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マラッカ航海日誌補遺

ラノンRanon=コートーン Kaw Thaung、タイツーリズムと児童買春の現実。および、タイ入管役人の私怨による「国王大権」濫用と有色人種外国人旅行者への嫌がらせの一例

4月26日。

午前10時半ごろJansom Chumporn Hotelをチェックアウト。フロントにラノンRanong行きのバス停まで行きたいからモトサイ(バイタク)を呼んでくれと頼むが、ホテルの裏だから歩いてすぐ、5分で行けるなどというので、荷物を担いでしばらくホテルの周りをうろうろする。バス停らしいものはまったく何もなかった。近所の人に聞くと待った区別の方角を教えてくれる。その方角にあるというバス停は地図にはのっているがホテルの人間はもう使われていないといっていたところのようだった。

もう一度ホテルに戻ってフロントに確認すると、そのフロント女は逆上して大声でボーイを呼びつけた。私はもうそこにはいないかのようである。ボーイがモトサイを拾ってくれた。ミニバスの発着所はまったく別の場所でほてるからはかなり離れたところだった。

私は最初からモトサイを呼んでくれと頼んでいたのだから、そうしてくれれば何も問題はなかったのだ。その手間が嫌だったのだろう。タクシー(モトサイ)さえ呼んでくれないというホテル。その上歩いてすぐそこだなどとでたらめを教え、それが間違いだとわかるとヒステリックに逆上する。若い女でもない。ここはタイでは安宿というわけではなく結構な構えのホテルである。こうやって客を炎天下歩かせて不便をかけても何の罪悪感も感じないようである。

タイ人には「職業倫理」などというものはカケラもない。いくら日本のポップカルチャーの真似事をしていても、日本的な倫理の対極にあるのがタイという生き物だと思う。この種の逆上はマレーシアのホテルではあまり見たことがない。

モトサイはそんなにぼろうとしない。15バーツぐらいである。ぼっていても5バーツくらいだろう。

午前11時半のミニバスでラノンRanongに向かう。ミニバスは山の中のよく舗装された道を通っていく。

2時間ほどでラノンRanongにつく。ミャンマー国境へはそこからソンテウでさらに数キロ。ラノンでもタナカをした女の人が目立つ。ソンテウに乗っていたはビルマ語を話していて、女の子の一人はタナカをしていた。男もほほにほんのちょっとだけつけるのがはやりのようである(流行なのか昔からやっているのかは定かでない)。タナカをしていた女の子は若いのに(ネパールなどで言う)「パン」(ビンロウ)を噛んでいて口の中が真っ赤だった。野菜などの入った大きな買い物袋を提げていた。服装は普通の洋装。金の装飾品をいくつもつけていた。ミャンマーからラノンに買い物に来たのだろうか。

女の子たちが降りたところでソンテウを降りた。彼らもミャンマーに行くという。そこの路地を入ると小さな桟橋があったが、イミグレーションオフィスはもっと離れたところで500メートルほど歩かなければならなかった。イミグレには当然のように毛唐がいっぱいたまっていた。土人連れもいる。役人はしきりに私のパスポートのスタンプ履歴を見ていた。

桟橋あたりをうろうろしている斡旋人が最初は300バーツと吹っかけてきたが、100バーツが外国人ツーリストの相場だった。

水しぶきのかかるような小船にのる。船は途中の桟橋で給油したり、海上にある別のタイのイミグレによったりしながら行く。海上の小屋のほうでパスポートにイミグレが添付した紙切れにもう一度出国スタンプを押す。小船に乗る人はみなかさをしている。妻たちなのか顔前面覆う黒いベールをした女性を3人連れたムスリムの男といっしょだった。彼もミャンマー人だった。

ミャンマーらしい暑さ。サンダルの足の甲が日射でちりちりと痛くなる。

ミャンマーのコートーンKaw Thaungイミグレーションにパスポートを預けパーミットを受け取り、10ドル払ってすぐに入国。ミャンマーのイミグレの役人は、ニコニコして日本語を少し話す人だった。タイとは大違い。ミャンマーのイミグレはどこも感じが良く、事はスムーズに進む。

