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マラッカ航海日誌補遺

【汚いオーストラリア】"Viduka said nasty stuff, says Nakazawa"【中沢コメント】

日本の選手が試合後に相手の汚いプレーについて公に言及するということは少ないと思う。ましてや試合に勝ったときに。

私は見ていなかったがVidukaの反則の仕方には腹に据えかねる何かがあったのだろう。

それ以上に、よほど汚いことをしゃべり続けていたのだろう。毛唐がこういう場面で発する暴言は当然、人種差別的な悪口を含むものである。中沢はその内容を明らかにしないが、ジダンが言われたことよりひどいことだろうと想像する。

弱そうだろう、残れそうだろう、ともくろんでアジアに入り込んできてこのざまである。しかし恥を知らない者に怖いものはない。4流白人国家はどこまでも醜い。素の白人の姿が表れるのも4流ならではである。

Viduka was winding me up, says Japan's Nakazawa

By Alastair Himmer

HANOI, July 22 (Reuters) - Penalty hero Yuji Nakazawa has accused Australia captain Mark Viduka of continually abusing him during Japan's Asian Cup quarter-final win over the Socceroos.

The Japan defender smashed home the decisive kick in a heart-stopping shootout to send the holders into the last four but was left with plenty to remember Viduka by.

"I've got a few bruises," Nakazawa told Reuters after Saturday's clash in Hanoi. "There was some kicking going on from him -- and from me.

"He's a big guy but I didn't want to back down. He kept saying nasty stuff to me during the game. I'm not telling you what. You'll have to ask him."

To add insult to injury, Viduka watched Nakazawa's winning kick from the bench after the Newcastle United striker was hauled off in the 61st minute after getting no change from Nakazawa.

"Mark is a big man and it was very hot out there," said Australia coach Graham Arnold in an attempt to explain Viduka's ineffectiveness. "He was just a bit fatigued."

http://in.reuters.com/article/sportsNews/idINIndia-
28595820070722

   
オーストラリアのサッカー選手のことをSoccerooというらしいが、ケモノ流を売りにしてるんだろうか。

このニュースも日本ではまったく報じられないようである。


日本人に欠けているのは、「建設的な」議論ではない。そうではなくて、建設の前に来るべき「批判」である。土台となる「批判」という作業を嫌い、その作業を怠ることをむしろ「美徳」とさえ考えるのは日本人の悪い習慣である。

批判とは、たとえば白人という種族の悪性、性の悪さを直視し、はっきりさせ、われわれが白人世界に期待してよいことの限界を明確にすることである。

白人(西洋人)は性悪説に立ち日本人は性善説に立つという。概ねそのとおりなのだろう。しかしこのことは、日本でよく語られるようにどちらの人間観が正しいとか優れているとか深いとかいうようなことではない。

人間は自分を鏡にして人間観を形成してきた、というだけのことである。

白人が性悪説に傾いたのは、白人自身が性悪だから白人の性が悪であるからにすぎない。そう考えるのがもっとも合理的だと思う。

(キリスト教はいわれているほど関係はないと思う。キリスト教を受け入れた民族でも性悪説に傾くとは限らない。日本のキリシタンはかなり忠実なカトリック教徒であったようだが「性悪説」に傾いただろうか)。

人間は種族(人種や民族)によってその「性」が大いに異なる。これは日本以外のほとんどの世界で当然の前提と考えられていると思う。そういうことは家庭で教えられるのである。

そういう事実を公の場所で口にしてはいけないとされるのは「それをいっちゃおしまい」だからである。つまりあまりにも自明のことで公言してしまっては救いのないことだと考えられているからである。

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