかった。

Nehlsは口に靴下を詰め、自分のメガネを壊してその破片で手首を切っていた。

(New Straits Times 2/16)

雅子様本問題続報 - オーストラリア毛唐Hills曰く、「日本政府は私の本を禁圧し検閲しようとしている。横暴だ!」

日本外務省が、オーストラリア紙の元東京特派員が皇太子ご一家や皇室について執筆した「プリンセス・マサコ」の英語版(ランダム・ハウス社・Random House)について、在オーストラリア日本大使館が筆者のベン・ヒルズ氏と出版社に抗議文を手渡した件について。

今日のマレーシア紙New Straits Timesによれば、日本外務省(駐オーストラリア大使・ウエダヒデアキ氏)は「謝罪」を要求したようだが、著者のヒルズ氏は断固「謝罪」を拒否し、日本政府のこの反応について

これは日本政府が私の本を禁圧し検閲しようとする試みであり、非道である

と非難したという。

これは共同通信との記者会見とある。いわく、

"I regard this as attempt by the Japanese government to suppress and censor my book and I think it is absolutely outrageous." Kyodo quoted Hills as saying.

彼らは必ず、敵である野蛮人の中に「かわいそうなヒロイン」を作り出そうとする。「スーチ・ー」と同じである。

ハッキリ言ってしまえばかれらにとってこれらは、タイ人レンタルワイフのようなものである。

「白人が連れているレンタルワイフを本当に弾圧しているのは白人ではなく、タイ社会、アジア社会であって、白人男は助けてあげているのであり、文明を教えてもあげているのである。」と言う意識で彼らはその行為を合理化する。それとパラレルな感覚であろう。

そういうわけで彼は次のような偽善的なセリフを平然と垂れ流す。

"There is nothing to apologise for. In fact, there is only one person in this saga that deserves an apology and that's Princess Masako," he added. "I think the Kunaicho should apologise to her for bullying her into a state of nervous breakdown."

雅子様は残念ながら、こういう三流下司毛唐の脂ぎった手によって、日本の「象徴的アウン・サン・スー・チー」にされてしまったようだ。

彼らはその敵の中に、必ずこの種の「野蛮人の中にもある良心勢力の象徴」たる「悲劇のヒロイン」を必要とするのである。

Hills spent a year researching the book and conducted 60 interviews, including with sources close to the imperial family.(NST)

というが、いったいどんなソースから取材したのか。このヒルズは日本語が出来るのか? 肉便器水準の日本人にいくら取材してもバービアの女にタイとファランを語らせる以上のものは出てこないだろう。

色眼鏡のかかった青や緑の目で、日本語も出来ない毛唐が1年取材しようと5年取材しようと、彼らの「理性の制約」にうまく入ってくる情報しか取材できようはずがない。

いったいこのオーストラリア白人は、そんなに大口をたたきたいのなら、大好きなタイに行き、タイ最大のマフィアたるタイ王室にまつわるえげつない諸問題についてほんのちょっとでも取材して活字にしてみたらどうだろう。こいつは一言でもタイ王室を批判できるだろうか。

なお、オーストラリア首相、ジョン・ハワードは、由緒正しくもイギリスから流刑にされた泥棒の子孫であることが確定したらしい(AFP-デイリー・テレグラフ)。両親ともその先祖は政治犯とかでなく、ただのコソ泥(父方)と強盗(母方)だったということである。

Hillsは共同通信に対し、3月はじめに日本語版を出版する計画を進めるつもりだと述べた。

この本の日本語版が出て、右翼が騒ぎ出版社に駆けつけでもしたらそれこそ彼らの思う壺である。彼らはそれを待っている。待ってましたとばかりにその絵を撮って世界にばら撒くだろう。そうやって、日本に対するさらなる「野蛮」「危険」のレッテルを貼りなおすことが白人全体の利益でもあるからである。これは見え透いた構図だろう。したがってそのような壷にはまった行動をする右翼などがもし出るとすればその者は、「朝鮮人」というよりもむしろ「北朝鮮の工作員」と認定してよいだろうと思う。

カトマンドゥで63年ぶりの降雪 ― 昨日

昨日(2/14)ネパールの首都、カトマンドゥで63年ぶりの降雪があった。

降雪は2,3分続いただけだが、子供たちは喜んだ。

当局によればこの降雪は、「西風の擾乱」westerly disturbanceの結果であるという。

カトマンドゥでは1944年1月以来、雪が降ったことはなかった。

(New Straits Times)

必要なら対日WTO提訴も=郵政民営化問題で-米通商代表

2月15日11時0分配信 時事通信

 【ワシントン14日時事】シュワブ米通商代表部(USTR)代表は14日、下院歳入委員会の公聴会で証言した。この中で同代表は、日本の郵政民営化で外資系金融機関などが競争上不利な立場に追い込まれるなら、世界貿易機関(WTO)への提訴も辞さない姿勢を示した。同代表が郵政民営化問題でWTO提訴の可能性に言及したのは初めて。
 公聴会でニール議員(民主)は、現在の日本の民営化方針は外資系金融機関の市場参入を妨げ、WTOのサービス貿易に関する一般協定(GATS)違反ではないかとただした。
 これに対し、シュワブ代表は「不当に有利にならなければ、民営化は問題ない」としつつも、「日本のやり方を注視していく」と述べ、改革の行方を懸念していることを示唆。日本政府高官との会談で同問題を取り上げたことを明らかにした。
 さらに、日本にはWTO協定に沿った形で民営化を進めるよう迫っていく考えを示した上で、「必要ならばWTO提訴も模索する」と述べた。 

アメリカは「郵政民営化」などしていないし、「ドイツポスト」も事実上の政府所有だという。

日本が郵政「民営化」したばっかりに、郵便局がためこんでいた巨大な日本国民の資産がWTOの俎上に乗せられることになってしまった。

あとはアメリカのでかい掃除機で吸い取られるだけだろう。

日本人は昔から「郵便局がいちばん安全で得だ(そして世の中のためにもなる)」と、じいさんばあさんから言い聞かされてきたのである。田舎では少しでも現金があると良い子は近くの郵便局に貯金したのである。田舎のじいさんばあさんたちは結構金持ってるが、安心して全財産を郵便局に預けてきた。ずっと安心しろと言いつづけてきたのもお上である。

「陰謀論」のように思えた話がそのまま現実になりつつあるように見える。

「アメリカが日本のトモダチ」なんてことは永久にあり得ない。

郵便貯金はさっさとおろして金(キン)に換えよう。日本の銀行の貸し金庫は比較的安全だと思う。(金の延べ棒をぎっしりつめても壊れないように出来ていると聞いたが)。

ハ○チは見ないで!

当ブログはハ○チな方の閲覧を歓迎していません。

TGネタのエントリーの宣伝のためにたくさんトラックバックをしたせいか(TGネタエントリーを広く読んでほしいというのは事実なのですが)、最近またアクセスが増えてきました。

公開している以上不特定多数の方に読まれることは承知していますが、私自身の個人的な希望を述べて良いなら、私がこのブログを見てほしいと思うのは、たとえば次のようなエントリーを(賛成反対・異論の有無は別として)読んで楽しめるような趣味のある方にであります。

http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2006/10/post_f98e.html

http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2006/10/post_41d6.html

http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2006/09/post_8532.html

http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2006/05/post_b7d1.html

ハ○チな人というのは、たとえば次のようなコメントを書いてくるような方のこと。(こういうコメントはこのブログでは少なかったのですが)。

こんにちわ、とても興味深いサイトですね、拝見させていただきました。私も学校で性的奴隷制度や男女差別、植民地時代の男女差別など勉強いたしました。私の先生は白人でした。はっきり言って、私の先生とあなたが言ってることは同じだと思います。所詮一言でまとめると人種差別ですよね、そしてそんなに他人のことばかり批判していますが、あなたもセックスやこういった性的なことに興味があるといった時点で白人と同じなのではありませんか?