いい気持ちでミャンマーに入国したが、コートーンに上陸してすぐ、早速ひどい光景を見る。

向こうから刺青をした獰猛な毛唐が2人幼い地元の女の子の手を引いて歩いてくる。女の子の一人はどう見ても小学生だ。12歳以下に見える。もう一人15くらいだろう。ジェティの方に向かっている。 海兵隊丸出しの男たちである。この女の子たちをいつどこで調達したのか、タイから連れ込んだのかコートーンで調達してこれからタイに持ち帰るのか、それはわからない。とにかく早速写真を撮る。にらみつけてくるが、白昼堂々とやっていることだ。

http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2007/04/crime.html

ここにくるツーリストはミャンマーへのツーリストではない。あくまでタイへのツーリストである。つまり、こういう児童買春はタイツーリズムの一環に他ならない。これはタチレクのツーリズムがタイツーリズムに他ならないのと同じである。

ヤンゴンやマンダレーからミャンマーに入ってコートーンやタチレクに行く人はめったにいないだろう。コートーンやタチレクからミャンマーを出国することはできないと思う。

海兵隊野郎も当然ながらプーケットあたりにたむろするファランであろう。彼らは手ぶらでイミグレのあるジェティのほうに歩いているところである。おそらくタイに戻るのだろう。コートーンへはデイリターンでちょっと上陸しただけなのだろう。連れている子供たちもミャンマー人には見えない。タイから連れてきたのだろう。特に男の子は明らかにタイの子ども。

そしてタイのイミグレもミャンマーのイミグレも、このような子供連れで難なく通過したようだ。「ただの友達だ」とでも言い、役人たちも「納得」したのだろう。ローカルが国境を越えること自体は簡単である。兄弟を連れてきたのもよかったかもしれない。

しかし、娘の兄または弟が一緒にいるからといってセックス目的でないとはまったく言えない。なんなら実の母親さえ一緒にいてもいいくらいである。

今東南アジアで子供を買っている白人は家族全体を買い取るようなやり方をする。小さな娘の「偽の母親」を雇って一緒に連れて歩く白人はさらに多い。

海(江)から見えていたBear Honey Hotelに入る。全室一泊800バーツ。ジェティにいた客引きはもっと安いところ(500バーツほど)に連れて行くといっていたが、下手に安いところに行って毛唐の巣のようなところに連れて行かれてはたまらないと思い、高いところにした。窓からすぐに海が見え、下は波止場と市場の賑わい。

後で聞いたことだが、この800バーツは外国人料金で、ミャンマー人は10000チャットだという。(現在100バーツ=3720チャットほど)。

ミャンマーイミグレがくれたエントリーパーミットを見ると、国籍がJapになっていた。

Bear Honey Hotelはミャンマーのホテルなのに朝食はつかない。

このあたりは茶髪の子供、金髪の幼児が目立つ。髪を染めている若者は別である。カンボジアもそうだがそういう人種のようだ。モン系だろうか。

Kaw Thaungは雰囲気もカンボジアみたいである。ああいうクズ毛唐が舞い込むせいか、ミャンマーにしては素朴な笑顔が少ない。

両替レート100B=3720Kyat。バーツがかなり高くなっている。2年ほど前は2000チャットくらいだった記憶がある。

ミャンマーの田舎にありがちなことだが、コートーンも停電が多い。Bear Honey Hotelは自家発電機で夜は電気をつけているが昼間は大体停電している。

インターネット屋が一軒だけあった。しかし自家発電のせいか、2台しかないパソコンのうち日本語が入れられたほうはほとんどいつも故障していた。もう一台はどうしても日本語を入れられなかった。パソコンに触れると電気がびりびりきたり、USBケーブルをつなぐとまたびりびりきたり、なかなか怖い代物だった。使えたのは一日だけだった。インターネット屋というより電話中心の店。

そのネット屋にはネパール風にやわらかく付きまとってきたムスリム(パキスタン系)の少年に案内してもらった。少し小遣いをやる。

ネパール式付きまといが妙に懐かしかったりする。友達風に近づいてきて案内を申し出る。最初はカネなど問題ではないようなことを言う。いくらほしいとはっきり聞いても、up to youなどといっている。結局はいくらかやることになる。この少年はバイクもない歩きのガイドである。それを考えるとたくさんやりすぎたかもしれない。最初から金額の交渉をしていたらバイクがない時点で終わりになっていたかもしれないから、これは彼の知恵ということになる。

ミャンマーは以前はwwwに合法的にアクセスすることはできなかったはずだが、少なくともいまコートーンから主なポータルサイトのメインのページにアクセスすることはできる。しかしWEBベースのEメールにはアクセスできないようである。ヤフーメールにサインインすることはできない。グーグルメールはサインイン画面にもアクセスできなかった。

