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マラッカ航海日誌補遺

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日本がやる指紋採取は悪

日本も国民全員に指紋のついたIDカードの携行を義務付けたほうがいいのではないか?

そういう国は少なくない。それをやられて困ることがあるか?

後ろ暗いところがなければ、自分がどこに行って何に触ったかを警察に把握されていても問題はないはずである。

今度導入された日本に入国する外国人に対する指紋押捺制度反対を主張している人の理由にはどうみても滑稽なものがある。

「日本では指紋をとられるのは犯罪者だけだから、犯人扱いだ」という理屈など。

こういうのは「私は甘やかせば甘やかすほど増長しますよ」と言っているようなものだろう。

最初から日本国民全員の指紋を採る制度にしておけば何の問題もなかったのである。

指紋を採られることについての一部の特殊な日本的情緒を、指紋押捺に抵抗感のない外国人にまで「押し付け」ようとするのはさらに奇妙な話である。

毛唐はこういう理屈には無条件に食いついてくる。

つまり、これは使える、日本人はこの理屈に弱い、と思えばすぐに白人は飛びつき何でも採用して「私の主張」にしてしまう。

そして翌日には大声で連呼し始めるだろう。

それは自分が感じたことでも考えたことでもある必要はない。その主張が「敵を押し込めるのに有効かどうか」だけが問題なのである。

彼ら白人の目的は、まずは日本の出入国管理をズタズタにして、タイのように、白人なら誰でもスラスラ入国できて、気ままなセックス滞在、やんちゃ滞在(乞食滞在を含む)を好き放題にできる国にしたいということなのだ。

日本人もタイ人のように「白人を尊敬し」、白人男の前に股を開くことしか能のない白痴な猿国民になってほしい、すでになりつつあるが、そうなりきってほしい、というのがアメリカを含むすべての白人国家の日本に対する究極の願望である。

マレーシアの官報的英字紙New Straits Timesの今日の国際面トップはこの記事である。

Imgp3584

内容は日本の報道とほとんど変わらないが、国際面でも日本のニュースなどほとんど報道することのないこの新聞が、このニュースをトップに持ってきた。

なおダライラマ来日のニュースは今日を含めて2度ほど載ったが極めて小さな扱いである。

(この新聞の今日のスポーツ面は「クリケット」がトップで、あとはイギリスのサッカーチームの話題ばかりだった。アジアには心底植民地人間になっている者がエリート層に多いということを覚悟しなければならない。)

 
携帯電話で指紋認証を使っている人も多いだろう。指紋採取は特殊なことでも嫌なことでもない。

サインによる識別も、筆跡が個人の脳の働きのある変えられない特徴を表現しているからこそ可能なのである。

これのほうが指紋よりもさらに、プライバシー中のプライバシーといえるだろう。

「指紋採取」に対する変な日本的情緒、いわば「文学的な情緒」自体を正面からお払い箱にする必要があると思う。

これをしないかぎり、赤ん坊のダダのような理屈を繰り返す者は際限なく出続けるし、それに乗っかって(日本のタイ化のために)利用しようとする外国人は絶えることがないだろう。

 
また、外国人に犯罪者が多く出る蓋然性が高いということは、事実である。テロに限らない。これも正面から認めるべきである。

犯罪の抑止はやはり刑罰に負うところが大きい。日本のコミュニティに属さない外国人の場合はなおさらである。

ところが、出入国管理がいい加減で、自由に入国し自由に高飛びできるような条件があるならば刑罰を逃れることが容易になるのだから、それだけ刑罰の犯罪抑止力は低下する。

そういう条件の下では、犯罪目的で日本に入国する外国人も当然増えるだろうし、犯罪に至らないとしても破廉恥行為目的やセックス滞在目的で日本に入国する者も増えるだろう。

このことは屑外国人を集めて商売にすることを国策としてきたタイ国家の入国管理政策が証明しているところである。

日本国民にも指紋採取を義務付けるべきという議論からはじめると、考えなしに指紋は嫌だという群衆が多数を占め、「日本国民に指紋登録を義務付けないなら入国する外国人にも強制すべきでない」という珍妙な理屈がまかり通るようになってしまいかねないのが、残念ながら今日の日本の群集的民度であろう。

どこの国でも外国人は犯罪を犯しやすい条件があるということを正面からハッキリさせていくことのほうが大切だと思う。テロでごまかすべきでない。

山手線車内で陰毛が見えるほど裸になることも日本では犯罪である。しかしその外国人は「日本でそういう行為が違法だとは知らなかった」と言い張るだろう。

では自国では犯罪ではないのか?

