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マラッカ航海日誌補遺

チョンジョム(Chong Chom)=オスマッチ(Osmach)、カンボジア

5月26日。

スーリンのSang Thong(セントーン)ホテルをチェックアウト。昨日と同じチョンジョム(Chong Chom)行きのミニバスに。

バスターミナルで毛唐に出くわす。交通機関や役所やレジなど逃げられないところで毛唐とかち合うのは本当に嫌である。毛唐が多い場所ももちろん嫌だが、毛唐がいなさそうなところに入り込んでいるのを見るのはさらに不快。

とくにタイで(タイだけではないが)毛唐と同じ列に並ぶ以上は、さまざまな屈辱的な扱いを受けることを覚悟しておかなければならない。

しかもこの毛唐、同じくチョンジョム行きのバスチケットを買った。

ミニバスで毛唐と一緒は嫌だ。チベットツアーを思い出す。

スーリンの毛唐状態は、タイとしてはましなほうだった。

不幸中の幸いというべきか、チョンジョムに行く毛唐は一人だけなので、イミグレではこいつの姿が完全に消え去るまで待とう。

毛唐は意味もなくうろつきまわる。

しかも、バスの時間に遅れる。イミグレでも手間取るだろう。

毛唐はあらゆる手続きで必ずゴタゴタして手間取るが、その上最優先だからなおさら迷惑なのだ。

ミニバスは超満員で毛唐入り。最後列の座席に座ったのもまずかった。毛唐も最後列に来る。あとから乗り込んでくる人たちはみな最後列のシートに割り込む。

毛唐はバスに乗り込むやいきなり私にタイ語で何か聞いてきた。excuse meにあたる言葉の一言もない。私は客引を無視するように完璧に無視。

その態度はいかにも見下すように横柄で、毛唐特有の(タイ語をマスターしようとアジアに何年いようと白人である以上決して変わることのない)「貴族が民草にあわせて付き合ってやっている決まりの悪さ」あるいは「地元民たちが白人である自分に一目置き、あるいは憧れていることを互いにわかっていることの決まりの悪さ」を示唆するようなシニカルな「ニヤケ」があり、自分が常に周囲からさまざまな特別の配慮を受けることを当然と思っている様子が一見してよくわかる。

この毛唐は若いがバックパッカーのような格好ではなく、荷物はデイパックひとつ。しきりに携帯で誰かと連絡を取り合っていた。おそらくビザなし滞在で何か仕事をしているのだろう。タイに長く住んでいるようだが、イミグレで目に入った国籍はUSA。

毛唐入り超満員のバスに乗っていると気分が悪くなってきた。本当に気分が悪い。デング熱以来、快適だったことはほとんどない。

やがて外は嵐になる。

プラサートにつくまでに嵐は上がっていた。プラサートPrasatでは一人しか降りない。毛唐が降りてくれるかもしれないという淡い期待はやはり甘かった。

午後2時ちょうどチョンジョム着。スーリンから1時間半。

タイの出国地点名はKap Choeng。

カンボジア側の町の名前はOsmach(オスマックなのかオスマッチなのか、よく聞き取れなかった)。タイ側にいるうちからカンボジア式にガイドがつきっきりで世話をする。特に拒絶する必要もない。一人に一人完全にガイドがついてすべて指図するので(指図されなくても国境越えの経験のある人ならすぐにできるようなことばかりだが)、ラノンイミグレとちがい毛唐優先という感じにはならなかった(カンボジア人に白人崇拝がないわけではない。ビエンチャンのカンボジア大使館員など、白人ツーリストと有色人種ツーリストとで猿のように態度を変えていた。が、カンボジアはタイほどではない)。

毛唐もここは初めてのようで、やはりうろうろと手間取り、ガイドがつきっきりでものろのろしていた。

この毛唐はビザを取り国境を越えてすぐにタイに戻ったようだった。

カンボジアのイミグレ役人は仕事は遅いが丁寧で、礼儀正しかった。

ビザ代は1000バーツ。ドルでなくバーツで請求された。バーツが高くなっているからだろう。ビザを見るとFee欄は空欄になっている。普通はここに30ドルとか書いてあるのだが。

前日タイイミグレ役人が言っていたマルチプルビザが取れるというのはウソだった。シングルエントリー30日のみ。写真が一枚必要(なくてもいいかもしれない)。たまたまいつ撮ったかも忘れた古い写真をもっていたのでそれを出す。

何もないところにぽつんと立つ真新しいゲストハウスに、タイ側からずっと付きっ切りのガイドにバイクで案内されて入る。モトサイ代いくらかと聞いてもup to youというので、結局20バーツやる。毛唐(とくにネパールに来るやつなど)にはこういうときに完全に開き直ってほとんど払わないというのが結構いるようである。ネパールではガイドから直接そんな苦情を聞いた(オランダ人だったといっていた)。ちなみにタイでは買春代金を踏み倒す毛唐も多いとか聞いたことがあるが・・・・。「若いとき(禿げる前)はタイ女なんかほとんどタダでやれたものさ」なんて自慢話をする禿げ毛唐がいたが、あれもたんに踏み倒していただけなのかもしれない。

ゲストハウスにはたいへん美しくて笑顔の優しいクメールの少女が二人、下働きで働いていた。私が汗だくでゲストハウスに入っていくと、珍しいものを見に来る蝶々のように(そんなものがあるかどうか知らないが)、フワーっという感じで2人現れて、なんとなく近くに寄ってきた。適当な距離になんとなくいる。

浅黒い肌にリラックスした瞳。かすかにインド系の混じった顔立ちと姿勢、背筋のライン。柔らかい物腰。色白つんつんに憧れ「治療」さえするというタイ人には理解できない美しさだろう。

ゲストハウスの名前はChhay Na。国境近くのマーケットまで歩いて10分ぐらいかかる。ファン300バーツ、エアコン500バーツ。

オスマッチは整地はしてあるが舗装はない。砂嵐は今のポイペトよりひどいだろう。ただ、ポイペトのような変な臭いはない。

ところどころにカンボジアらしいマーケット・集落がある。

しかし、カンボジアの楽しみであるカフェー(タイやラオスのよりは透明なホットコーヒー)もフランスパンサンドもこの町にはない。「カフェー」を注文したら当然のようにアイスコーヒーが出てきた。

しかし、「ストローが立つ」フルーツシェークはあった。といってもポイペトのように濃くはない。ドゥリアンも入っていない。

27日。

オスマッチからシエムレアプへはタクシーしかない。一人だと2000バーツだという。朝は客が多いので乗り合いタクシーがあるそうだがそれも9時まで。

シエムレアプへの道はすべて未舗装でかなりキツイ道のりのようである。

結局、軟弱にもタイに舞い戻ることにする。

カンボジアイミグレは結構丁寧な照合をしていたが、タイイミグレは難なく通過。「帰りの航空券提示」なんてこともない。

カンボジアイミグレを過ぎたところでタイのセキュリティチェック(兵隊)になんとなく道を聞いたら荷物検査をされた(何で道など聞いたのか自分でもわからないが)。

タイのイミグレを通過して、別のタイ役人の詰め所の前でパスポートを荷物にしまっていたら、どこに行くのかと聞かれる。プラサートだと答えると、バンコクかだとか。はじめから結論が決まっていのなら聞かなければいいのに。

役人には極力近づかないのが無難である。ヤクザと同じ。

10時半ごろのバスでプラサートPrasatに向かう。

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