コートーンに上陸した直後にかち合ったあの幼女連れ毛唐たちが今夜どこに泊まったのか気になってきた。ジェティの方に歩いていったからラノンに戻ったのだろうか。それとも明日もまたこの町で見ることになるのか。

あれが今夜も同じ町で幼女と泊まっているのかと思うと気持ちが悪くなる。ケガラワシイとしかいいようがない。

27日。

Bear Honey Hotelは午前中は電気が止まる。電気は午後2時から2時間ぐらい通って、また止まり、6時過ぎからもう一度通るようになる。発電機が東向きにあり、日向になるからかもしれない。ホテルで英語が通じるのは一人いるかいないか。

ミャンマーの楽しみはやはりティーショップである。これはKaw Thaungでも健在。マンダレーより盛んである。その辺ティーショップだらけ。イジャコイ(揚げローティ)が旨い。しかし閉まるのも早い。とくにジェティのある街区は夜は閑散としてしまう。

ジェティに近い海沿いの通りはまるでカンボジアというより、ポイペトのよう。どう見ても薬をやっているとしか思えない男が喧嘩していたり叫んでいたりする。

ホテルの裏手の通りの地味な茶店にいた中国系オヤジが親しげに筆談で話しかけてきた。日本人だとわかったらしい。ここではほとんど日本人と当ててもらえる。後でわかったことだが、この人は英語も話せるのだが、日本人はまったく英語を話せないと思ったのかどうか、ここらに来る日本人にはそんなのが多く、それがうれしくてたまらないのかもしれないが。この人は祖父が1890年に海南からミャンマーに移住したミャンマー3世だという。

夕方クズ毛唐オヤジ数人のグループがBear Honey Hotelに入ってきた。せっかく高いところに泊まっているのに最悪だ。日に焼けきってあれ切った肌をして首にタオルを巻いているのもいる。50過ぎの連中だろう。何十年このあたりをうろついているのか知らないが、まだ徒党を組んでガイドまで連れている。ミャンマーの制服役人もホテルの前まで付き添っていた。

夜、毛唐たちが帰ってくると1階のロビーをずっと2時間ぐらいは占領している。ほかのアジア系宿泊客も結構いるのだが、毛唐たちはロビー全体をずっと占めきって大声でしゃべり続けてお構いなしである。他者、有色人種の他者のことはまったく顧慮しない。あるいは、ひととおり顧慮した上で、彼らを無視できる他者、対等の者として相手の立場に立つ必要がない他者と断定して、きれいに切り捨てているということなのかもしれない。

このようなことからもわかるとおり、日本人専用の場所も必要だが、それとは別に、白人お断りの場所、白人を入れない場所を広範に作ることが、何よりもまず、人類の福祉のために必要なのである。

29日。正午ごろBear Honeyをチェックアウト。このホテル、男はろくに働かずチップをねだるばかりだったが、女の子はかわいかった。最初はよそよそしくしていてもだんだん打ち解けていく。

ミャンマーイミグレーションはすぐに通過。日本語でお愛想を言ってくれる。それからが問題である。

帰りのフェリーは大型で良い船だったが、スタンプを押しにくるだけのデイリターンの毛唐だらけ。ケガラワシイ。

午後1時ごろタイ側、ラノンRanongにつく。ラノンのイミグレはファラン(毛唐)だらけで嫌な予感はあった。

タイではまったく珍しくないことだが、ラノンイミグレの若い男の役人は、ファランには国籍を問わず丁寧な英語でへらへら話しかける。そして有色人種ツーリストには、外国のパスポートを見せていても頭からタイ語のみで話しかける。

一人、とても日本人とは思えない真っ黒でチビな男が私の前にいた。日本の5年パスポートを持っていたので始めて日本人だとわかった。タイ役人にタイ語で話しかけると卑屈にへらへらしてタイ語で答えていた。これ以上ないほどの卑屈な態度である。こういうのが2ch海外旅行板あたりではタイ通ぶって偉そうな説教しているのだろうと思った。

白人にはかなり丁寧な英語で接客、非白人には問答無用でタイ語を頭から押し付けるというのが、役人を筆頭としてタイ社会のスタンダードのようである。

私の番が回ってきた。日本のパスポートを見せているのに当然のようにタイ語で押しかぶさってくる。情けない日本人タイヲタツーリストの卑屈な態度を見た直後であったこともあり、ちょっといらついて、" I don't speak Thai. Speak English to foreigners."とはっきり言った。私が言いたかったのは、If you ever speak English to foreigners, you should speak it to every foreigner without racial discrimination,that is, not only to farangs but to asian tourists!ということである。

