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マラッカ航海日誌補遺

「土人」に関するもう一つの解釈

私はこのブログで、「土人」という言葉および概念を、より科学的で「使える」用語・概念として規定しなおすことを試みてきた。

「土人」という言葉でしか的確に表現できない概念があり、その概念を用いることによってしか適切に処理することができない問題がある、という考えからである。

いったい「土人」のどこが悪いだろうか。

マレーシアには公的な、というより大威張りな役所用語としてBumiputraという言葉がある。

bumiは梵語のbhumiに由来し、英語で言えばlandとかearthということになるのだろう。要するに地球、大地、そして「土」soilという意味。putraは同じく子供、息子のこと。

マレーシアでbumiputraといえば、ムスリム、非ムスリムを問わず、もともと今のマレーシアの土地にいた先住民族、つまり、インド人と中国人を除いたマレーシア人を指す。「マレー人」というとムスリムに限られるが、ブミプトラの場合は非ムスリムの「オラン・アスリ」やサバ州、サラワク州の先住民が含まれる。

タイのBhumibol(プミポン)国王のBhumiも同じ言葉に由来すると思われる。カンボジアの地名によくあるPhumiというのも同語源だろうか。

で、このbumiputraを日本語に訳すとすれば、かっこよく言えば「大地の子」かもしれないが、もっと素直に言えば、「土人」という昔からある日本語を当てるのが大変適切であると思われる。

「土人」の第一の意味は「ブミプトラ」である、として良い。私がこれまで説明してきたのは「土人」の否定的な意味である。

しかし、もっと難しい別の解釈もあったようだ。

http://blog12.fc2.com/s/sheknow/file/P1000012@dj.jpg

  
  
日本で近年廃止された「旧土人保護法」について、ほとんどの白人バックパッカーが持ち歩いているLonely Planetの日本編Japanは、日本語に"Kyudojin"なる言葉があって、この"Kyudojin"が何か汚いものを意味しているかのような、ハクチな解説をしていた。(LPはまた、「日本にはBurakuminなる神秘的な被差別身分があり、日本のホームレスの大部分はBurakuminである」などというでたらめな解説もしていた。いまでもしているのだろうか。糾弾団体がこんなことを世界に撒き散らしているLPをなぜ糾弾しないのか不思議である)。

  

「初恋の味、カルピス」の伝統的な商標が「差別だ」と非難されて廃止に追い込まれている。

その商標がどんなものだったかというと、黒人の子供らしい人物が単純化されて描かれていて、色が黒い、目がまん丸で大きい、唇が厚い、という特徴を強調したものだった(と記憶する)。

しかしこれだけのことをもって、だから「差別」だと非難することはむしろ、その非難者側の「差別」意識の告白にほかならないのではないか、という疑念を拭うことが難しい。

「色が黒い」「目がまん丸」「唇が厚い」ことを、「当然に否定的な」容姿の特徴であるとする前提がなければ、このような非難はありえないからである。

そういう容姿は議論の余地なく「マイナス」であると思っているから、そういう特徴を強調した商標を「差別的」だと受け取るのであろう。

そして、このような場合に批判者は、本当にそれは「差別的」なのか、なぜ「差別的」といえるのか、という議論は抜きにして、直ちに糾弾の方に向かっていくことになる。

それがなぜ「差別的」かを一から議論するならば、まずもって自らの思い込みを告白するところからはじめなければならないことになるからである。

白人の子を単純化して描き、「色が白い」「髪が黄色」「目が青い」「そばかす」などを強調して描いていたとしても、「差別」として糾弾されることはなかっただろう。

なぜそうなのか、ということが問題になってしまうとまずいので、そのあたりは「互いにわかりきったこと」として省略し「差別意識」の糾弾のほうに進むのである。

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