 私もあなたの意見にとても賛成できる部分はあります。例えば白人というだけで、ちやほやされる、女性からもてるなど、きっと実際あるでしょう。日本にいる一部の外国人の方は実際に鼻高々になっていたり、女性を手玉にとっているかもしれません。しかし、私にしてみれば、だから何?って感じです。では、逆に白人もレンタルワイフをしていますよね、でも同じ日本人の男性もそれをやってるじゃありませんか?日本人男性も幼児売春や、援助交際などをやってるじゃありませんか?
 私は白人の友達もいるし、黒人の友達もいます。みんなとてもいい子です。だからこそ何であなたがそんなに彼らを非難するのかがわかりません。とても悲しいです。あなたも彼ら同様、自分が一番、自分が最高といった意見の方なんですね。第三者からみたらあなたも白人も同じように感じます。 長いコメントで失礼しました。でもとても興味深いものでした。ありがとうございました。

http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2006/07/post_3d74.html

さまざまな誤解や攻撃を避けるために、このブログでは私の考え方を説明する内容を含む(その意味で代表的な)エントリーを「このブログの掴み所」として右にあげています。

私の考え方を批判される方は、その前にまずこれらのエントリーを読んでいただくことをお願いします。これらのエントリーは個別に書いたものを後に選択しただけなので体系的なものではありませんが、このブログにおける私の立場についての説明を含んでいます。

上のコメントのような幼稚な非難は2chの海外旅行板にでもしていただきたいのです。

このブログの記事がセンシティブなテーマを含むことは確かであり、私のような考え方が日本で少数派であることも確かでしょう。ただでさえ「タイ」に言及するブログは、たとえ穏健なものでもそのコメント欄は炎上する傾向にあります。(たとえば「チェンマイ雑記帳」という穏健なブログはコメント欄の「荒れ」のため最近即時表示を中止しました。タイが好きでチェンマイに住んでいる方ですが比較的中立的で特別タイマンセーでもない良識的な方のブログです)。したがって、もしこのブログでコメント即時表示設定にするなら、コメント欄は匿名掲示板化し、単純化と罵りの殴り書きに終始することは目に見えています。そのため(そのためだけではありませんが)、コメントは私が承認したものだけ表示される設定にしてあります。(いままでのところ長文のものはたいてい公開していますが、2chの一行レスのような殴り書き的なものは公開しません)。

そういうわけで同じコメントを何度も入力しないようにお願いします。

<外務省>「プリンセス・マサコ」に抗議

 外務省は13日、オーストラリア紙の元東京特派員が皇太子ご一家や皇室について執筆した「プリンセス・マサコ」の英語版について、在オーストラリア日本大使館が筆者のベン・ヒルズ氏と出版社に抗議文を手渡したと発表した。
 抗議文は「事実無根の極めて侮辱的な記述がなされている」「愛子さまの誕生や雅子さまの体調に関し非礼な内容がある」として謝罪などを求め、12日に手渡された。
 また、宮内庁もハンセン病支援などに関する天皇、皇后両陛下の公務についても間違いがあるとして抗議文を作成、同時に手渡された。
 著者らは「特段の問題があると考えていないが、今後の対応について検討したい」と答えたという。

2月13日19時42分配信 毎日新聞

「反日主義」イデオロギーは、(直接の宣伝者が誰であれ、究極において)「白人の人種主義」である。これは究極において「白人至上主義」の一環以外のものではない。このことをまず確認する必要がある。

白人の「反日主義」はいまますます明確に、反皇室、反天皇という形で具体化しつつあるように見える。

というのは、天皇こそが「日本の本丸」であることを白人支配層は一般日本人以上に明確に意識しているからである。

日本敗戦とともに彼ら白人が仕組んでおいたところの「天皇制廃止」(=日本解体)工作の「果」が、いまこそ実る時期に来ているはずだ、と彼らは考える理由がある。

最近マレーシアの代表的英字紙は、ドイツ系のアメリカ人による激越な日本非難の評論を掲載していた。それは、日本の総理大臣が(ドイツの大統領がホロコースト被害者に対してしたように)「南京でひざまずいて謝罪しない」こと、を公然と非難するものである。この種の日本非難は、世界各地のデ・ファクトーの「白人植民領域」において、草の根的にしかし激越に展開されているはずである。

このような日本非難は当然、近年のアメリカにおける昭和天皇の戦争責任論議とも呼応し、いずれは「天皇が南京でひざまずいて謝罪しないこと」を公然非難する天皇攻撃へと進展すべき論理的な必然性をもつ。

もちろんそのときには「天皇がひざまずいて謝罪すべき」対象が南京に限られる理由はなくなる。「インドネシアで日本軍が殺したオランダ兵」すら含まれることになるだろう。

この攻撃はいまは2流白人たるドイツ人やオーストラリアの3流下司白人を使って行われているが、いずれは白人世界全体及び白人のコントロールの下にある有色人種(日本人を含む)を総動員した、本格的・全面的な天皇非難・日本攻撃に転じるだろう。

それは日本の解体(そしてその富の白人支配層ネットワークによる吸収)の要求を意味する。すなわち、日本が白人文明と対等の資格をもって並び立つ「文明」である(危険性がある)以上、「グローバリズム」のもとで世界の力と富と名声を自己のもとに集約しうることを確信した白人(白人世界支配層)は、ぜひともその「日本文明」を解体・吸収する要求をもつ。

そして彼らの要求はただの要望でなく、権利として、法として、権力によって執行されるべき「正義」なのである。

多くの日本人が目を奪われている中韓の執拗な反日主義もまた、究極的には国際的な白人支配層ネットワークのコントロールの下にあると見るのが自然である

なぜなら、今日の一元的なグローバリズムのもとでは、グローバルな白人支配層が容認しないイデオロギーはどんなものであれ、国際的に「大きな声」にはなりえないからである

また、白人による正面からの皇室攻撃は、「イギリスの帝国主義・植民地支配は、日本の帝国主義と異なり『良い帝国主義=良い植民地支配』だった」というような、近年の白人至上主義的歴史修正主義(そもそも彼らは一度も歴史を自己批判していないのだから「修正」というより「確認と強調」というべきだろうが)に呼応するものである。(この「良い帝国主義=イギリス」という思想は、マレーシアでは政府および御用新聞によって事実上受け入れられつつあるように見える)。

日本政府の反論

※日本語仮訳【 正文(English)】                            2007年2月1日 ベン・ヒルズ氏へ 
 貴著「雅子妃ー菊の玉座の囚人」について、この書簡を送ります。
 長年皇室報道を専門としてきた或る老練な新聞記者が、この本を読んで、「各ページに間違いがあるのではないかというくらい」不正確な箇所が目につくと書いています。また、より実質内容に関わる観点から、政府は、この本の描いている皇室像が如何に歪んだものであるかに驚き、対応ぶりを検討しています。その間、ここでは、天皇皇后両陛下の側近にお仕えしている立場から、両陛下に直接関わり、しかも明らかに事実と異なる一つの箇所に絞って、問題を提起します。
 この本の第七章で、貴方は、「天皇には、年間に千件以上・・の公務があるといわれるが、いずれも、・・当たり障りのない行事への、負担のない形式的な出席ばかりである」と述べた上で、「日本の皇室が、ダイアナ妃による・・レプロシー・ミッション・・への支援のような論議を呼ぶ事柄に関わりをもつことはありえない」と断定しています。
 ここで貴方は、両陛下が、四十年にわたってレプロシー、すなわちハンセン病の問題に大きく関与してこられたことを全く無視しています。日本には、全国各地に十三箇所の国立ハンセン病療養所があります。両陛下は、1968年、皇太子皇太子妃の時代に、鹿児島県の奄美大島にある療養所をお訪ねになって以来、2005年までの間に、これらの国立ハンセン病療養所のうち青森、群馬、東京、岡山(二箇所)、鹿児島(二箇所)および沖縄(二箇所)の各都県にある九箇所を訪ねてこられました。
 これらの療養所のご訪問に当たっては、入所者と膝をつき合わせ、手を握って、病いと差別、偏見に苦しんできたその人々の苦しみを分かち合い、慰められるとともに、園長、医師、看護師など入所者の世話をしている人々の労をねぎらってこられました。
 1975年に沖縄県の療養所の一つをお訪ねになった時には、入所者が、御訪問を終えられてお帰りになる両陛下を、沖縄の伝統的な別れの歌を歌ってお送りし、また、後に、感謝の意をこめた詩をお送りしました。これに対し、天皇陛下は、沖縄特有の定型詩を詠んで、この人々の気持ちにお応えになっています(陛下は、さきの大戦で唯一地上戦が行われ、その後1972年まで米国の施政権のもとに置かれることとなった沖縄の人々の苦難を理解する一助として、沖縄の古典文学を学ばれました)。2004年、両陛下は香川県の高松市をお訪ねになりましたが、その折、市の沖合にある小さな島の療養所から入所者が来て、両陛下にお目にかかっています。また、翌2005年の岡山県ご訪問の際は、ほぼ一日をかけて、島にある隣接した二つの療養所をそれぞれお訪ねになりました。
 これまで入所者にお会いになることができなかった三箇所の療養所については、皇后陛下が、それぞれの園長をお招きになって、現状をお聞きになっています。また、皇后陛下は、政府の委託によって過去の日本政府のハンセン病患者隔離政策を批判的に検証した2005年の報告書が出版された際には、関係者をお招きになって、説明を聴取しておられます。
 両陛下のこれらの活動は、常に静かに行われてきましたが、両陛下とハンセン病問題に関わる以上の事実は、全て報道され、記録されており、初歩的な調査によって、容易に知りうることであります。
 また、天皇の公務は、「当たり障りのない行事への、負担のない形式的な出席ばかりである」というのが貴方の見解でありますが、例えば、1975年に皇太子同妃として沖縄を訪問された時には、ご訪問に反対した過激派が至近距離から火炎瓶を投げつけたにもかかわらず、全く予定を変更することなく訪問を続けられました。1995年、戦後最悪の自然災害となった阪神・淡路大震災が発生した際には、被災地に飛ばれ、本土と淡路島の
双方にわたって、被災者の避難した小学校の体育館などを回ってその人々と一日を過ごされました。1994年、終戦五十年に先立ち、両陛下は、硫黄島に赴かれ、日米双方の戦死者のために祈られました。2005年には、終戦六十年に当たり、さきの大戦で激しい戦闘の行われたサイパン島を訪問され、炎天下、島内の日米韓各国民と現地島民の戦没者のための慰霊碑や大勢の婦女子が戦争の末期に身を投げた崖などで心をこめた祈りを捧げられました。
 両陛下は、社会福祉の分野全般にわたって、この四十七年、困難を抱えた人々をたゆみなく励まし、慰めてこられました。これまでに、全都道府県の四百箇所を超える福祉施設(知的障害者、身体障害者、高齢者、幼児などのための施設)を訪ねられ、外国においても、英国のストークマンデヴィル身体障害者スポーツ・センター(1976)、いくつもの福祉施設が集まり、人々がナチス時代にも障害者たちを護り通したドイツの町ベーテル
(1993)、米国のナショナル障害者サーヴィス・センター(1994)など様々な福祉施設をたずねてこられています。貴方の母国オーストラリアでは、皇后陛下が、パース・リハビリティション病院(1973)を訪ねておられます。 
 貴方は、両陛下のなさっていることが、無意味で形式的なことばかりであると示唆しているように見えますが、仮に、そうであるとするならば、何故、世論調査で、現在の形の皇室に対して、常に七十五パーセントを超える支持があるのでしょうか。また、何故、両陛下が地方に旅行される度に、何万という人々が両陛下を歓迎するために喜んで沿道に出てくるのでしょうか。
 以上の諸点について、著者はどのように考えるのか、少なくも、事実関係のはっきりしている皇室のハンセン病への関与に関して、回答を求めたいと思います。

