FC2ブログ

マラッカ航海日誌補遺

デング熱  チュンポンChumporn

デング熱にかかっていた一週間のことはいつにもまして記憶があいまいである。3つの病院を出入りした。朝の6時にホテルの車を運転させて薬を貰いに行ったこともあった。一日一錠寝る前に飲むように処方された睡眠薬がまったく効かないので、一度に20錠位飲んでしまい、それでも眠れないため、翌日同じ病院にいってもっと強い薬をくれないかと医者に訴えたため、その病院からはもう睡眠薬は出してもらえないことになってしまったこともあった。しかし本当に効かない薬だった。足元がふらつくだけで、頭はさえたまま。ATIVANとか言う名前だった。

5月1日。

体中の筋肉が痛くずっとホテルで休んでいる。インフルエンザのようでもあるが、熱はあまりないようだ。吐き気があるが下痢はない。

なんとかあのラノン・イミグレの人種差別タイ役人をメしてやることはできないものかと今考えているところである。メさないまでも、半メしにして一週間監禁して拷問し、発狂させて二度と役人の服を着てえらそうにできないようにさせてやるくらいでもいい。

これは、日本では現実的でない話だが、タイなら可能なはずである。タイにはタイ族の役人を殺してやりたいと思っている者はたくさんいるし、金で人を殺す不届き者もごく普通にその辺にいる国である。ところが私には適当なコネがない。

ホテルJansom Chumpornには、一人だけ英語がいくらかできる女性オペレーターがいてそれなりに親切であるが、あとはみなタイ猿丸出しのハクチばかり。

タイ猿が一般にどういうハクチな反応をするかというと、ホテルでも病院のナースコールでさえ、自分が理解できない言葉(英語であれタイ語であれ)の電話がかかってくると、危険なものにでも触れたかのように動転して一方的に電話を切って知らん振りをする。どんな簡単な英語で説明しても、相手が言いたいこと、相手の気持ちを察しようという態度がまったくない。タイ語の場合なおさらで、自分のタイ語に一致しないものは言語として認めない。なお、これらは有色人種外国人が相手の場合である。

Jansom Chumpornのいいところは比較的静かで、それほど高くなく、安くもないため毛唐客がすくないこと。

ホテルから歩いて5分ぐらいのところにあるその名もWestern-Thaiというバービアの客は白人ばかり。それ以外の場所では白人はあまり見かけない。Western-Thaiにはネットもあるので私はネットだけ使う。1時間60バーツという驚異的な料金。もちろんそういうところの女給は白人客と英語で会話をするのが仕事なので、有色人種客がが入ってきても無視するかにらみつけるだけである。

5月3日。昨日あたりから腕や胸に発疹が出てきた。体調も良くなる気配がない。これはひょっとするとかなり悪いモノかもしれない。

午後、Jansomホテルの車で近くのVirajsilpという病院に行く。ここもまったく英語が通じない。看護婦さえほとんど英語がわからず、書いてもますますだめ。観光と売春で食いつないでいる国でありながら病院や役所で英語が通じないというのはふざけた態度というほかない。タイがまずすべきことは、タイは昔も今も事実上の白人植民地であったし現にあることをもはっきり認めて謙虚になることである。このVirajsilpは大変な悪徳病院だった。タイはどこの病院もいい加減で、診断はまちまちだが、ここは特に金のふんだくり方がすごかった。ホテルの英語を話す女性も、後であそこは良くないと言っていた。医療スタッフ以外の女事務員が多くいてちょっとキレイだったり、変に色っぽい看護婦がいたり、女医が多かったりする。

ともあれVirajsilpの医者に面接。むっつりした中国系タイ人らしい中年女。その後、血液検査をする。ウィルスか細菌かを調べるという。中指の先に針を刺してガラス管で血を吸い取る。

その結果を見せてもらうと、白血球が3500まで低下している。普通は5000から10000だということ。だからウィルス性の病気だろうということ。あと2,3日は続くだろうという。それだけである。もらった薬を見てがっかり。主役はパラセタモール、こんなのならコンビニで買える。あとは制酸剤、筋肉を弛緩させる薬、そして睡眠薬だけ。これだけで、1100バーツ。待っていてくれた運転手にも100バーツやる。