しかしこれがすべての始まりだった。

この一言がこのタイ役人の歪んだ「プライド」を傷つけたようである。彼らの「プライド」とはつまり、「俺たちはファランよりは当然のように下だが、アジアでは一番ファランに好かれていて偉いんだ」という、タイ猿またはタイ犬の犬猿的序列意識である。(この犬猿的序列の頂点にいるのがタイ国王プミポンに他ならない)。

この役人はふっと反り返るようにして、1時間待て、といい、次にすぐに、2時間待てと言い直し、パスポートを取り上げた。

もうスタンプを押しているのにパスポートを返そうとしない。入国許可をキャンセルするというのでもない。ただの「嫌がらせ」である。最低の肉便所国家=土人売春国家タイランドの卑屈で歪んだ情念が下司役人の行動に率直に噴出したというところ。

この若造をいっそそこで袋叩きにしてやろうかという衝動に駆られたが、それは抑えた。

ファランの列ができている。ファランが全部終わるまで待てということだろう。私の前でファランにはますますことさら卑屈な英語の応対である。sirとかpleaseとか卑屈なタイ猿役人口真似をしてからかってやったが、どうしてもパスポートを返そうとしない。

このまま待っていたら終業まで待たされるだろう。ファランツーリストはスタンプを押しにどんどんやってくる。

そして最後は別室に連れて行かれて何をされるかわからない。荷物をひっくり返し裸にされるのは当然として、顔は殴られないとしても腹に蹴りくらいは入れられるだろう。あるいは荷物調べ中に麻薬を組み込まれるかもしれない。今はファランの目があるから何もされていないだけである。

とにかくこのままここにいては危険である。この国は危ない。そう痛感したので、私はミャンマーに戻ることに決めた。

ニコニコと片言の日本語で話しかけてくれるミャンマー役人に事情を話して、なんとかヤンゴンまでいけるように取り計らってもらおうと思った。

つまり、正式にミャンマー政府に「人身保護」を求めることに決めたのである。seek refugeというやつである。

私は隣に出てきた女の役人に、自分はタイには入国しない、ミャンマーに戻ってミャンマーオフィシャルに話をするからパスポートを返してくれ、というと、その場の雰囲気ががらっと変わった。女の役人はまだ何かぶつぶつ言っていたが、もう30日(タイ滞在)のスタンプを押してあるからといってパスポートを返してきて、結局解放される。

女役人は「お前がpoliteじゃないからいけなんだ」とか言っていた。Politeじゃない毛唐ははいて捨てるほどいる。見るからに小学生の女の子を連れてイミグレを通過する海兵隊たちは、このタイの豚女には色が白くてPoliteな白人様に見えるのだろう。

しかしこのトラブルの要点は、あの若い猿役人の卑屈で歪んだ個人的プライド、俺はファランに媚びていても有色人種外国人よりは偉いんだという卑しい感情をちょっと傷つけたために、個人的な嫌がらせを受けていたというだけだった

いっそのこと、そのスタンプはキャンセルして入国拒否のスタンプでも押してくれといいたかったところである。

deportedなんて書いてもらうのも良いだろう。その理由は、「日本人ツーリストが『タイ語は知らんから英語で話せ』と言ったから」、ということになる。

タイ側の入国拒否の証明があれば、ミャンマー側で第三国に出るためにヤンゴンまで行かせてもらうことも頼みやすくなると思う。私にとってはこれもまた楽しい旅になるだろう。

あとでスタンプなどをよく確認したが普通のものだった。うわさで言われているような特別な印などはない。もっともコンピューター管理をしっかりしていれば何か書き込むかもしれない。しかしこれもタイはいい加減なもののようである。どちらにしても次回入国できるかどうかによってチェックされているかどうかもわかるだろうと思う。

タイなどはもう一度こっぴどくビルマに攻められて今度はバンコクまで占領されたほうが良いのだ。

ラノンのイミグレ近くからソンテウでミニバス停まで行き、120バーツでチケットを買ってチュンポンに向かう。午後2時ごろ発。

チュンポンからラノンに行ったときは検問所らしいところはあっても検問はなかったが、ラノンからチュンポンへ行く途中には検問所に目つきの悪い兵隊が何人もいた。ジロジロ乗客をにらんでいたがミニバスのドアをちょっと開けただけ。