侍従長 渡辺 允

http://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/hills-letter.html

オランダ毛唐関連です(DM)

読者から。

在オーストラリア自称日本軍従軍慰安婦オランダ人アメリカ下院委員会で証言するそうです。

オランダ人の歴史認識について面白い記事を見つけたので、ヒマつぶしにでもどうぞ。
http://zeroplus.sakura.ne.jp/u/2000/0422.html

オーストラリア+オランダ+「従軍慰安婦」・・・・・最強のブランド!というほかないが、内容も最強なので一部引用します。

この前、オランダの週刊誌記者というのが突然、訪ねてきた。何でもこの欄で書いたオランダ評が向こうの新聞に載り、それで結構な騒ぎになっているという。

 江戸時代末、欧米を巡業した旅芸人一座の座長がオランダを評して「人わるし、国また悪しく」と書いた理由をその後のオランダ人の行動から分析してみたものだ。例えば、日本人を悪臭を放つ猿と表現する人種差別意識の強さ、植民地だったインドネシアの独立のさいに謝罪どころか逆にばく大な“独立許可金”を請求したあこぎさ、それに何度も日本から賠償と謝罪を繰り返させながら、日蘭交流四百年記念の今年、また同じ要求をするしつこさなどをあの座長は感じ取っていたのでは、というごく妥当な結論にしておいた。

・・・・・・・

日本軍とオランダ人の遭遇という一断面だけで、つまり自分たちがやった植民地支配などをさっぱり棚上げして、あのころの歴史を評価するのはいかがなものかと問いかけ、その意味でコック・オランダ首相がこの三月下旬、日本に何度目かの謝罪を求める一方で、インドネシアへの非道な行為を初めて認めて「わびる用意がある」と語ったことを高く評価してみた。

 そうやって他人のあら探しだけでなく、自分のふりも見つめれば、おのずと歴史を正しく見ることができるじゃないか。そうすればお互いの理解も増すはずだ、と。

 その辺でやめてもよかったけれど、ついでに日本には、いわれるように拡張主義、侵略主義を展開するほど資源や軍備に余裕はなかったことにも言及してみた。

・・・・・・・・

 しかし、これもまた逆効果だったらしい。この私見がハンデルスブラット紙に掲載されるや、同紙の投書欄に山のような反論が次々に載せられた。

 いわく「タカヤマは日本の歴史をゆがめる唾棄すべき偽善者で、アジア諸国を植民地のくびきから解放したというとてつもない虚構をでっちあげようとしている」

 「彼は傲慢にも日本軍が犯した重大な戦争犯罪と、オランダ人がインドネシア人に対してやった小さなミス(Lapse)を同じに扱おうとしている

 「インドネシアの占領は日本の拡張主義の最後の到達地で、彼らは抑留者にそのままでは食うこともできない大豆を食事に出し、オランダ人を淘汰しようとした。朝鮮や中国で日本軍が行った無慈悲さをもって」

 以下、少なくとも八通の投書はいずれも本人が読んでいていやになるようなものばかりだが、もう一つ共通しているのが、三百五十年にわたって搾取を続けたインドネシアの植民地支配について、あるいは戦後、独立を求めて立ち上がったインドネシア人を近代兵器を総動員して八十万人も殺しまくった事実について「ささいなできごと」にしている点である。

私は、「オランダ人は卑劣だがイギリス人は紳士」、だとか、「ドイツ人は日本のトモダチ」だとか、そういう園児的な妄想に与するものでは決してないが、思想戦においても弱い環から潰していくという発想は必要ではないかと思う。

同じ傾向のグループの中でも、そのうちのもっとも卑小な構成員において、そのグループ全体のもつ卑劣さが集中的に表れるということはあると思う。そこで、その卑小なチンピラの弱みに付け込み、まずはその男をいわば「スケープゴート」にし、血祭りにあげて他に示すということが戦略としても有効であろう。

だから、オランダごときと言って高踏的な態度であしらうのでなく、むしろここで日本は集中的徹底的な「日本の反論」をすべきだと思う。それは、その他の諸案件に関するアピールにもなる。

イギリス人ネタ、イギリス人は「泰緬鉄道問題」になぜ怒るのか、

英国紳士にみる落差 植民地支配と謝罪要求

後にオランダKLM航空東京支社長になった元捕虜氏は「体重が半分になるほどひどい作業だったが、最もこたえたのは白人が有色人種に使われたという屈辱感だった」と語っている。

・・・・・

 「英国は植民地時代の搾取と横暴についてはいまだに謝罪も賠償もしていない」とはミャンマー政府の要人の言葉である。ついでながら、マレーシアにも仏領植民地だったベトナムにも旧宗主国はわびもいれていない。

ちなみに、泰緬鉄道ネタでいまもいちばん直接的に反日の旗を振り続け、白人の反日感情を梃子にして白人のご機嫌を自国へと取り結ぶことにもっとも執心な国は、大日本帝国の「同盟国」であったはずのタイ王国である。

Ku Klux Klan on the rise - アメリカ

New Straits Times 2/10

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ジャカルタからクアラルンプルへ

スカルノハッタ空港は平面的でわかりやすい。国際線はTerminal2。

イミグレまで来て大失敗に気づく。

インドネシアのビザ期限は「30日」。ところがKLの旅行代理店が設定した出発日は、行きが「1月4日」で帰りが「2月3日」。旅行代理店が「1ヵ月」と勘違いしたのか私が「1ヵ月以内でいちばん遅い日」といったのか、そのへんはよく覚えていない。とにかく1月は31日まであるので2月3日は「31日目」になる。

1日のオーバーステイ。イミグレ役人に指摘されてはじめて気づく。リコンファームのときに気づくべきだった。

後ろの事務所に行き20ドルの罰金。これも全部役人の懐に入るのだろう。イミグレ役人はいくら頼んでみても見逃してくれない。ルピアで払うと言うと20万ルピアだというのでそんなことはないだろうと思い、19万ルピアまで負けてもらう。もっと泣いてみてもよかったとちょっと悔やまれる。作業自体はすぐに終わる。書類を作るわけでもなく、ただ普通のスタンプを押すだけである。領収書もくれなかった(請求もしなかったが)。パスポートに何か書き込んだりもしない。

インドネシアはオーバーステイにはうるさいらしい。観光ビザは1ヵ月までしか取れないので、帰りの飛行機の出発日には気をつける必要がある。

外国にオーバーステイをするのはこれが初めて。「オーバーステイ」というのはタイ旅行者みたいで好きではない。

さらに、搭乗の時のX線検査で、空港役人に今まで一度もチェックされたことのない日本で買って持ってきた小さなハサミ(刃渡り5センチぐらい)を見咎められてケチをつけられる。チェックインカウンターのところに戻って荷物を全部預けろという。

「お前にやるよ」と言って放りだしたら(ネパールだと役人がすぐにポケットにしまいこむが)役人は当惑していた。

いったんは「やるよ」と言ったが日本製のハサミでちょっと惜しくなったので撤回し、ハサミだけ別にして送ってくれないかと頼んでみた。が、役人はダメだと言い張る。

別に送ることはできるはずだろ、やれよ、と言ってもめていると、ちょうどいい具合に白人客が来て救われた。

こういうことでもめているのを白人客に見られたくなかったのだろう。空港役人の態度が急に変わり、マレーシア航空の女性職員が呼ばれた。

女性職員がそのハサミをまるでデパートの商品のように「マレーシア航空の包み紙」で包み、別にして送るのかと思いきや、そのまま私に手渡した。

結局、「紙で包んだ」だけで「凶器」が安全なものに変わったというわけである。

ただケチをつけるためだけのチェックである。しかし、日常のこういう嫌がらせを通じて役人と言うのは自分の利権を保持しているのだろう。

他方、周りにいたインドネシア人客たちは、インドネシア人によくあるように、こういう状況を見ると役人(空港職員)の側について他人のことに口を挟んでくる。しきりに私に説教しようとし、ハサミは機内に持ち込んではいけないものであることを教えてくれるのだ。その姿は本当に頭が悪そうである。

