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マラッカ航海日誌補遺

チュンポン Chumporn/ Chumphon

4月25日。

正午ごろスラタニSurat ThaniのHotel Thail Thani(中華大旅社)をチェックアウト。

まずホテルホテルの裏にあるバス停に行く。並んでいるチケット屋のような代理店のようなところで、チュンポン(Chumphon/Chumporn)行きのバスはあるかと聞くと、その店の男が、チュンポン行きのバスは今日はない。壊れている(broken)、車しかない、タクシーがある、などと見え透いた大ウソをつく。すぐにそこは見切りをつけて、隣の代理店に移ろうとすると、あわてて待て待てなどというが、すでに遅し。隣で聞いたら、チュンポン行きが出るのはこのバス停ではなくホテルの向かいのマーケットのほうにあるローカルバス停だと教えてくれた。モトサイ(バイタク)で移動(10バーツ)。

このあたりは豊かなせいか、タイの他の地域で見るローカルバス内での食い物の行商は見ない。バス停の市場もあまり活気はない。竹に詰めた甘いもち米のお菓子などはない。青いマンゴも売りに来ない。焼き鳥もない。タイ南部が嫌いだといっている人は、ひとつは物価が高いせいだろうが、こういうところでこぎれいで先進国的過ぎるとか「アジア的な情緒がない」とか思うのかもしれない。たしかにもち米のお菓子はあってもよかったが。

かつてチェンマイで会った白人女は「静かな雰囲気が好きな人はタイ北部を好む、タイ南部はうるさいから嫌いだ」などと能書きを言っていたが、タイ南部でうるさいのはリゾート近辺だけであって、それ以外の町は北部のようなクズファランも売春婦連れ白人も少なく(もちろんいるが)、実際は北部より静かである。

4時半ごろようやくチュンポン(Chumphon/Chumporn)に着く。

チュンポンは今までの町に比べてやたらとタイ国旗や国王肖像画が目立つ。北のほうに来てしまったということだろうか。しかしまだマレー半島。

スラタニはまだムスリムも多かった。

そしてチュンポンはこれまでの町とはうって変わって、町にファランが目立つ。目立つといってもバンコク、チェンマイのようにうじゃうじゃいるわけではないが(チェンマイなどタペー通り近辺は白人のほうが有色人種より多いくらいだろう)、街路をのし歩くグループ、ホテルにゴテゴテ顔のイサーン丸出し売春婦を連れて泊まっている者など。当然ながら住民の感じもいよいよタイ的になってくる。思わずマレー語を使っても絶対に通じない。飯の注文でもマレー語が通じることがあるのはハジャイまでのようである。

スラタニでも目立ってはいたが、ここチュンポンはみんながみんな(といっても半分以下だろうが)そろって黄色いシャツを着ている。やたらに黄色が目立つ。Tシャツだったりポロシャツだったりするが、みな同じあの黄色である。中には黄色と薄紫の組み合わせなんて悪趣味なシャツのを着ているのもいた。

基地外タイ族の国王戴冠騒ぎがここではまだ続いているようだ。タイ族の国王戴冠狂騒は、来年かさ来年か、国王が死ぬまで続くのだろう。そのときに備えて続けているのかもしれない。

人は北部に比べれば親切である。町であのしかめっ面に出会うことも今のところはない。しかしやはりタイ人はタイ人、タイ族はタイ族であるとここまで来てしみじみ思ったりする。これまでの町では薄かったタイ的なものが濃厚にかぶさってくる感じがする。英語で何か聞いたときいかにもタイ的な基地外ババアが「日本人がファラン語をしゃべりやがって」というようなことを口汚く吐き捨てるように言っていた。日本人(イープン)と当てたところまではよかったともいえるが(しかしタイ人は「イープン」という言葉を「日本人」より広い意味で使うこともあるようだ、とくに北部で?)、タイ人は、こちらがタイ語をしゃべっていなくてもタイ人のしゃべることはだいたいわかるのだということを知っておいたほうがいいだろう。(タイ語は、しゃべるのはきわめて難しいが、聞き取るのはそれほどでもない言葉のように思う。タイ人のしゃべる内容の底が知れているからかもしれないが)。

チュンポンはいいところではない。タイで比較的良いのは南からスラタニあたりまで。南部で一番いいのはパッタニだが、もう少し実質的に安全になって(警察が尋問したりしなくなることだが)、しかもメディアでは危険だ危険だと宣伝してくれるとよいと思う。

荷物を担いだまま町を彷徨した後、Jansom Chumporn Hotelという、タイでは少し良いホテルの660バーツの部屋に入る。 このホテルに入る前に450バーツのホテルを見たが、クズ白人がグロタイ売春婦を連れて廊下を歩いていたのでやめた。

このあたりはまだ街中でも英語が通じることが結構ある。しかししばらく聞いていなかったのでタイ英語も忘れていた。タイ人がドリンクをディンク、ディンクというので何のことかわからないでいれば、確実に「イープンだから英語ができない」ということになる。白いイラン人やシリア人やセルビア人がでたらめな英語をしゃべったとしてもタイ人は熱心に拝聴するだろう。

こちらが英語で話しているのに「英語は話せるか」と聞き返してくるのもタイ人の得意技である。自分がごく基本的な英単語を知らないために理解できないくせに、わからないとなるとイープンだイープンだと大騒ぎし、こっちが日本語でも話しているかのように騒ぎ立てる。

ここから一番近いミャンマーボーダーはラノンRanongで今は開いているということ。これだけの事をフロントスタッフに聞くのに大変苦労した。以前は少しは話せると思っていたこともあるタイ語はまったく出てこない。ホテルの連中はまるでふざけた態度でイープンを連発していたが、居合わせた英語のできるタイ人客のほうが親切に携帯で人に問い合わせて確認してくれた。

夜になると、チュンポンの町は急に都会になったように感じる。これもタイらしい特徴といえる。多くの屋台が出てタイ料理が好きな人なら食べるものに不自由しない。しかし、タイ料理以外はない。

チュンポンにもインターネット屋はある。Jansomホテルの近くの、チェンマイのバービアのような構えのカフェにパソコンが4台ほど置いてある。そこは完全に毛唐のたまり場で客は毛唐だけである。近くには売春バーらしいカラオケやもっとトラディショナルな置屋のような場所もあり歩道に売春婦がたむろしている。そのインターネットのあるカフェは売春バーではなさそうだ。マレー人のような顔立ちの(少しアラブ系が混じったような色白の)なかなか感じのよい女の子が毛唐客の相手をしていたが、私が恐る恐る入っていっても愛想良く応対してくれた。もっともインターネットだけだったからかもしれない。この店のカウンターにへばりついて何か注文したりしたら白人客のほうが許さないだろう。ここにいる白人はマレーシアではなかなか見ないクズ丸出しのオヤジたちで、インターネットやりにきただけでもギロリとにらみつけてくる。マレーシアでははっきりとにらみつけてくる毛唐にはあまりあわなかったが、タイではよくあることである。白人のための空間に入り込めばもちろん、旅行者用の安い場所ではよく経験することである。たとえば夜行列車。エアコン車はまだ良いが、ノンエアコン寝台などに乗れば毛唐グループに敵意のこもった目でジットリとにらみつけられることがある。東京の6000円くらいのビジネスホテルで白人ツーリストにかち合っても同じような経験をする。 

北へ向かうとともにクソ暑くなる。そして蚊もひどくなってきた。ハジャイはドブネズミの天国だったが、蚊はいなかった。チュンポンは蚊がひどい。

 

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