FC2ブログ

マラッカ航海日誌補遺

日本って「emerging Asian power」なのか

このところ連日反日記事をたれ流しているNew Straits Timesだが、ドジンの本能的日和見感覚からか、たまにぽっと前触れもなく親日的な要素のある評論を載せたりする。今日のインドからの評論もそんな中和剤である。

連日の反日評論とたまに載せるやや日本に好意的な要素を含む評論との間の脈絡などはどうでもいい。

彼らに新聞社としての定見などないし、必要もない。

彼らの綱領は、よく勉強した英語で旧英植民地のレガシーを十分発揮した旧英植民地人たるにふさわしい教育のありそうな評論を書き、イスラム国マレーシアとしての最低限の独立を前提として、白人をおだてる記事を載せていくことだけである。

反日記事は、白人も喜び中国人も喜び、その上日本人は怒らないどころか彼らの仲間内にいる日本人には歓迎する者も多い、便利な穴埋めである。アジアの国際情勢について何か評論らしいことを書きたいときには反日記事を書いておけば間違いないのである。

このように反日記事を垂れ流していく一方で、辛抱強い日本人読者が万一にもキレれてしまわないように、たまにほんのちょっと親日風の記事を載せてバランスもとらなければならない。

一応マレーシアを代表する英字紙である。読者の中には少ないとはいえ普通の日本人もいる。こうやって日本にまでご注進する読者もいる。

しかし、「外国に嫌われること」を何よりも怖れ、アジア人にへつらうことに熱心でそれを倫理とさえ考え、貧乏人や野蛮人のご機嫌を取る態度を好み、さらにはそんな自分の卑屈な態度を恥じもせず、それどころかを「そんな私はリベラルでよい人」と感じて満足する傾向のある日本人たち、そんな態度を取っているうちに自分自身本当に野蛮人好きになってしまいかねない「自我の弱い」日本人たち、を喜ばせるには、このくらいの薬で十分である。

そういうわけで、NSTは今日、連日の反日キャンペーンに対する中和剤としてインド系記者がインドから送る評論を載せた。

「日本とインドとの関係は、冷戦時代はちょっと悪かったが、小泉首相のころからよくなり、安倍首相の時代になってますます希望が持てるようになって来た。

日印関係には難しい問題はなく、一方、日本は経済的に大いにコミットしている中国との関係はあまりよくない。

インドはこの好機を逃さないようにしなければならない。なぜなら次のリーダーはまた「西を向く」かもしれないから。」

というような内容である。

言われつくしていることを並べただけなので特にコメントすることはないのだが、私は2つほど気がついたことがあった。

ひとつは、"The two emerging Asian powers, who have no contentious issues between them,...."という表現。two powersというのはもちろんここではインドと日本のこと。ところがtwo emerging powersだから日本もemerging powerだということになる。

インドがemergingなのはわかるが、日本もemerging(新出現、新興の)なのか?

これを読んで少し変な気がしたが、案外これが客観的な世界の評価なのかもしれない。

少なくともpowers(強国、列強)の一つとしては、日本は「新興国」に過ぎない。日本では日本は大国だというのが普通に通っているが、外から客観的に見ると"the second largest economy"であってpowerではないということだろう。

われわれはどうしても戦後の風潮の中で息をしてきた。

自称右派の人であっても、保守の人でも、文化・教養・伝統・知性を尊重し財力の意味をも知るとしても、政治、軍事、ゲバルトの意義を軽視する傾向を逃れることができないのではないかと思う。とくに軍事、ゲバルトの意義についてはみな言及したがらず、あえて言及する者はエキセントリックな議論に走りがちではないだろうか。

私もその幣を免れないのでエキセントリックな提言をあえてすれば、われわれは国策を論じると同時に、個人レベルでまず、軍事、ゲバルトの重要性を見直し真摯に自己を省みなければならないと思う。自分自身の体を鍛え、できれば護身術や武術を身につけておくことが望ましい。勘と運を磨くのこと同じく重要である。

イスラエル人のバックパッカーは世界の鼻つまみだが、若者が兵役明けに一年休暇をとって世界を放浪するというのは、国家のためには悪くない習慣である。(ネパールのシャツ屋で200ルピーの言い値に対して(100ルピーに負けさせるのなら理があるが)、イスラエル人は平然と10ルピーとか1ルピーとか言い放つのである)。

もう一つは、日本はいつも西(West)ばかり向いてきた(いる)、という不満の表明である。

これは案外興味深く、アジアに共通した日本に対する根深い不満であり、日本に対する彼らのいわゆる「疑念」のようである。

中国でさえこの感情を共有しているように見える。安倍首相が就任初外遊をアメリカでなく中国にしたことを「アジア重視」として歓迎したことも、「アジアの盟主たる中国」という中華思想からだけではないのではないか?

われわれは案外この点に気づいていないのではないか。

彼らのこの「不満」に理があるかどうかはどうでもいいし、結論から言えば「理」などあるはずもない。

しかし、彼らの「反日の背景」の一つにこの不可思議な情念があるというところは見落としてはいけないのではないかと思う。

私などから見ると、(東南)アジアの連中のほうがよっぽど白人の茶坊主で、野蛮人生活をするか西を向くかしかしていないように見えるのだが、彼らの情念の中には、「日本はアジアの癖に西ばっかり向いている」というのがあるようだ。「お兄ちゃんの癖に遊んでくれない」というダダにも近いが、アジアにかなり広範に共有されているところの「反日の背景」のように見受けられる。

確かに西ばっかり向くのはよくないことである。

最終的にわれわれは毛唐とうまくいくわけがない。彼らは千数百年戦争と殺戮に明け暮れて、そのような歴史の中で遺伝的にも半ば人工的に自己を形成してきた特殊な体質を持つ人間集団である。

そのような遺伝的人間集団とほかの遺伝的人間集団とが平和的に共存できる道理がないのである。外交は彼らとは決定的に相容れないということを自覚した上でのトレードでなければならない。

元駐タイ大使に代表されるような「親米保守」なんてのは百害あって一利なしだと思う。

「アジアは一つ」ではないが「白人は一つ」である。戦闘に適するように牧畜技術によって交配されて形成された血縁集団である。「日本民族が一つ」であると同程度に白人は一つである。遺伝的にも言語的にも文化的にも、白人種は、日本民族がその内部に有する程度の多様性しかもたない。

そして彼らは、その破壊的な人種的特徴が弱められた世代になるまでは、人類の多様で豊かな生存にとって、隔離を要する人種なのである。

スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://kuantan.blog74.fc2.com/tb.php/124-075cb7a5
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)