「いや、アジアの国にそんな法律があるとは知らなかった」、とでも言い張るだろうか。

しかし、英語教師やヒモなどで生活しながらアジアを浮遊する浮浪外国人の立場になればと、そんな抗弁も普通にすらすらと口から出てくるのである。

 
タイは白人出入国・白人滞在には極めて極めて寛容だが、タクバイのイミグレではマレー人にだけ指紋照合を強要している。しかしこれを批判する白人は一人もいないだろう。
 

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パーム油タンカーを襲うグリーンピース船

白人NGOは80年代からパーム油を標的にして攻撃してきたが、当時の理由はパーム油が身体に悪いということだったようである。

ところがその後の科学的な研究によりパーム油が身体に悪くないということがわかると、彼らは理由を変えていった。

現在の理由は、パーム椰子栽培が森林を破壊し生態系やオランウータンの棲息を脅かすという理由である。

彼らにとっては有色人種の人間よりもオランウータンの棲息のほうが大切なのである。

アジアの黄猿ももっとしおらしく棲息していたらオランウータンなみに白人に大切にしてもらえただろうか、というと、そうとも限らない。

黄猿はオランウータンと違い数が多すぎるし、なにより喋るから。

白人NGOのターゲットにされているのはなぜかマレーシアとインドネシア。

タイもパーム油を生産しているが白人の攻撃を受けることはない。

彼らの主目的は、彼らが都合よく変えるこれらの理由にあるのではなさそうである。

とにかくマレーシアやインドネシアのパーム油プランテーションを弾圧したいということだろう。

白人にとってはアジアの国が豊かになること自体が気にいらない。

アジアは貧しく後れていた方が本当は白人には都合が良い。そのほうが収奪しやすいからである。

例えば、貧しい国だから女が安く買える、幼女も買える、 というのと同じことで、貧しい状態に維持しておいた方が一番取りたいところを簡単に収奪しやすいのである。

もしもマレーシアやインドネシアのパーム油プランテーション主が当然のように白人だったら、白人のこんな運動は最初から起きていないだろう。

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(右の黄色い旗がグリーンピースのテロ船。左がパーム油タンカー。グリーンピースが「敵」と定めた船舶に対していかに危険な妨害行為をするか良くわかる。彼らがどんなテロ行為を行っても攻撃を受けるほうは撃沈することも拿捕することもできない。彼らのテロ行為を支えているのが全白人マスコミだからである。ぶつかって彼らを沈めたら「環境破壊者がNGO船舶を攻撃した」といわれるだろう。もし日本船舶がそれをやったなら日本の猿がKamikaze攻撃で環境保護活動家を殺そうとしたと言われるだろう。〔BBCが日本の捕鯨を報じる見出しはkillである。huntでさえない。日本の捕鯨記事はkillで満たされる。狐のときはhuntだろう。「日本人がクジラを殺しに出発した。日本人は南極海に来るべきでない。・・・」そもそも白人がヨーロッパから出なければよかったのだ〕。彼らの卑劣さは、彼らは決して死なないし非難されることもないことをわかっていながらやっているところにある。この点で、グリーンピースよりはアルカイダのほうが道義的にはよほど上等だといわなければならない。)

 
世界で石油資源の流通を支配する白人が、白人の支配に属さないエネルギー資源を支配する有色人種の出現をいかに恐れていることか、それが「マレーシアとインドネシア」を標的としタイやフィリピンはスルー、という彼らの態度に表れているように思う。

白人の「力をもった有色人種への恐怖」、その恐怖心はほとんど生理的なものだが、それは彼らの歴史的悪業に由来し、人種的無意識とでも言うべき通路を通って表出されているように思われる。

白人は中国に対しては何かにつけてアマアマだと思うが、それは中国が白人にとって有利なマーケットだからというよりむしろ、中国がエネルギー資源には乏しく、どれだけ発展しても結局は白人が支配している石油と食料に依存する国で、究極的に白人の脅威にはなり得ないということがわかっているからではないだろうか。

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(写真はマレーシア紙New Straits Timesより)
 

シンガポールで「反ミャンマー軍政」デモをする白人学生たち

鬼のシンガポール政府も白人学生のデモには手を出せないようである。

デモ参加者はインターナショナルスクールの生徒だそうで、イギリス人、ニュージーランド人など。 彼らの「ミャンマー民主化」の訴えは、およそ「日本の捕鯨反対」と同じセンチメントに出たもので、熱意で言えば捕鯨反対ほどではないというところだろう。

つまり、ミャンマー人民が(仮にJuntaの犠牲になっているといえるとしても)彼ら白人にとってはクジラ以下の生き物でしかない。

アングロサクソンには「恥」という観念はないといわざるを得ない。「歴史」もあるようで実はないのだろう。

彼らにとっては「植民地支配で良いこともした」ではなくて「植民地でもどこでも良いことしかしていない」「アングロサクソンは世界中で良いことしかしたことがない」なのである。 この点はよく頭に入れておく必要があると思う。

日本のネットウヨの一部には、最近のフランスやイギリスの植民地支配肯定論、歴史修正主義を援用して、その相伴に預かろうという卑しい発想もあるようだが、見当違いもはなはだしい。

白人の植民地支配肯定論の本質は、「白人がやったことだから正しいはずだ」というものであり、日本がそのお相伴に預かれる可能性は原理的に存在しないのである。

日本は歴史認識においても、白人の歴史認識には一切期待してはいけない。

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(20日付New Straits Timesより)

「白人だから取り締まられないはずだ、やってしまえ」、といって、キレイゴトを言い立ててデモをしているこの卑しい毛唐どもの馬鹿面を良く見てやって。

こいつらも来年のハロウィーンには日本に来て酒飲んで山手線の中で裸になるかもね

シンガポールでは「4人以上のラリー」はご法度ということ。

この写真に写っているのは3人だけだが、実際何人がデモしたのかは不明。記事には少人数とだけある。

このマレーシア紙は、取締りをしなかったシンガポール政府の面子を立てて3人だけ写しているのだろう。
 

 

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