カッターナイフも入っていたがチェックされなかった。まだ一度もチェックされたことがない。ハサミがたまたま開いていたところがX線に映ったのがまずかったようだ。爪切りもチェックされたことがない。

ライター・乾電池はネパールでしばしばチェックされた。役人が「ライターや乾電池を持っているだろう、持っているはずだ、出せ」と言って迫ってくる。そして渡すとすぐにポケットにしまいこむ。

ただネパールやミャンマーではNo!と大きな声で言い、「てめえは金が欲しいのか、何で日本人にだけそういう言いがかりをつけるんだ」という感じで喚きちらすと、OKOKといって何もなかったことになることもあった(今日のように)。

30分ほど遅れて4時15分ごろ出発。

マレーシア時間午後7時半ごろ(インドネシア6時半)、KLに着。イミグレは今回は混んでいなかった。

5日。KLCC伊勢丹に行きLevi's512を買う。512は日本ではもう作られていないと聞いていた(ちょうど新宿伊勢丹だったが)。

ジャカルタ 2/2

2月2日。バンドゥンのホテル・チトラCitraを正午前にチェックアウト。

チトラの前の道から23番のアンコタ(Ciroyon-Cikudapateuh)で、ルウィ・パンジャンLeuwi Panjangバスターミナルに向かう。このアンコタは直通でなく途中で別のアンコタに乗り換えなければならなかった。

ルウィ・パンジャン・バスターミナルではあまり人が寄ってこなくて、却って当惑した。最初ジャカルタ行きだというバスに案内されたが、Kp.ランブータン行きではなかった。

ジャカルタ、カンプン・ランブータン・バスターミナル行きの、冷房の効いた座席にゆとりのあるバスを見つける。3万と言う掛け声で乗ったがやっぱり4万5千だった。

バンドゥンを出てしばらくは景色が美しいが、ジャカルタに近づくにつれてつまらなくなり、やがてひどい渋滞に巻き込まれる。

ジャカルタが洪水であることはこのときは知らなかった

午後5時ごろになってようやくジャカルタ着。対向車線の道路が水没しているところがあった。水の中を車が走っている。カンプン・ランブータン・バスターミナルに着く。

カンプン・ランブータンで、パサル・バルPasar Baruに行く17番のバスをひたすら待つ。夜になると怖いが、タクシーもあまり見ないのでとにかく待ってみることにした。。。。と思ったが、人によって言うことがマチマチで、17番のバスは来るという人と来ないと言う人があり、来ないと言う人のほうが多いようだった(実は彼らが言っていることの意味はよくわからなかったが、内容全体を腹で捉えるとそんな感じだった)ので、結局タクシーを使うことにする。

しかしブルーバードタクシーがいない。普通のタクシーに乗る。運転手は英語を話したが、非常に非常に感じが悪い。何人だとかインドネシアに来た目的は何かとかイミグレ役人の尋問のようなことをいい怒鳴り声を上げる。日本人だというとシメタという感じでニヤッとした(バックミラーで顔が見えていた)。有料道路に来ると必ず余分に金を取ろうとする。1万ルピアまとめて渡せと脅すような声を上げる。道路料金の釣りを渡せというとWhy!?だと。

このタクシーは途中で放棄する。あまり感じの悪いタクシーは早めに降りてしまったほうがいい。メータータクシーだが、料金3万ルピア弱のところ5万ルピア札を見せると釣りがないと言いながら札だけもぎ取ろうとする。おそらくそのままとって釣りをくれないか、どこかで両替して釣りをくれるとしても余分に取ろうとするだろう。そういうときは怒ったフリをして、料金を一銭も払わずにさっさと外に出てすたすたと行きかけるというのも良い。この日はその手を使った。そうしたら急に運転手の態度が変わり、なかったはずのつり銭がすぐに出てきて、なぜか1000ルピーくらい余分に釣りをくれた。

ちょうど良くブルーバードグループのタクシーがあり、乗り換えることが出来た。ブルーバードのタクシーは運転手の態度も良い。英語は話さないが、有料道路はそのつど請求しその釣りは500ルピアまできちんと渡してくれる。

大変な渋滞が続く。夜8時過ぎになってようやくパサル・バルPasar Baruに到着。前回も泊まったホテルAlia Pasar Baruにチェックイン。ブルーバードのタクシー代はAliaまで2時間ほど渋滞の中を走っても7万ルピアぐらいだった。しきりにソーリーを連発する。悪いので少し多めにやった。

Aliaのスタンダード・ルーム(21万5千ルピア)に入る。金曜日の晩だったがどのタイプの部屋も空いているようだった。出入りする客も多い。部屋数は多いようである。Aliaも隣のホテル・パサル・バルも満室だったらこの渋滞の中どうしようかと内心心配していたのでホッとした。

フロントクラークは前回と同じ人間だったが、「このホテルはレディー(連れ込み)禁止」だと念を押す。俺のことを覚えてないのかときくと、覚えていると言う。よほど女を連れ込む日本人客が多いのか?

Aliaに一台だけあるインターネットは故障らしく使えなかった。

午前3時ごろ、胸のあたりに水が落ちてきて変な夢を見て目を覚ます。

ベッドの真上から雨漏りが始まったところだった。午前0時ごろ眠ったときには雨漏りはしていなかった。フロントに電話して部屋を変えてもらう。フロントは人は変わっていたがちゃんと起きていた。部屋はすぐに変えてくれた。しかしソーリーのひとことも言わない。

このホテルAliaは新しいが音は良く響くし、建付けが悪いのかもしれない。

新しい部屋に落ち着くと午前4時近く、眠いが目が覚めてしまった。やがて隣のマスジッドのアザーンが鳴り始める。

3日。午前6時ごろにレストランで無料の朝食をたっぷり食べてから眠る。

朝10時ごろに目が覚めた。間に合った。

3日のジャカルタポストによれば、インターネットが不通になっているのも洪水のためと言うことである。主要な電話交換所の近くの電線が切れたため自家発電に頼らざるを得なくなり、固定電話のサポートで手一杯になったためとか書いてある。

早めに空港に向かうことにする。ホテルの前でブルーバードグループのタクシーを待つ。道路は依然あちこちで冠水している。通れないところもあるらしく遠回りしていくようだったが、結局途中でブルーバードのバスに乗り換えさせられる。これが空港まで2万ルピア。最初からそういう話だったようだが、インドネシア語がわからなかった。

昨日カンプン・ランブータン・バスターミナルでつきまとってきた見るからに下心ありそうなある男は、私がインドネシア語がよくわからないと見て「あんたインドネシア語が出来ないね(ニタ)」と言ってシメタという顔をしさらに手玉に取ろうという態度をあらわにした。私があわてて「ビサ、ビサ(できる)」言って開き直ると、今度は「スディキ(少し)だろ?」とニヤッとした。

インドネシア語は、インドネシアという広大で多様性を持つ世界の「国際共通語」なのかもしれない。そして、ジャカルタで「あんたインドネシア語ができないね」と言う人は、ちょうどシンガポールで「キミ英語が出来ないね」という人と似たような感覚で言っているのかもしれない。もっとも下心はかなり異なるだろうが。

バスの通り道もあちこちで水没している。もちろんそういう場所は徐行。全体的に渋滞が続く。

11時ごろホテルを出て空港に着いたのが1時半ごろ。2時間半ほどかかった。

バンドゥン 1/30

午前10時ごろチパナスCipanasのポンドック・プサカPusakaをチェックアウト。アンコタでガルッGarutのアンコタターミナルのようなところまで行き、そこでバスターミナルに行く別のアンコタに乗り換える。

バスターミナルで降りるとすぐにバンドゥンのチチャフゥムCicaheumバスターミナル行きのミニバスが見つかる。

バンドゥンへ行く途中、チビルCibiruという町を通る。いろいろなところをまわっていてなかなかバンドゥンに着かない。

午後1時ごろようやくチチャフゥム・バスターミナルに着。ジャラン・ガルドゥジャティGardujatiに行くという06番のアンコタに乗る。しかし、ガルドゥジャティだといって降ろされたところはガルドゥジャティではなく、結局もう一度乗り換えることに。

午後2時過ぎ、Jl.ガルドゥジャティのホテル・チトラCitraにチェックイン。

Citraのおっちゃんの車(ぼろぼろのダイハツのミニバン)でJl.Sundaにあるマレーシア航空の事務所まで乗せてもらい、KL行きの航空券をリコンファームする。ここはホテル・イスタナやナリパンからなら歩いて行ける。

その後、Citraから歩いていけるところにある新しく出来た私立病院Sentosa Bandung International Hospitalに連れて行ってもらう。この病院は鉄道駅の近く。

頭の傷の糸を抜いてもらう。Garutの診療所では確かに4針と言っていたが、糸は3本だった。

Sentosaはとても清潔で近代的な病院。KLのパンタイ・メディカル・センターなどよりずっと清潔で設備もよさそうに見える。

夜、チトラのロビーで30歳くらいに見える日本女に会う。インドネシア人の平均から見てもかなり色黒な日本語を話す若いインドネシア人男を連れている。

一緒に旅行しているが「カップルではない」という。確かにそのようだ。

女のほうはバリ島在住の日本人だという。タバコをすぱすぱ吸い、「インドネシア語も英語もしゃべれない」と平然と言う。これには驚いた。

私が一人で旅行しているのをよほどすごいことのように言い、目を見張るようにして「英語はなせるの?」と聞く。「いやいやぜんぜん」と答えるほかない。

バリ島に「日本人社会」があって、その中にどっぷり漬かってその中だけで生活しているのだろうか。

私は在外日本人社会には肯定的だが、そのことはともかくとして、インドネシアに住んでいるのにインドネシア語がほとんどできず英語もダメというのでは、自分の利益も自分で守れないのではないか?トラブルが起きたら全部、今日連れていたような日本語の出来るインドネシア人や日本人仲間にお任せするのだろうか。

敗戦まではアジア各地に日本人社会があり、それらは日本民族の財産だったはずだが、敗戦とともにほとんど消滅してしまった。いろいろな理由があるのだろうが、しかし、たとえば在外中国人社会やインド人社会は、中国やインド本国が破綻したり国家滅亡の危機に瀕したりしたからといって消滅することがあるだろうか。まずあり得ないだろう。この対比から教訓を学ぶ必要はあるのではないか?