午後4時ごろチュンポンにつく。ミニバスにはジャンソムJansomホテルの近くまで行ってもらう。660バーツの部屋にチェックイン。今日は本当に不快な一日だった。

タイという国は白人にとっては非常に居心地のいい国であることは言うまでもない。買春目的客や、今日ラノンのイミグレで見た黒い蛆虫のような卑屈に振舞える日本人にとっても楽しい国なのかもしれない。しかし、それ以外のまともな日本人にとっては非常に不愉快な国だと思う。

唯一良いことはホテルが安いことだが、これもタイ社会全土を覆う広範な奴隷的労働の上に初めて成立している価格なのであって、良識ある文明人が頓馬に喜ぶべきことではない。

問題はタイの国土が広すぎることである。インドシナで陸路の旅をしようと思うとタイを避けて通れない。分裂してもっと小さな国になってくれるといいと思う。

しかし、あのままイミグレで言われたとおりに待っていたらどうなっていただろうか。ファラン客が尽きるまでは待たされるから、もちろん2時間ではすまない。そして、その後別室に連れて行かれてファランの目のないところで拷問である。どんな目に合わされるか。タイ北部の山岳少数民族が日常さらされている脅威にさらされる。タイ人にとって日本人は「カネをもった山岳少数民族」に過ぎない。あくまで相対的に「下位」のものがタイ人に楯突いたことが許せないのである。

彼らは国を挙げて白人に媚びる代わりに有色人種外国人を見下し彼らに卑屈な振る舞いを強要することで精神のバランスを維持している国民である。国王プミポン自身がまずそうだろう。王女シリントーンなどはその代表選手である。だから、タイ人に対して偉そうにするという意味は「白人との対等の扱いを求める」ということである有色人種ほど許せない連中はタイ人にとってはいないということである。そういう日本人はよほど懲らしめてやってタイ猿としては失われた精神のバランスを回復しなければならない。だから、彼らが私にやりたかったことは、イタブルためにイタブルということ、懲らしめるために懲らしめる精神的な拷問が待っていただろう。彼らの足に額をすりつけて謝るまではパスポートを返さないなど。

数日前に来たチュンポンのネットカフェに来てみると雰囲気がまったく変わっていた。タイのバービアそのものである。スタッフも変わっている。売春婦まがいの赤いタンクトップを着た女が毛唐に媚びている。 白人爺が入ってくると満面の笑みでサワディカーといい、有色人種客はほとんど来ない。もちろん私がインターネットを使いに来てもことさら陰険な目で睨み付けるのみである。何か頼むたびに嫌悪感丸出しの表情。その上ネット代も一時間60バーツになっていた。前回は異常に安かった。常識的に見てネットは30バーツ前後が普通である。パッタニなら15バーツもある。KLでさえ高くて4リンギ。数日のうちにオーナーが変わったのか。

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マレーシアの役人が英語オンリーなのは言うまでもない。面倒な手続きでもわかるまで話してくれる。

インドネシア国内ではインドネシア語が必要になるが、インドネシアイミグレの役人がインドネシア語でたたみ掛けてくるといういことはない。インドネシア語は使用人口が数億に達するというだけでなくスマトラ、ジャワ、インドネシア諸島、マレー、ボルネオ・南部フィリピン、ポリネシア、パラウ島などを含む南洋諸島の国際共通語とさえいえる地位になるのだが、イミグレーションの手続きでその言葉を知らない外国人に自国語をおしつけるような蛮行はしない。外国人の人種を問わず、英語で応対している。

ネパールのイミグレも当然英語が基本である。私はネパールでスタディビザを取ったことがあるので、私に対してはわかりやすいネパール語で話しかけてきたことはあったが。

いずれにせよ、白人外国人と有色人種外国人とを截然と分け、白人客には国籍出身地を問わず英語で卑屈に話しかけ、アジア系有色人種にはイミグレ役人が頭から自分たちの民族語(相手に理解できない言葉)を浴びせかけてきて、それを理解できないほうが悪いというような態度を取る国は、世界広しといえどもタイ以外にはそういくつもないのではないか。白人諸国には国がたくさんあるしひどい国も多いようなので、少なくともアジアでこういういくにはタイくらいだろう。(中国も態度は変わるが、逆に日本語で話しかけてきたりする〔チベットの場合〕。韓国だけはまったく行ったことがないので比較のしようがない。)

