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マラッカ航海日誌補遺

マレーシア独立(ムルデカ)50周年

8月はじめの朝、いつもはむっすりしている宿の中国人オヤジが、うれしそうな顔で私に「お前は8月31日までここにいられるだろ?」と聞いてきた。

何のことかと思ったが、ニコニコして今年の8月31日は「ムルデカ」50周年のお祝いだと言う。

最初は宿がふさがるから出て行けということかと思ったが、そうではなくて、「いてほしい」と言ってくれてるようだった。このオヤジがこんなことを言うのははじめてだ。

残念ながら私は前日に8月6日の日本行きのチケットを買っていた。往復チケットだが一ヶ月以内にマレーシアに戻ることはないだろう。

残念ながら6日に日本に帰るというと、中国人オヤジは前にもましてむっつりとした顔に戻って2,3日不機嫌そうだった。

マレーシアは8月31日で「ムルデカ」50周年。

マレー半島の英領マラヤ連邦がイギリスから独立してからということ。

その後、シンガポールとボルネオのサバ、サラワクが加盟してマレーシアが成立するが、シンガポールは後に追い出される。

(シンガポールがいるとマレー人より中国系の人口のほうが多くなるため、とされるが、当時のトゥンク・アブドル・ラーマン首相よりもマレー語で育ったリー・クアン・ユーのほうがマレー語での議会演説がうまく人を魅了するカリスマがあったため、という話も)。

マレーシア国旗がアメリカ合衆国国旗にデザインがそっくりなのは、マレーシアも合衆国同様にイギリス植民地から独立した連邦国家だ、という意識がマレーシア人に強いからだろう。イギリスが旧宗主国だったことにマレーシアのアイデンティティを感じていることは確かだと思う。


マレー人というのははっきりとした人種または民族というわけでもない。東南アジアの先住系諸民族でマレー語を話すムスリムがマレー人というのが定義だろうか。

ムスリムという要件を切り離し、マレー・ポリネシア系言語を話す東南アジアの先住民族系というとらえ方をすると、フィリピン、ボルネオ、マレー半島、インドネシアの全域がマレーと言えないこともない。

マハティール前首相も今年か去年かの新聞で、「東南アジアの先住民はすべてマレー」という発言をしていた。じっさいのところ、カンボジアにもマレー語の影響はあるようだ。クメール人は南インド東部起源だが、たとえばカンボジアにたくさんあるKampongという地名はたぶんマレー語から来たものだろう。カンボジアは古い時代にジャワに朝貢していたことがある。そして蒙古に圧された雲南のタイ族が南下侵入するまではそのカンボジアがインドシナ最大の帝国であり最高の文明でもあったわけである。「パラオ」もマレー系の言語で「島」という意味だろう。

フィリピンもインドネシアも、独立後、大マレー主義、大インドネシア主義を唱え、とくにボルネオをめぐってマレーシアと対立したことがある。

同じくマレー人・マレー系と言っても、マレーシアのマレー人はその他のマレー・ポリネシア系諸民族と仲が悪いといわなければならない。

そうなるとますます、マレー人をその他の東南アジア先住民族と区別するアイデンティティは、やはりイギリスの支配を受けイギリス文明をお勉強したという意識ということになる。

「俺の昔のご主人様はオランダ人みたいなクズじゃねえだ、インドネシアと一緒にしてくれるな」、という感情は理解できないこともない。

しかし、いまマレーシアで「マレー人」とされている人たちが、本当に「マレー半島の先住民」といえるのかについてはやや疑問だと思う。

この「マレー人」が昔からマレー半島全域にしっかり定住していたというわけではない。

マレー半島はもともと人口過疎な地域で、「マレー人が集住して集約的な農耕をしていた」というような土地ではない。

先にも述べたとおり「マレー人」は人種的・民族的にはかなりあいまいな括りであり、マレー人はどんな顔といわれてもはっきりとは言えないところがある。

マレー人は黒いのか白いのかといわれても、幅がありすぎてはっきりとは言い切れない。確かに中国系よりは黒い人が多い。しかしいろいろな顔や肌色がある。アラブ人の血が混じっているくらいで騒ぎ立てないだろう。

マレー語はスマトラが起源だという。パレンバン近くに栄えたシュリーヴィジャヤ王国の言語だったという説も。

海洋民の共通語として、港や海辺を中心にスマトラからマレー半島、東南アジア太平洋全域、さらにはインド洋にまで広がったようである。

だから、マレー人は港や海岸を中心に広く栄えた人々なのであり、マレー半島の内陸部までマレー文明が支配していたわけではない。

そういう文化的にも過疎で同調力の弱い場所に、イギリスが人為的に連れてきた大量のインド人、中国人労働者が定着し、現在のマレーシアの民族的な多様性が生まれた。

マレーシア政府が自画自賛する人種的・宗教的多様性だが、たしかに他の東南アジアの国に比べると、その多様性、寛容度は大きいと思う。

しかしそれは、日本人がしばしば思い込みがちなように、「違うものを違うといわないであいまいにする」とか、「人種の区別が重要でないかのように言い、そのように振舞う」とか、自分の宗教でもない宗教の行事をマネたりそれに参加したりするということではない(ただ仏教徒中国系がヒンドゥ寺院の前で手を合わせていることはある)。

マレーシアの多様性は、政府も御用新聞も自画自賛しているように、それぞれの人種・民族・宗教コミュニティが自己の文化的・宗教的アイデンティティを強く持ちながら共存もするということである。

これは他民族、他宗教に基本的な反感を持つことは人間として当然であることを前提としそれを十分に認識した上での「寛容」であり、殺し合いにならないための共存である。

つまりマレーシアの多様性とは、日本のサヨクなバカな人が好むような、異質者に媚びるような考え方をしたり、「自分が持って生まれた規定」を投げ捨てようとしたり、またその気になれば投げ捨てられると思い込んだり、「みんな人間」「みんな同じ」を連呼したりする白痴的な思考停止宗教とはまったく正反対の、現実的な知恵なのである。

また、マレーシア人は、他民族、他宗教と隣接して常に反感を抱きながらも共存しているからこそ、むしろますます自分の属する文化・宗教に対して強いこだわりを持つようになっているようにもみえる。

同じマレー人でも、インドネシアでは洋服が多いが、マレーシアのマレー人は民族服に執着するし、女性がトゥドゥン(インドネシアではジルバブ)を付けている率はインドネシアでもっともイスラム色の強いバンダアチェよりもマレーシアのほうが多いと思う。

大都会の真ん中の近代的な空間で、民族服を着ている人をこれほど多く見るところは、東南アジアではKL以外にあまりないのではないだろうか。

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