FC2ブログ

マラッカ航海日誌補遺

マレーシアに来る外国人留学生

私が出会うのは黒人ばかりである。ネット屋で会う連中。みんなペーパーワークのバイトをしていて、身分を聞くと「学生」と答える。そのネット屋は一時間3リンギのこじんまりした清潔なところ。

安いネット屋は一時間2リンギのところもあるが、コピーをとったりファックスのやり取りをしたりという事務作業がやりにくい。ゲームやってるガキやそれ以上に煩い白人バックパッカーが我が物顔でうろつきまわって彼らのバイトにはふさわしくない。

アフリカ人が多いが中米の黒人もいる。概して気むずかしい人が多い。

中には(変に)気さくな人もいる。車を持っていて、マレー女と結婚している。ムスリムなのだろう。ネパール人もいつもそうだが、必ず日本にも行ってみたいという話になる。

行ってみたいのは良いし、行くのもいいだろうけど、私に何ができるというのか。日本人の連れが日本大使館に一緒に行って口を利けばビザが取りやすいとでも思っているのだろうか。

日本大使館などというところは日本人が行っても英語でしゃべらないと入れてもらえないところである。(ただし在ミャンマー日本大使館は格別で、ミャンマー人守衛さえ立派な日本語を話した)。

銀行員の夫を持つネット屋の華人の女主人でさえ、日本に行きたいからそのときは面倒見てくれなんて真顔で言う。飯をおごってもらったときだったので、いいですよと答えておいたが。旦那はHSBCに勤めている、結構な身分である。

先日、新聞の教育欄でいろいろな国からマレーシアに来ている留学生が発言していた。

官報のような新聞なので、発言内容はすべてべんちゃらだが、同じくべんちゃらでもどんなふうにべんちゃらなのかは、その学生の出身国というより「人種」によってかなり違っていた。


マレーシアをほめようというとき、アフリカやインドなどから来ている有色人種の留学生は必ず、マレーシアの人種的および宗教的多様性、そして多様性を維持した共存という国家理念を褒め上げる。

他方、白人留学生はほとんど内容のない話しかしない。マレーシアの「ホスピタリティ」やら「みんなフレンドリーで親切にしてくれること」やらばかり。白痴的である。

彼らの発言内容はタイに行く白人買春ツーリストや白人ガイドブックが繰り返す決まり文句と変わらない。白人諸国からマレーシアに留学に来るような白人は、母国では本当の白痴なのかもしれないが。

しかし彼らは「ホスピタリティ」やら「フレンドリーで親切」やらと言えばホストが喜ぶと信じて、飽きもせずそれを繰り返しているのである。

ホストが喜ぶと思ってほめている点はどちらも同じなのだが、そのつもりで話す内容はまったく違う。それぞれがマレーシアという国をどう見ていて、マレーシアに何を期待しているかがわかる。また、どういうことを言ってやればマレーシア人が喜ぶかについての見方がまったく違う。

アフリカやインドからの留学生がマレーシアを選んだのは、人種や宗教の多様性を尊重するというマレーシアの建前に期待してなのだろう。アフリカやインド出身の黒い学生がタイなどに留学したらどんな悲惨な毎日を送らなければならないかを考えてみると、英語だけ話せてアジアに留学するならマレーシアかシンガポールということになるのはわかる気がする。

そしてまた、マレーシアが人種的宗教的多様性を誇っているということも理解していて、それをいってやればホストが満足すると思ってそう言っているわけである。

一方の白人留学生がマレーシアに期待していることは「歓待」であるということもわかる。「歓待」以外のことはほとんど期待していないかもしれない。しかも彼らは、「歓待されました」といって「歓待」をほめてやりさえすればホスト側が喜ぶと信じている。だからそればかり繰り返すのである。

つまり、マレーシアを「その程度に」見ているということである。

白人が「ここのホスピタリティはすばらしい」と言ってやればそれだけで有色人種は喜ぶと思っている、そのような白人だということである。

白人に対する「接待のマナー」をほめてやることは、白人の植民地奴隷に対する最高の賛辞である。

彼らはこのことをまだ堅く信じ続けていて、マレーシアにも適用しているということである。

これはマレーシアにかぎらずアジア全体を白人が見るときの無意識的な観点だろう。

(マレーシア「ムルデカ」50周年記念日を控えているので、マレーシアにちょっとべんちゃら気味に書いている)

スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://kuantan.blog74.fc2.com/tb.php/402-b383278e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)