当然だが、担当の医者は英語をよく話した。みなそうだったが、ウィルスのことを「ワイルス」という。ヴァイラスという者は一人もいない。ワイルスといわないと通じなかった。

もらった薬にはほとんど効き目がなかった。薬を飲んだ直後に嘔吐した。睡眠薬も効かない。多めに飲んでもまとまった睡眠は得られない。

5月5日。あまり良くならないのでもう一度同じ病院Virajsilpに行く。もう一度血液検査をすると、白血球は4500くらいに増えていたが、血小板が前回に比べ極端に減っていた。二桁の数字だった。ここで初めてデング熱という診断を受ける。前回の医者はデング熱の恐れなど一言も言っていなかった。原因が何かまったく関心がないかのような態度だった。今回の医者は若くて仕事よりおしゃれのほうで頭がいっぱいなような女医だった。近頃こういうのにぜんぜん萌えなくなった。ラノンはデング熱のある地域だからきっとそこで感染したのだろうという見立てだった。

点滴をつけられて入院しろといわれる。個室で一番安い部屋が一泊800バーツ、次が1000バーツ、VIPルームが2000バーツ。すべて見たがどれも良くなかった。寝台がただの処置台で、狭くて高く、寝返りを打ったら固い床に落ちそうである。点滴をつけているのに、トイレの扉はVip室でも狭くてまともに出入りできない。Vipルームは付き添いのベッドが比較的広かったのでこれにしようと思ったが、トイレに入っていてこんなところはだめだと思った。また、ナースコールの説明がまったくない。看護婦が英語をまったく話さないし、話す意思がない。ナースステーションに電話をしても、タイ式の「ハア?ハア?」の連発。言葉がわからないと思われると一方的に電話を切って知らん振りである。おまけに外国人と知りながらタイ語で話せといってくる。もちろんこちらが有色人種外国人だからである。まったく話になっていないが、実にタイ的なところだ。これでもスタッフはお色気いっぱいだから元気な患者なら看護婦の尻でも触って楽しく過ごせるのかもしれない。しかし点滴付でははしゃぐこともできない。

いったんは入院するといったが、このような条件なので、やっぱりこんなところにはいられないと思いなおして退院した。入院費用はしっかり取られる。点滴代、部屋代、診察台、検査代、薬代などで3500バーツほど。

なお、私は旅行傷害保険などには入っていない。病院に行くことは多いが(その場所での病院の条件を確認するために積極的に行ってみるようにしている)、病気は気力で治すという主義である。

そのあとJansomホテルに戻って横になっていると、変な日本語の電話がかかってくる。誰なのかもわからない。何を言いたいのかわからないし、どういう用件なのかを聞いても答えない、ただ「全国ネットです」という。もちろん日本人ではない。どうやら通訳サービスがあるということを言いたかったらしい。しかし詳細を聞こうとするとすぐに切ってしまう。これではなんの役にも立たない。

あとでホテルのフロントに確認しに行くと、バンコクからだという。どういう仕組みなのかはまったくわからなかった。

そのときちょうどフロントに日本語を話すお客(若い女の子)がいて、通訳を申し出てくれる。といっても、日本語はお粗末で英語のほうが通じる。ホテルの客なのかどうかわからないが、チュンポンに住んでいる人で、家族と一緒に来ていた。そのあとは、彼女に全面的に世話になる。彼女はそれなりにかわいかったが、家族はタイ人丸出しだった。その場にいるだけで暑苦しくなる。

彼女も入院を勧めてくれた。そして国立病院が安くていいといって、母親の車で連れて行ってくれた。しかし、国立病院の大部屋に連れて行かれてげんなり、こんな修羅場のようなところに泊まったら元気な人でも病気になってしまいそうだ。しかも、国立病院には個室がないようだった。すでに深夜1時過ぎだった。大部屋のベッドが一台空いている。彼女は平然とそこで寝ろという。すぐ隣には年寄りのローカル患者がうめき声を上げている。ここはとても私の眠れるところではない。

午前2時ごろになっていたが、個室のある別の病院に案内してもらう。チュンポンの町からはかなり離れた、トーンブリ・チュンポン・ホスピタルという病院に連れて行ってもらう。ここの一泊1000バーツくらいの部屋に結局、2泊することになる。