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くどくなるがもう一度繰り返す。

プミポンの臣たるタイ猿役人は、

白人ツーリストには国籍を一切問わず、英語で話しかけ、へこへこと生まれつきの醜い猿面をさらに卑屈に引きつらせて立ち回り思いつくあらゆる便宜を提供し卑しい愛想を振りまく。

一方、アジア系ツーリストに対しては日本のパスポートを提示しているにもかかわらず、さまざまな細かいいやがあらせをやったあと、

(たとえばgender欄のチェックをし忘れている)とけちをつけ、その一秒の間に、すぐに私の後ろにいる毛唐を優先受付するのである。そしてそのプーケット系のクズ毛唐にはことさらな微笑みをふりまき卑屈な丁寧英語で話しかけ、その「差」を私の目の前で見せ付けて楽しむのである)

そしてようやく私の番が戻ってくると、この猿の微笑みも卑屈もどこにもない。

私が日本語のパスポートを見せているにもかかわらず、もちろん微笑みもせず、居丈高に、押しかぶさるようにして、私にタイ語のみではなしかける、わからないのがわかっているのにそれで押し通そうとする。

ここで私が、うろたえたり、ソーリーとでも言ったりしたらあの猿ボクサーは「勝った」という気持ちにでもなれたのだろうか。

これは彼らが、日ごろ少数民族や、異教徒たち、国内マイノリティや、近隣国からの労働者に対してやっている態度に他ならないのである。

彼が言いたかったことは、俺は日本人を北部山岳少数民族やビルマ人やクメール程度にしかレスペクトしていないぞ(いずれも尊敬に値する民族ばかりだが、タイ族にとっては賎民である)、という意思表示に他ならない。

このような彼らの侮日的態度を拒否し、やつらが毎回卑屈に白人に話しかけているのと同じ英語で話せといっただけでこの猿は逆上して怒り出し、パスポートを取り上げるという。

パスポートを取り上げる根拠などは一切示さない。すでにスタンプが押して手続きが済んでいるのを単に嫌がらせのために取り上げるというだけである。

それも最初は1時間待てといい、次には2時間待てという。何を待つかさえ明らかでない。ファランがいなくなるまでということだろうか。そしてファランがいなくなれば、タイ警察・軍が北部や南部で毎日ごくふつーに実践している、逆らう少数民族にたいする暴行凌虐の行為をファランの目のないところでのびのびとできるということであろう。殴るけるくらいは当たり前。日本人だから顔に傷が残らないように腹に徹底的にけりを入れられて半殺しにされた後メタアンフェタミンを仕込まれて開放され、数日後「密告」によりまた逮捕である。

いずれにせよ、これが「タイ」という国家なのである。このタイ猿役人の卑しさは、そのまま「タイ国家」の卑賤な体質を如実に表現するものである。

いったい、日本が「美しい国」を目指すというのなら、このタイのような卑しい国が「親日国」たりえようか。美しい国を目指す国にとって、敵の敵は味方とか、反日をかかげていなければOKなどという理由でタイのような国によくしてやる理由はまったくないのである。「仏教国」などもってのほか。日本は仏教国ではないし、イスラム教国との付き合いのほうが多い。

日タイ関係にはいろいろな面があるが、すべてチェックしなおす必要があるのではないか。とくに切り捨てるべきは外務省タイスクールと偽りの「皇室外交」である。日本の皇室が(タイ王室に対しプロトコルに照らして破格の敬意を表していることにより事実上)支援するタイ王室、タイ王妃の開拓プロジェクトによって、(日本法でいえば入会地のような)土地を追われて、タイ市民権さえ保証されないまま、チェンマイやチェンライの花売りに娘を売らざるを得ない少数民族があとをたたない。彼らはパタヤやプーケットまでも花を売りにいくのである。もちろんすべて白人セックスツーリストの餌食である(日本人ぺドは花売りに声をかける度胸がなかったり英語ができなかったり、その後連れて行く場所の手配などが組織的にできていないため、こういう犯罪はまったく苦手なようである。また白昼日本人が現地幼女の手を引いて歩いていたら、高邁なる白人人権NGOに直ちに誰何されて警察の御用になるだろう。そして日本人は白人と違いすぐゲロってしまう)。

