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マラッカ航海日誌補遺

「ご冥福をお祈りします」ということ

最近物騒な、というより凶暴な事件のニュースがいくつも報じられた。そういうことはいつでもあるのだが、ニュースが立て込んでいて、多くの人が亡くなっている。

ワイドショーの司会者や新聞の社説やコラムが被害者たちに対して「ご冥福をお祈りします」という言葉を捧げることは、悪いことではないだろう。昔はニュースのキャスターもやっていたのではないだろうか(いまもやっているのかな)。

しかし、ブログやネット上のコミュニティや掲示板でもそういう言葉書いたほうがいいのだろうか。

このような問いをすること自体、人によっては無礼に思われるのかもしれない。

ようするに、私はこの言葉が苦手である。

私が鬼畜のような人間で共感能力が足りないのかもしれないが、とにかく昔から好きではない。

ニュースで見聞きして知っただけのことである。自分に縁のある人が亡くなったわけではない。

人なら毎日、実に毎日、昨日も今日も、多くの人々が、ほとんど誰にも知られることなくひどい目にあって虐殺されているはずである。

「ご冥福・・・・」の言葉が捧げられるのは特別にニュースになった者たちの特権であるとさえ見えなくもない。

私のブログには、このブログが大嫌いなくせに、しつこく見てくれている方々がいることがわかっているので、こんなことを書くとそういう人たちにとってはますますこのブログの主が忌々しくなるか、あるいは鬼の首を取ったような気分になるかもしれない。しかし、正直に言ってそういう風に感じられるのである。

私はバージニア工科大事件の犯人Choの残したマニフェストを扱った。そこで私はChoの犯罪を憎むとか憎まないとか、あるいはChoの暴挙に巻き込まれて亡くなった人たちの冥福を祈るとか、そういうことは一切書かなかった。私はこの事件そのものを時事ニュースとして扱おうと思ったのではなく、Choのマニフェストについてだけ扱ってみたかったのである。

このような態度に悪い印象をもつ人がいるかもしれないし、あるいはその点をつかまえて邪推をめぐらす人もいるかもしれない。

しかし、そもそも縁もゆかりもないあかの他人で、ニュースになるまで顔も見たことがない人々の死を、心から悼むなどということがそうあるだろうか。

人の命を尊び死を悼むべし、というのなら、たまたまニュースで大きく取り上げられた犠牲者だから悼むというのでなく、人は毎日死んでいるというだけでなく今この瞬間にもレイプされ虐殺されている人々がいるにちがいないという事実に思いをいたすことのほうが誠実ではないか。

とはいえ、私とてもし実名ブログを開いていたり、和気藹々のコミュニティで発言しているのなら、そういう事件に触れるときはそれなりの哀悼の表現をするだろう。

そして哀悼の表現以上の批評や、その言葉に矛盾しかねないような発言は控えるに違いない。

バージニア事件に関していくつかのブログ等は、事件に関する韓国の報道が犠牲者に対する哀悼をまったく表現していないという点をとらえて情緒的な非難を展開していた。

一方、私も愛読しているある立派な保守系ブログには、このような凶悪犯罪が引き起こされたのは半島特有の病理によるものである、というようなかなり口汚いトラックバックが削除されずに載っていた。

私も十分口汚いので、他人の口汚さを批判するつもりはまったくない。

また、私はセンチメンタリズムがまっとうな理屈を捻じ曲げることを十分警戒するつもりである。

そのことを前提としてあえて言うなら、Choのような犯人、しかもすでに死んでいる者を、さらに追い込んで叩きのめすような言動が、日本的なもの、日本人らしいものだろうか、という疑問が残る。

われわれに必要なのはChoの暴挙に乗じて半島人をさらにたたくようなことではないと思う。

そうではなくて、われわれがせっかくのネットですべきことはたとえば、長崎市長殺害事件のようなたんなる「ヤクザの刑事犯罪」をあたかも「危険な反動右翼勢力が民主主義に挑戦する政治的テロル」であるかのように粉飾し、世界に発信しようとたくらむ左系マスコミの薄汚い下心を暴いていくようなことではないだろうか。

彼らは海外で誤解釈されて、さらに増幅して報道されることを期待して、誤解されやすいように作り上げたウソすれすれの記述を故意に発信するのである。

半島が絡む話に触れるのは疲れる。

「タイが嫌い」だといっただけで、本気で「在日認定」や「朝鮮人認定」してくるやつらが、タイヲタにはわんさといる。

その理由は「タイは親日国だから」だというからあきれる。事実認定の見当はずれから論理の飛躍まで、あきれることだらけである。しかし、タイ業界の民度はそんなところなのである。

寛大な私とて朝鮮人認定などされたくない。

それは当然だろう。たとえばタイ人でも隣接するどの国の人間のレッテルを貼られたとしても怒るに違いない。タイより豊かなマレーシア人やシンガポール人のレッテルでも同じだろう。日本以外の国で、外国人認定されて憤慨するのは人種差別だとでも言うかのごとき言論が流通しうる国はない。同時に外国人認定などということは大変な侮辱になることを自覚すべきである。

ともあれ、タイヲタや気違いネットウヨが、やっぱり気違いであることも否定のしようのない事実である。

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コメント

私も・・・

私も「ご冥福を・・・」というのは書きづらいですね。
心底そう思っているならともかく、ちょっと有名な人、可愛そうな死に方をした人に言う気になれません。

ニュースのアナウンサーは芸能人の死のときだけ言っていますよね。
あれも何だかとって付けたような気がします。

  • 2007/07/05(木) 07:35:19 |
  • URL |
  • bababobo13 #XPHB1jjE
  • [ 編集]

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