私は、はっきり言って、この女のような日本人女のシマリのなさが気持ち悪くて仕方がない。

インドネシア男のほうは、肌だけは白いこの女といつかヤレルかもしれないし日本に行ったり日本人ネタで金を稼ぐチャンスもあるかもしれないと思って、こんなつまらない女と一緒に「カップルでない」旅行をして面倒を見てやっているのだろうか。

確かに部屋も別々でカップルではないようで、ガイドとして金を払って雇っているのでもないようで、ただの「お友達」のようである。そのあとこの男がロビーなどでひとりで待たされているのをしばしば見かけた。女といるときと一人でいるときとでは表情から何から違う。日本人女がいるときには明るい表情を作って私にも話しかけてきたりするが、一人でいるときはふてくされた顔をして私を見ても一言も口をきこうとしない。

インドネシアを旅行するには、少なくともインドネシア語をしゃべる意志・学ぶ意志は必須であろう。これはタイにおけるタイ語の比ではない。

金も払わずヤラセもせず、通訳も全部おまかせして、ただの「お友達」として困ったときに利用だけして一緒に旅行できるという考えでやっているらしい。

私はこれは、戦後日本固有の空想的自由主義、空想的個人主義の実践以外のなにものでもないと思う。学校教師などが教え込んでいる、あいまいな個人主義と「性善説」とが奇妙に都合よく結びついた空想的な人間関係観をそのまま妄信し、実践しているだけのものと思われて仕方がない。

このような都合のよい人間関係が現実的であるはずもなく、いつかその「借り」を返さなければならない時が来るだろう。本人が手ひどい目にあって現実に直面し「借り」を返すことになるというのなら良い。しかし問題は、日本人全体が、あるいは日本全体が、量産されたこの種の空想家たちの妄動の「借り」を返さなければならないことになる恐れがないとはいえないことである。

海外で見かけるこの手の日本女の特徴をひとことで言ってしまうと、「中途半端に××(2字伏字)なこと」である。○○(2字伏字)は現実に財になるから論ずるに値する。もっとハッキリと××(2字伏字)だったらもうすこしマジメな生き方を模索するかもしれない。この程度の女でも日本人女なら海外ではそれなりにいい思いが出来るのだろう。

31日。

駅の北にあるバンドゥン・インダ・プラザ(ジャラン・アチェから北に入ったところ)の隣にあるインターネット屋に行く。いろいろ聞き歩いて探し当てた。しかしここも日本語IMEのインストールは出来ず、日本語表示は出来るが書けない。非常に遅くて不安定。

ネット屋にいるとたまたま昨日の日本人女が入ってきた。ここはチトラからは遠く離れたところで、宿の人も知らなかったところなのだが、どうやって見つけてきたのか。偶然である。バンドゥンは大きな町なのだが。

夜、宿に帰ると今度は毛唐である。禿げた白人オヤジが来ていた。白人は必ずロビーで自己の空間を主張しようとする。しかし、スタッフは英語は一言も話せない。ローカル客もだいたい同じようなもの。結局うろうろとしただけで誰にも相手にされず部屋に引き下がって行った。こういうところは白人ガイドブックでは「フレンドリーでない」「ツーリストに不親切」などの評価が下される。

2月1日。

昼過ぎまで寝て下に降りると、例の白痴女がインドネシア男とロビーに陣取っていた。白痴女に対するインドネシア人男の気の使いようは大変なものである。外で食事と買い物をして戻る。まだそこにダラッと溜まっていたが、コンビニAlfa Martで買ってきたアイスクリームを食べたかったのでちょっとそこに座る。

聞けば、昨日のネット屋も全部このインドネシア男に聞いてもらい見つけてもらって行ったらしい。この女は本当に、インドネシア語も英語もぜんぜん出来ないようだ。チトラのおっちゃんがインドネシア語の初級文法的なことを教えてやっていた。

確かにこういう男を連れて歩くのは便利なわけだ。しかし、世間の人は「肉便器」などというハシタナイ悪口を言うが、そういう悪口はよくないのである。この女はヤラセもしないで、途上国の男を利用しコキ使っている。これはサクシュではないのか?

こんなことができるのはもちろん、この白痴女がたまたま先進国に生まれて、日本国の威光を背負っているからにほかならない。

ITB(工科大学、イ・テ・ベ)に行ってみることにした。大学の近くにはネット屋があるかもしれない。ダゴDago行きのアンコタでITBに向かう。

ITBの学生が、大学の近く(キャンパスの北側の道を右に行ったところの左手)のK100というネット屋に案内してくれた。日本語IMEが使えた。ブログの更新などをする。

ネット屋に夜11時ごろまでいた。遅くなりすぎて帰るアンコタがない。通りがかるのは郊外に行くのばかりで、スタシオン(鉄道駅)方面に行くアンコタはもうないという。

仕方がないので数キロの道を歩いて帰ることにする。しばらくあるくとスタシオンまで行くというアンコタが見つかる。しかしこういうのは貸切タクシーになりがちである。他に客も乗っていたが。

鉄道線路を右に渡ったジャラン・ブラガBragaの近くで降りる。やっぱり、アンコタ運転手が遠回りしたといって1000ルピア余分に取る。最初は4000ルピア取ろうとしたが3000にさせた(普通は2000)。夜遅かったし実際助かったのであまり争わなかった。バンドゥンの町はずれの夜道は必ずしも安全ではないと聞いていた。

チパナスCipanas 07年1月 その3 怪我

1月25日。

ポンドック・アジサカAjisaka最初の朝、室内で転倒。タイルの室内階段の角で後頭部を強打。

9時ごろ目がさめて寝ぼけ眼でトイレに入ろうとしたら、大家のオバサンがコーヒーを入れたといってノックしたので、出ようと振り返ってちょっと歩いたところの2段のタイルの階段ですべる。少しぬれていた。床も全部タイル。

階段から滑って床に着いた足も滑り、さらに滑って面白いように真後ろに転倒した。右手にコップを持っていたので、それを壊さないようにと気をつけたのが却ってまずかった。後頭部の骨の出っ張ったところがちょうど階段の角に当たる。

2,3分動けなかったが気は失わなかった。ぶつけた後頭部をさすった左手を見ると手のひらが血だらけ。どす黒い赤のねばねばした血ではなく朱色のサラサラした血だった。身を起こしてみると、そのへん血だらけだった。そんなに血が出ていると思わなかったので、やや仰天する。

ちょうど入り口まで来ていたアジサカのオーナーに連れられてアンコタで(自家用車でないところがつらい)ガルッGarutの診療所へ。プレハブというわけでもないが、雰囲気は「野戦病院」のよう。汚い感じのところで黒い処置台にうつぶせ、カーキ色の役人の制服を着た男女3人ほどに囲まれて処置を受ける。

すべてインドネシア語の説明。傷を水とヨードでよく洗ってくれる。局部麻酔らしき注射を打ち、次に「4(epat)針縫う」という。

仕事はさっさと片付けられて、あとは痛み止めと抗生物質をもらうだけ。これで78000ルピア(1000円くらいか)。

処置はそれだけ。レントゲン撮影や破傷風予防注射の接種もない。脳波の検査なんてあるはずもない。処置をしてくれた軍服(公務員の制服)の人たちは、いちおうゴム手袋をしているが、手袋をしたままペンを握り書類を作ったりしている。

もらった抗生物質は、あとでよく見ると「シプロフロクサシン」だった。アジア諸国で下痢から性病まで何にでも使われているようだが、効くのだろうか。最強の抗生剤というふれこみだったらしいが、数年前にネパールで下痢が続いたときには、これを飲んでもティニダゾールを飲んでもまったく効かなかった。気休めだが別系統のZithromaxも自分で飲んでおいた。