このようなタイ王国と日本の皇室との皇室外交というものは、タイ王国の卑しい出自、由緒の浅さからだけ見ても日本の利益になることは何もないと思われる。

実に、日本の天皇に比肩しうるものは現世界にはどこにもない、というところが日本皇室の特殊性なのである。

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「黒人バックパッカーはなぜ少ないのか」という一般的な問いがある。タイに限らずということなのだろう。

タイに関して言えば、タイでの黒人差別がひどすぎるため、よほどなんか用でもないかぎり黒人がわざわざタイへ来ることはないように思われる。一方でマレーシアには本当にたくさんのアフリカ系の黒人がいるが、彼らはバックパッカーではなく普通の旅行者、出稼ぎに来ている人という感じの人が多い。英語とPCの達者なものは事務処理の請負のようなバイトをやっていていつも特定のネット屋を溜まり場にしている(私もそこの常連である。彼らアフリカ黒人は白人ほど大声を上げないし、うるさくなってるときでも「うるさいから黙れ」というと静かになることが結構ある。白人だったらシニカルににらみつけて完全に無視だけだろう。黒人は白人ほど臭くない。白人にとって重要なのは、「この場所が俺たちのための場所なのかどうか」ということであって、「他人の迷惑を考えましょう」という倫理は最初からどこにも存在しないのだ。そして、かれらにとって東南アジアは、本来白人のための空間である。タイはますますそのことを政府役人自身が表明している国であり、植民地以上の事実上白人植民地であることを持ってあらゆる悪事を帳消しにしてもらい国を維持していこうとしている賎民乞食国家である。

で、黒人バックパッカーがなぜ少ないかだが、世界中のバックパッカーに便宜を提供する場所がタイやネパールに集中しているということがそのひとつだろう。とくに東南アジアのハブとして位置的には利用したいタイは、日本を裏切るために親日家のラーマ8世を暗殺して現国王プミポンを即位させたたところまではよかったが(そうでなければ日本と並んで戦争責任を問われたことになる)、ナチスドイツにたいしてははっきりとした立場を表明しなかった。タイ猿の頭からすればホロコーストのようなことはタイ族がシナからインドシナ半島乱入してきたときにいくらでもやったことだし、今もやっていることである。しょせんはファラン同士の内輪もめに過ぎず態度をはっきりしておかないのが得であるとみたのだろう。そういうわけでタイ人は人種主義についてはいまもナチ教義のまま、色は黒いのが悪く白いのがよい、だけでなく、黒人だというだけであらゆる場面で犯罪人扱いを受ける国である(マレーシアでも黒人は弾圧されることも多いが(やんちゃしているからでもあるが)彼らに聞いても、いくら金をもらってもタイにだけは行かないという)。

ネパールでも、カースト的な発想から色の黒いものが差別されるということはあるが、ヒンドゥー教における差別は大真面目なものであり本気なものであって、相手を嫌がらせするなどは2の次3の次である。井戸に近づかせない。彼らの調理したものを食べないなど。タイ人が接客場面で、ひとつの接客文化として大げさに表現する白人崇拝や人種差別とはまた異質なものである。

ネパールのタメルにあった、あるバウン(ブラーマン)の経営するゲストハウスの客は黒人だらけだった。その経営者のバウンは、バウンに似ず非常に親切な人で誰に対しても分けへだけなく接していて、私も一晩泊った。さすがに黒人がうるさかったので一晩だけでやめたが、その後も私はトラブルを抱えていたりするとその主人は何の報酬も求めずずっと親切にしてくれていた。彼は、真のブラーマンだったのだろうか。こういうことはタイでは経験できないことである。

タイという国は、道義的にも美的にも、腐りきった最低の便所国家である。欧米がろくでなしを本国から追い出すために、アメリカが海兵隊のやみがたい幼女姦淫欲求をかなえてやるために、白人たちが維持している白人の便所にすぎない。

アメリカの海兵隊帰休兵がタイのビーチで幼女と寝てバカンスするというベトナム戦争にさかのぼる栄光ある伝統を捨て去ることがないかぎり、タイでの幼女売買がなくなることはない。彼女たちは必ずしもビーチの地元の子ではなく、ミャンマー国境の山岳少数民族の村などからもタイ国家・とくに王室の保護を受けて南部へ移送されてきているのである。

何度でもいうが、タイほど構造的にしつらえられた、腐りきった便所国家は少ない。最低の便所国家である。

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