トーンブリ・チュンポン病院も看護婦の要領はまったく悪い。食欲はなく、3食お粥だけにしてもらったが、豚粥を出してくる。「私はムスリムなので豚は食べない」(これはウソでただブタが嫌いなだけだが)と何度言っても繰り返しブタ入り粥を出してくる。粥には生姜を入れてくれとかこっちもわがまま言い放題である。しかしジンジャーの一言さえ通じない。辞書もないらしい。

このトーンブリチュンポン病院の病室も、寝台は処置台で、狭くて高く、安心して寝返りも打てない。片方の鉄柵を上げてそれにしがみつくようにして寝た。ところが、看護婦が夜中にも入ってくる。2時間おきの検診(血圧と体温)を医者に指示されているのだという。夜中寝かせないつもりらしい。2度と来るなキチガイめ、と怒鳴りつけて追い返したらもう来なくなった。この日は血圧と体温を何度調べられたかわからない。血も2回は抜かれた。

タイはとにかく看護婦の仕事がトロイ。何をどうやっているのかと思うほどひとつの仕事が遅い。みんなで顔を見合わせてただただ困惑し、ぶつぶつあれこれしゃべっているだけ、という情景がしょっちゅうある。簡単なことを頼んでも、何度頼んでもするするというだけで一向に始まらない。マレーシアも雑だが、もう少してきぱきしている。

中国系と見えるエリートらしい医者がえらそうな早口の英語でつきかかってくる。医者が患者をモノ扱いするということは日本でよく言われていることだが、この点についてはタイのほうがひどい。タイの医者は朝ドタドタと部屋に入ってきて眠っている患者を起こし挨拶もせず、勝手に毛布をはがし、服をまくり触診などした後、服を戻しもせず毛布をかけなおしもせず、何も言わずにまたドタドタと出て行く。何事が起こったかと思う。診察が終わったのかどうかすらわからないほどである。看護婦もまったく同じ態度。医者が出て行くときに、「電気くらい消していけ!」と怒鳴ってやったら、舞い戻ってきて電気だけは消していった。私の個室は一泊1000バーツくらいでエアコン付。そんなに安い部屋ではない。

後進国のほうが「人間的」なのではないか、というのは、日本人が抱きがちな誤った妄想である。実際は、昔から言われているとおり衣食足りて礼節を知るというのが正しいが、タイのように衣食を足りていても、礼節からも文明からも遠く隔てられている国もある。衣食足りることは礼節を知ることの必要条件だが十分条件ではないようだ。ツーリズムや売春に豊かさを依存しているような国はどこまで行っても文明には手が届かないということだろう。そのような心から貧しい国でエリートに成り上がり、オレはほかの連中とは違うんだと思っているような人間にまともなのがいるわけがない。

タイはタクシン時代、外国人の長期滞在医療を重点産業としようとしていたように報じられていたが(マレーシアやフィリピンも同じようなことをもくろんでいるようである)、現実のタイは、医療や接客などのホスピタリィティの面では昔も今もそして今後とも最底辺国といっていいだろう。長い間外国人(とくに白人)のデタラメを許してきた国だから、いまなおデタラメをしたい外国人が多く集まってくるだけであって、人を良く扱うから外国人も多く集まるというのとはまったく違うのだということは注意すべきところである。

6日昼ごろ、部屋の目の前のナースステーションの前で睡眠薬をくれと交渉していると、昨日世話になった日本語を少し話す女の子が母親と一緒に入ってきた。昨日とは別人かと見違えるようなお化粧をしていた。日本の友人からもらったという「旅の指差し会話帳」を持ってきてくれた。彼女はもう日本語を勉強する気はないのかもしれない。奥付のところには○○春香さんという子からの彼女への贈呈の言葉がかかれてあった。「日本語がんばってね」と書いてあったが、本人はどんどん忘れているといっていた。「ツーリズム学科」を卒業して、いまは英語と初級の日本語の教師をしているそうである。