後頭部のため傷の状態を実検できないのがつらい。出血はやがて止まる。

ガーゼが糸で傷に直接縫い付けてある。ガーゼにヨードをしみこませてある。夜には歩きまわれるようになった。

首をやられなくてよかった。しかし、不注意でこんな怪我をしたことはショックである。いつ何がおきても不思議ではない。

3、4年前、タイのチェンマイのあるゲストハウスで、やはりぬれたタイルの階段で滑って転倒した時のことを思い出す。タイ人オーナーやスタッフたちはみんな座ったまま見ていて「ハ、ハ、ハ、イープン(日本人)、イープン(が転んだ)」といってせせら笑っていた。白人客の多い宿だった。血は出なかったがかなり派手に転び、猛烈に痛かったのである。そのときぶつけた肘の骨の痛みは最近まで消えなかった。もし転んだのが白人客だったら、彼らはただちに総出でかけよって助け自家用車で病院に運んでいただろう。タイ人とはそういう連中である。

一方、アジサカの人たちは私の怪我を知るとすぐに集まってきてそれなりの手当てをしてくれ、病院にも送ってくれた。クリニックでも英語はまったく通じないので、私に代わって事情の説明をしてくれた。

インドネシアは危険なところも多いし、医療施設もあてにならないが、人間は(白痴やキチガイは多いが)タイ人ほどは嫌な連中ではないといえる。

私の旅行は無意味なものだが、旅行をしているうちに精神的にタフになった面は確かにある。日本にいる間は自分の血を見ることはまずなかったが、近頃ではかなり大量の血を見てもうろたえなくなった。

Liaは今日も店を閉めたまま。

ロータリーの入り口のところにある別の店の女の子に傷を見てもらう。ガーゼが傷に直接縫い付けてあるのがなんとも変なので、これをはさみで切り取ってくれというと、いいよといって同じ店の雑貨売場から売り物のハサミを持ってきたが、ちょっと傷の状態をみて、これは「ベッソ」(明日)だと断言する。そして翌日もう一度頼みにいくと、約束通り売り物のハサミでガーゼだけ切り取ってくれた。

ところで、インドネシア等で中国人が嫌われているのは歴史的な理由からである。すなわち、インドネシアでいえば350年にわたるオランダの植民地支配を通じて、徴税などの現地人に嫌われる仕事を担当させるために中国本土から中国人が「誘致」され、一定の特権を与えられて利用されたという経緯からである。

もっとも、そのような歴史を通じて(近代)中国人の「体質」もまた形成されていったともいえるのだろう。白人とは真正面から対決しては損である、白人に媚びてむしろ利用されることにより、他のアジア人に対する優越的地位とカネを確保することができるという教訓を中国人は学んだのだろう。

だから、中国人の悪ごすい性格は直接にはこの白人による中国人利用に負うていると思う。近代中国人は、白人の茶坊主・徴税人として自己を確立した民族集団なのであり、近代中国人の「反日主義」の淵源が白人の反日主義・人種主義的反日意識にあることはこのことからも容易に推察される。華夷思想的中華思想は共産中国の成立後にむしろ「復古」されたものなのではないか?

そして、東南アジアで中国人がもっとも深く社会の隅々まで浸透しているのがタイである。あまりに深く浸透しているために、ここの中国系はすでにタイ化しているようであり、タイ人は中国化している。タイ以外の東南アジアの国々では(ベトナムは知らないが)、中国人と原住民との境界がはっきりしているがタイではそれがあいまいである。厳密に言語学的には諸説あるようだが、タイ語と中国語が実際に互換性の高い、互いに学びやすい言語であることは確かだろう。タイ人は中国語を容易に習得するし、中国人がタイ語を習得することもやさしいようである。

いわば、タイ人は、自らを東南アジア化したところの中国人なのであり、東南アジアに地方(じかた)役人、徴税人として土着した中国人の典型がタイ人(上層タイ人)に対応するのである。タイが白人の植民地になったかならなかったかはあまり意味がない。なぜなら、中国人にとって東南アジア諸国の「国境」にはあまり意味はなく、むしろ中国人内部の流派・氏族・血脈のほうが大きな意味を持つだろうからだ。

タイ人の白人崇拝の源泉の一つは、アジア全域のスケールにおいて白人の茶坊主、地下(じげ)役人、徴税人として自己同一性を確立し現地に土着した東南アジア中国人の白人崇拝に由来すると見ることもできると思う。本来卑屈な白人崇拝が、「独立王国タイ」においては、「由緒正しいタイ式文化」の一環としてのブランドを得て「制度化」され、タイの立派な国柄にさえなっているが、これも本質的には植民地徴税役人文化としての近代中国文化に固有の白人崇拝にタイ風味を加えたものにすぎないのかもしれない。

いずれにしても、タイ人と(白人の茶坊主・植民地役人として自己を確立した)東南アジア中国人とは、マレー人と中国人、インドネシア人と中国人、などに比べれば明らかに特別の因縁を持つのであり、「シナは嫌いだがタイはマンセー」などという2chあたりの低脳ウヨの滑稽さはあきらかである。しかし、この種の「日本的な脇の甘さ」、「性善説的妄想性」は、日本の現実の国益にとって深刻な問題を含むものであると思われる。

白人は聖書を読んでいる分、日本人よりも植民地支配が上手であることは確かであろう。聖書には異民族(ローマ人)がどうやってパレスチナの支配に成功していたか、その機微が表現されていると思う。福音書でもローマ人はキレイゴトしか言っていない。パレスチナ下層民(キリスト教徒を含む)の憎悪は直接の弾圧者であるユダヤ教官僚・法学者(パレスチナ上層民)に向けられるように仕向けられる。

毎日雨が降る。雨季のようである。

26日。

傷を治すために睡眠薬で夕方まで眠る。

ロータリーの入り口のところのレストラン(ガーゼをハサミで切り取ってもらったところ)に行くと、若い日本人ツーリストが入ってきた。猫背でおどおどきょろきょろとして色白で、店に入ってくる姿はまるで白痴まるだしである。へこへこしていちいち「テリマカシ」を連発する。

日本人は「堂々とする」ことの価値を、学校でも家庭でも教わらない。日本人が海外で馬鹿にされるのもある程度やむをえないのかもしれないと思ってしまった。

海外で日本人にかかわりあいになるのは現実に危険なことが多いから最後まで知らん振りをしていたが、金を払って出るときにちょっと声をかけてみたらやっぱり日本人バックパッカーだった。バンドゥンに帰りたいが帰り方がわからないから教えてほしいという。ここまで来ているのに「アンコタ」も知らない。「テリマカシ」は連発するがバンドゥンへの行き方を聞くインドネシア語は工夫できないらしい。

もっとも、私も旅行を始めたころはあんな感じだったかもしれない。初心のころは必ず日本人と当てられたが、そのうち中国人と間違われるようになり、近頃では韓国人にされてしまうことが多い。

日本は、孤立した文明、一国一文明の日本としての孤独な宿命をもつ。われわれはこの宿命を正面から引き受けていかなければならないと思う。それが日本人としての誇りでもあるはずだ。

決してどんな外国(文化)にも甘えたり、幻想を抱いたり、特定外国に対して個人的友情に比せられるような「友情」を抱いたりしてはいけないのである。外国というものは常に、われわれが主体となって「利用すべきもの」である。外国および異民族の利用の仕方を巧みにし洗練されたものにすることこそが「国際化」ということの本当の意味であるはずだ。日本は世界を相手にこれからも基本的には「孤独」に、闘い続けなければならない国家であり文明である。この日本の宿命を日本人ひとりひとりが忘れてはいけないと思う。

そういえば、チパナスでは乞食を見ない。ジャカルタを出てからこれまで通った町でも乞食はあまり見なかった。

28日。

われわれはいつか必ずみんな死ぬことはわかっているのだが、もしも仮に、いつか死ぬ人間と永久に死なない人間との二種類の人間がいて、自分がどちらに属するかわからないとしたら、どんなに恐ろしいことかと思う。

チパナスCipanas 07年1月 その2

1月22日。

朝、ポンドック・プサカPusakaに移る。2部屋借りて10万ルピア(1部屋なら7万5千)。

ガルッのジョグジャに行ってズボンを買う。

ポンビキが叫んでいる「ノーナー、ノーナー、ノーナー」というノナは「スンダ語」で「女」のことだそうである。未婚がノナで、既婚だとニョニャになるのだとか。

バンドレックやバジグールにもそれに対応するスンダ語があるという。これらも由緒ある飲み物のようである。

なお、インドネシア語で「おっぱい」はPayudaraパユダラーである。世の中にこれほど正しい言葉は無いように思う。

23日。

よぼよぼの毛唐オヤジがカナダ国旗のついた帽子をかぶってきょろきょろしながらチパナスのメインロードを歩いている。物欲しそうな青い目は若い毛唐とかわらない。毎日雨が降っていて特に平日はツーリスト自体が少ないが、たまにこういう毛唐が闖入する。

ジャワ人がしゃがみこんでタムロしている姿は、不潔というほかはない。どこまでも安易なほうへ、低きに流れる東南アジアの風土を象徴しているようで汚らわしい。

ああやってタムロするのを「ノンクロン」というそうだが、まともな人間が真似すべき風習ではない。

私が見た限りで言えば、「ノンクロン」は女がするものではない。女でノンクロンをしているのは売春婦だけである。売春婦がポンビキといっしょに座り込んでいる場合だけ。日本人女性が書いている「指さし会話帳」は「ノンクロン」を勧めているようだが、これはもう現地同化主義を超えた「土人化主義」「自己ヴァンダリズム」とでも言うほかない。日本女がノンクロンをしていたら、現地人には白塗り売春婦としか見られないだろう。

ノンクロンは、スマトラではあまり見た記憶がない。それほど気にならなかった。

ネパール人も同じようなことをするが、「ノンクロン」よりはもうすこしスガスガしさがあると思うのは私の偏見でもないだろう。ノンクロンとは趣が異なる。内容はともかく何か真剣に議論したり論じたりしていることが多い。ネパール人は黙って座っていることもあるが、黙っているときは本当に黙っている。東南アジア人のように、突然奇声をあげてわめいたり、狂ったように歌ったり、汚らしく笑ったりはしない。彼ら東南アジア人はほとんど内容のある話はしないようである。

しかし「文明がない」ということはこういうことなのだろう。ネパールは一応インド文明圏である。東南アジアは一部の敬虔なムスリムを除けばただの土人の群れといわざるを得ない。

ネパールの場合、外に座るにしても、みな同じ方向あるいは別々の方向を向いていることが多い。つまり菩提樹の下の休憩所(チョータラ)に木を背にして腰掛ける形が基本である。車座になるときは論争するときか、ばくちをうつ時かだろう。ネパール人は夜は家に入る。

ネパール人が座っている近くに座ったとしても、相手がツーリズム関係者でなければ何の問題もない。ただ空間を共有しているだけである。彼らは沈黙の意味も、距離を取ることの意義も、無関心のやさしさも、わきまえている。(ネパールについては2年行っていないので多少美化されているかもしれない)。

しかし東南アジアの未開人の間ではまったく異なる。彼らの近くに座ることは「空間を共有する」だけではすまされないことである。彼らに近づくことはそれだけで彼らの粘液的な人間関係に参入することを意味する。それはつまり、利用されるのでなければ敵としてひどい攻撃を受ける可能性を意味する。彼らに近づいて無関心をよそおうなら、それはただちに敵意の表明と受け取られるだろう。彼ら未開人(マレー人もそうだが、白人の植民地になるまで文字を書くことも知らなかったのだから未開人というほかはない)の近くに座って良いことがあるといえるのは、誰とでもセックスを楽しめる日本女くらいのものであろう。

「文明がない」ということは恐ろしいことである。いきなり他人の心の中にズカズカ踏み込むことも平気である。初対面の他人に何の用もないのにべたべたと触るのも挨拶である。彼らには「無意識の世界」がない。だからそれに対立すべき「意識の世界」もない。「全部」ダラダラと流れ出すに任せるのが常態だからである。夜中まで大騒ぎしても人迷惑ではない。そういう意識はまったくない。眠る連中はなにがあろうと犬が眠るように眠るだけである。だから、迷惑と感じることもない。

東南アジアの土人、未開人の素(す)の気持ち悪さは、体験してみなければわからない。ちょっと見ただけでもダメである。「旅行自体が新鮮な体験であるうち」はなかなか見えてこない。あの粘液性!「節度」という概念との無縁さ。境目のなさ。こういう連中と本当に楽しく付き合えるという日本人はすでに日本人とはいえないと思う。マトモな日本人ならあまりに徹底した気持ちの悪さにむしろ恐怖を覚えて逃げ出したくなるはずである。たとえば日本で風俗大好きな男がどんなに女とやりたいと思っていたとしても、ここの全身から粘液がにじみ出ているようなポンビキに覆いかぶさるように迫られたら、ギャッといって身をよけるはずである。やりたい気持ちもいっぺんに萎えてしまうだろう。これが正常な日本人の反応であって、そうでなければ日本人とはいえない。

(タイのずる賢さは、ポンビキを使わず、客の自由意志ですべてやらせようとするところだと思う。客は女にたどり着くまでのさまざまなプロセス(バービアetcからはじまり・・・)においても、擬似的探検を通じて好奇心の満足を得る。擬似恋愛もその一環である。これがタイ人の中国人との混血に由来する「悪ごすさ」といえる)。

東南アジアを楽しく旅する秘訣は、人間にあまり近づかないこと、「見る立場」に徹することである。

未開人というのは本当に何もしないでいられるのだ。一晩中、同じところにただタムロし、何をするということもなく、時に突然奇声を上げ、夜明かしすることができる。彼らの大半は日本の基準から言えば「白痴」である。

同じ小路の同じ近辺に何の用もないのに時おり奇声を上げながら、下水管の汚れがこびりついてとれないように、一晩中タムロしている。

とくに悪事をたくらんでいるわけでもなさそうである。トランプやチェスをやっているわけでもない。ただ「こびり付いている」のである。特に凶悪でもないがゆえに、なおさら汚らわしく感じる。人間の尊厳性と考えられているものが生じる以前の人類の動物的生態を見せ付けられているようである。時々意味もなく名状しがたい奇声を発するが、とくに狂っているというわけでもないようである。これが意識が生まれる前の、意識と無意識が分離する前のナマの生の姿というものなのかもしれない。とにかく、気持ち悪いことこの上ない。

この下水溜のような連中は理屈では理解できない。したがって、今危険でなさそうに見えるものが次の瞬間どんな行動にでるかも予測しがたい。どんな恨みを買うのか、なぜ恨みを買うのかも合理的には予測しがたいだろう。だから、防御の仕様がない。

ジーパンの尻を切られてだめにされるくらいはまだ良かったほうだと思わなければならない。いきなり血を見たりするよりは。あの男は自分がどういう動機でどういう感情からそれをしているのか、自分でもよくはわかっていなかったかもしれない。はっきりした理屈もなく、マグマが噴出するようにそれをしたのだろう。

悪いことばかり書くようだが、美女を見慣れてしまえば次には悪いことばかり目に付くようになるという、ありふれた顛末である。

24日。

この2,3日、Liaが店を閉めていて姿を見せなかったが、夕方とつぜんプサカの私の部屋に継ぎを当てたジーンズを持ってきてくれた。金は取らない。すそを切ってその布を当て、すそを短くまつってある。すそが短すぎる。Levis512のスタイルが奪われてしまった。512はいまはもう日本では売っていないと聞いた(マレーシアには売っていた)。

ここにも親切にしてくれる人はもちろんたくさんいる。ちゃんとした人もいる。しかし、マトモな人はたいてい女性である。男はほとんどクズばかり。野蛮人そのものといっていい。女もクズばかりなタイよりは、少しましな国といえるのかもしれない。

プサカが連れ込みとノンクロンとで一晩中うるさいので、ポンドック・アジサカAjisaka(Adysaka)に部屋を取る。4万ルピア。このへんでも一番安い。アジサカのキモチわるいおばさんはなんと家族もちだった。売春婦を30年続けてなお現役という雰囲気なのだが、若い亭主と中学生くらいの男の子(女の子でなかったのは本人のために幸いである)がいる。

プサカPusakaの方も継続。プサカの方が清潔だし風呂場は快適である(チパナスは何より温泉である)。一長一短あり。プサカは以前泊まったときよりもうるさくなった。シーズンオフにもかかわらず、否、シーズンオフだからいっそう、一晩中騒がしいことになる。ツーリストが来ない分地元の若者の連れ込みや売春貸しで稼ごうとしているかのようだ。

アジサカは奥まったところにある中庭式の宿なので、夜は静かなように見える。少なくともバイクが頻繁に出入りするということはなさそうに見える。アジサカは深夜は外から中庭に入る鍵を閉めてしまう。売春の濃厚な臭気が立ち込めたような一角だが、やっていることはプサカも同じ。

インドネシアの猫はMAU!となく。なくというより吼えているように聞こえる。体格の良いネコだけを交配していったら虎のようになるのだろうか。

Liaは今夜も店は閉めている。理由はよくわからない。スポーツをしに行くとか言っていたが、このところ精神的にも身体的にも参っているように見えた。

おそらくLiaは隣の店の白塗り女とトラブルがあったのではないかと想像する。隣の白塗りの若い女(Intan)はLiaの店に客が入ると大音響でステレオをかけ始める。

チパナスCipanas 07年1月 その1

1月19日。

午前10時過ぎにガルッGarut着。アンコタを市内で一回乗り換えて、チパナスCipanasへ向かう。11時ごろチパナスCipanas着。

ポンドク・ムンターリーPondok Mentariに入る。週末のため6万ルピア。2階の二部屋を借りる。片方は5万。

ロータリーの食堂のリアLiaちゃん(ちゃんというにはお姉さんすぎるが)に、Bajigur(バジグール)という飲み物を教えてもらった。リアの店にあるのではなく、近くの高級ホテル、ティルタ・ガンガTirta Ganggaの残り物をこのへんの人にただで配っている。これも一種の薬湯。バンドレックBandrekほどの刺激はない(たんに生姜があまり入っていないということ)。

今回リアは顔色が悪く、頬がこけて元気がなさそうである。

いつも夜中じゅう店を開けていて、店のコンクリートの床にダンボールを強いて寝ていれば体を壊すのも無理はない気がするが。

いまもホテル・ティルタ・ガンガには日本人がたくさん泊まっていて、昨日は5人もリアの食堂に来たという。しかし私はまったく見ていない。

20日。

一人で来ているらしい毛唐がうろうろ歩いているのを見た。キョロキョロとスケベそうに覗き込み、通りがかる普通の女の子たちをジロジロ見ている。ポンビキたちにいちいち反応している。女目的のようである。こういうやつがアジアにエイズをまきちらすのだろう。