いったい、タイのツーリズム学科なんてものは何を教えているのだろう。どうやって白人を上げるかとか、売春に見えないようなレンタルワイフ斡旋業の手管とかだろうか。日本古文の謙譲語の説明のように、有色人種客を「下げる」ことによって相対的に白人客を「上げる」効果があります、などと教えるのだろうか。昨日なぜか彼女が自分の携帯番号とカタカナで名前を書いた紙切れを私にくれたが、けがらわしい物のような気がしてすぐに捨ててしまった。

彼女がくれた旅の指差し会話帳も無駄になるだろう。私はもうタイ語を話す意思がない。タイ語を使わずタイを通過し、ここで利用できるものを利用することだけを考えている。本を受け取って「ありがとう」といいすぐに自室に下がった。

夜8時ごろJansomホテルの英語を少し話す姉ちゃんが仲間たちと一緒に見舞いに来てくれた。姉ちゃんはなぜか身の上話めいたことを言った。実家はスラタニで、子供がいるのだとか。4日入院しろといわれているが、それは怪しいという。前の病院Virajslipは良くないとも。明日医者のチェックを受けたあと退院したほうがいいとも言う。車で迎えに来るからという。なんだか客の取り合いのようでもある。見舞いのつもりか缶詰のミルクをたくさん持ってきてくれたが使いようがない。そのまま病院においていく。

7日。月曜日になると看護婦までが制服を捨てて全員黄色のポロシャツを着ている。黄色は月曜の色で、国王が生まれた曜日の色だから国王の色だということである。(私は小学校で黄色はキチガイの色だと習った覚えがあるが)。ここはまるでナチス国家だ。

例の医者は急に開き直ったような態度になり、どこが悪いんだ、何で入院しているんだ、などと素っ頓狂な質問をしつこくしてくる。「デング熱だから4日入院しなければならないといわれている」とこっちが説明してやらなければならない。これがタイの医療である。結局もう退院していいことになり、ホテルの車を呼ぶ。

Jansomホテルに戻ると同じ部屋は空いていなかったので、別の部屋に入る。部屋が気に入っていたので自分はチェックアウトしたくなかったのだが、日本語をしゃべる女の子が来たときにそういう成り行きになってしまった。

痛感するのは、タイ人は看護婦には向いていないということ。同時に複数のことを考えることができない。複雑な状況にぶつかると切れる。簡単なことでも何度もせかさないと動こうとしない。まったく融通が利かず、機転が働かないので、介護などにも向いていない。

タイ人に向いている仕事はやっぱり売春か(売春に対する抵抗感が社会全体に欠けているため)、何も考えないでできる単純労働ということになる。したがって、いかなるタイ人労働者も日本に受け入れる合理的な理由はないと思われる。

5月14日。チュンポンの白人用"Western-Thaiバービア"と同じ大通りにあるできたばかりの旅行代理店では、なぜかわからいないが、インターネットをただでやらせてくれる。3時間も使ってもタダなのでかえってこっちのほうが気を使ってしまう。しかも、ほかの客が使っているのをあまり見ない。2台しかないパソコンがたいてい空いている。壁には料金表が貼ってあり、そこに書いてあるレートは1分1バーツ、60分60バーツで"Western-Thai"と同じ。

この旅行代理店はまだ航空券は扱っていないといっていた。ビーチへのツアー中心のようだが客が来ているのをあまり見ない。店主は顔立ちから見てインド系と思われるタイ人。

深夜、ジャンソムJansomホテルの裏手の通りでローカルネット屋を見つけた。1時間ほど使って15バーツ。PCも新しく、台数も多い。日本語もすぐにインストールできる。IEではココログにログインできなかったので、Mozilla Firefoxをダウンロードする。これはほとんどココログに入れる。

しかし、翌日昼にそのネット屋に行ってみると、子供たちにまじって、屑毛唐が土人売春婦丸出し女を連れてきていた。教育上悪いことこの上ない。しかし、マレーシアと違いタイではこのような光景にも鈍感になってしまう。

デング熱はこの3日ほどで急速に快方に向かった。今はほぼ快癒したといっていいと思うのだが、まだ時折、頭の後ろや筋肉にへばりつくような熱感を覚えることがある。特に夜中。

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://kuantan.blog74.fc2.com/tb.php/316-f4edb097
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)