21日。

アンコタでガルッGarutの町に出てみる。あらためて見ると、ガルッは緑が多い良い町である。ジョグジャYogyaデパートに行きTシャツを買う。ガルッのジョグジャは荷物の取り上げもなくのんびりした雰囲気である。

ガルッの町を歩き回り聞きまわってインターネット屋を探し当てる。わかりにくいところにある小さなネット屋に入る。Linuxだった。日本語を書くことはできない。日本語の表示はできるが、サイトにより表示できたり出来なかったり。ココログの管理画面は「ごくたまに入れる」ようだが、操作はほぼ不可能。日が暮れるまで、たぶん3時間ぐらいネット屋にいた。アンコタでチパナスに帰る。

Liaの店に若い日本人グループが来ていた(しかしなんだか韓国人のようなキツイ目つきだったが。日本人も最近は茶髪をあきらめて黒髪にもどしたのだろうか。みんな黒髪だった)。チパナスで日本人を見るのは多分はじめて。

私は日本人がこういう新しい(?)リゾートにどんどん来て、日本人のためのリゾート環境が開発されていくことに基本的に大賛成なのだが、・・・・店の外にいたLiaに日本人だよといわれてちょっと覗き込み(目が合ったやつの目つきがキツかったこともあるが)思わず、見つからないようにという感じで逃げてしまった。

毛唐がたくさん来ることを思えばはるかに良いのだが・・・・。長く旅行しているうちにだんだん隠者体質になってきているのかもしれない。

部屋に帰ってみると、部屋の外に干しておいたリーバイス512の尻のところが真一文字に5センチ以上切り裂かれていた。

ここで働いている小間使いの男がやったのに違いないと思う。2階は2部屋とも私が借り切っていて、小間使いと大家と私以外誰も上がってこない。外部のものが、リーバイスを切り裂くために上がってくるということは考えられない。

この男とは以前からソリが合わなかった。直接には、私が自分の衣類を自分で洗濯をするのが気に入らなかったのだと思う。前回ここに来たときにも、この男は自分に洗濯をやらせろとといってきた。しかしかなり高いチップをやらなければならなかった。洗濯は毎日のことである。また、この男がしょっちゅう女を持ってこようとするのをいつも断っていたのも気に入らなかったのかもしれない。一回女を世話すれば彼らの収入から見ると大変な額が手に入るのだろう。夜中に突然「マッサージ」女がノックしてきたのもこの男が差し向けたのかもしれない。(トビキリいい女(町で見かける素人のかわい子ちゃんのような)を持ってくるなら別だが、こいつなどの持ってくる女はその辺にタムロしている見慣れた白塗りお化けの類である)。

彼はいつも自分を現実以上に偉そうに見せたがる男で、私が大家と何か交渉ごとしていると英語も一言も話せないのに口を挟もうと入ってくる(大家はすこし英語がわかる)。3,4人の妻を持っていること(養う甲斐性があるということ)をしきりに自慢する(バンドゥンの屋台の兄ちゃんでも3人妻がいるといっていた。通うだけなので要するに3人女がいる程度の意味だろう)。とはいっても、すでに中年なのにこんなところで掃除や洗濯の小間使いとして働いていて、夜は外の長椅子で寝ている。

明日は当然のようにこのポンドック・ムンターリーをチェックアウトする。ポンドック・プサカPusakaを予約しておいた。

若い日本人ツーリストたちが帰ったあとのLiaの店に行くと、Liaがしきりに日本人は英語が出来ないという。Liaの英語もむちゃくちゃなのだが、どこからか「日本人は英語が出来ない」という「日本人の弱点」を仕入れてきたらしい。

(先日このネット屋でアフリカ黒人から「英語を話せる日本人にはじめて会った」みたいなことを言われた。どれだけの日本人に会ったことがあるのか知らないが、私が日本人は彼らみたいにしゃべくること自体あまり好きじゃないからそう見えるんだろうとか言うと、「いやいや君は英語が話せる」とか何度も念を押してくれる。そういうとこっちが喜ぶと思っているようである。「日本人は英語が出来ない」だけでなく「英語ができないことにコンプレックスを持っている」というのも通説になって流布しつつあるようである)。

こういうくだらないことは言わない女だと思ったのだが・・・・、おそらくさっき来ていた日本人ツーリストたちが英語が出来ず、卑屈になって自分の「弱み」を強調して見せたのだろう。

しかし、土人に「弱み」をみせれば、それが本当に弱みであってもなくても、これ幸いとそこに押しかぶさってくるだけなのだ。

言葉の世界では、「通じないのは相手が言葉を知らないから」という原則を堅持できたほうが勝つ。つまり政治力。英語を母語とする国民には、英語が通じないのは非ネイティブの方がわかっていないからだという推定が働くから、それだけでも英語の世界では政治的に優位に立っている。この優位性は永久に変わらない。つまり、外国語の語学力を重視すれば重視するほど、非ネイティブは政治的に不利な立場に追いやられることになる。

Liaは今までわかっているフリをしていたようだが、私の英語もわからないという。「彼らはスチューデントか」と聞いたのがLiaにはまったく通じなかった。「ステューデント」でもダメ。結局、「ストゥーデント」でなければ通じない。Liaによれば、スチューデントやステューデントは「日本人英語」で、正しい英語は「ストゥーデント」だそうである。

「白人の英語がわからないのは自分のせいで、日本人の英語がわからないのは日本人のせいだ」というのが、国や民族を超えてアジア土人に共通な思考パターンになってきていることも注意である。

これは旅行上は結構大事なところ。土人国に行く人はよく押さえておいた方が良い点である。ここで卑屈な態度やひるんだ態度を見せるなら「それゆえに」待ってましたとばかりに押しかぶさってくるかもしれない。「それゆえに」見下され軽んじられるかもしれない。未開人にとって力は聖なるものである。(古代日本では「天子の徳」と書いて「スメラミコトのイキホイ」と読んだそうである)。

アジアの国々を旅していて普通に出会う英語話者は多かれ少なかれこの手の連中が多い。ちょっとまともな人間でも英語を学ぶと「奴隷同士」の上下を競い合う下司に成り下がる。この意味で、英語というのはそれを学ぶ人間を卑しくする言語であるといえる。そして、そうなった結果いちばん得をするのはもちろん英語国民である。

インドネシア語のような片言言語が国際共通語であったならこんなことは問題にならなかっただろうし、言語産業(この場合はインドネシア語産業)もふるわなかっただろう。インドネシア語は一応話すには簡単すぎるからである。

他民族にとって習得しにくい支配民族固有の民族言語を国際共通語として押し付けるためには政治力・軍事力が必要だが、帝国主義時代にいったんそれに成功してしまえば支配民族としてはこれほど都合のいいことはない。他民族はその支配言語を習得することだけのために知的精力の大部分を使い果たし、しかもカネも払ってくれるからである。支配民族の固有言語を習得するためには、支配民族の文化習慣やものの考え方も身につけなければならない。こういうことをやらせていれば他民族が固有の創造性を発揮して支配民族が思いも及ばないようなことを企てる知的余力は残らないだろうから、どこまでいっても言語支配民族の勝ちということになる。

アジアに長期滞在し国を転々としながら幼女姦や日本での「肉便器滞在」などを常習としている白人の多くが「英語教師」の肩書きでビザを取っている。貧しい国では彼らが落とす金のためにも周囲の者は英語を学ぶ必要がでてきて、ますます英語が必要とされ英語教師の需要は尽きることがない。

アジアで英語教師になるためには英語が出来るだけでは難しく、是非とも白人でなければならない。また、白人でありさえすればオーストラリアの中卒高卒でも可なのである。

日本の学校では週5時間も6時間も英語の授業をやっていたと記憶するが、この時間をすべて日本語の訓練に切り替えてシゴいていたなら、相当優秀な日本人が出来ていただろう。私の環境では国語教師は愚かで教授法も確立していないようだった。しかし本来なら、もっとも優秀な者が国語教師になるべきなのだ。

ロシア語やアラビア語を(インドネシア語はもちろん)大学で学ぶ人たちが、大学に入ってからの訓練でこれらをモノにしてしまうことを考えると、外国語は必要になったときに本気で勉強すれば必要な限りですぐに身につくものと思われる。50を過ぎてからタイにはまった買春オヤジが(必要と欲望に迫られて)タイ語の読み書きまでできるようになる例も少なくないのではないか?

50を過ぎてから買春旅行を始め、女遊びのためだけにタイ語とスペイン語(中米で遊んでいたらしい)をマスターしたと言う人に会ったことがある。バーで覚えたタイ語は素性がばれるとかそんなことはこの際どうでもいいことである。大阪で覚えた日本語は嫌われるといっているようなもの(その通りだろうが・・・しかしその人も「日本語ができる人」に分類されるだろう)。

義務教育でどうしても外国語を教えたいというのなら、インドネシア語を必修にするのも面白いかもしれない。マレー語などを含めれば世界の話者人口は英語ネイティブ人口に匹敵するだろう。週一回の授業で3年もやればかなり話せるようになるのではないかと思われる。

しかし、日本の義務教育から英語をはずすことは、アメリカの政治的な圧力により不可能なのかもしれない。

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