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マラッカ航海日誌補遺

独立記念日が近づき街に白人が増えてくる

8月5日。

白人には、われわれが感じることのあるような相対的な、「うしろめたさ」の感覚はないようだ。

8月31日の独立記念日を控えて白人ツーリストがどっと増えてきた。イギリス人もたくさんいるだろう。

彼らはマレーシアに文明を教えてやったことを誇り、まだ教え足りないことや彼らが学びたがっていることがあれば気前よく教えてやろうという気分でいて、また、そういう心構えをアピールをすることこそ文明を学びたがっている旧植民地土民たちに歓迎され感謝もされるに違いない、という揺ぎない確信を抱いているように見える。

それはマレーシアにかぎらない。厳密に「旧植民地」である必要もないし、自国の植民地であった国である必要もない。彼らのアジアおよびアジア人に対する姿勢の根幹にはその確信があると思う。

「マレーシアが白人の植民地支配から脱却し独立を果たした記念だから白人も少しはシオラシい気持ちでいてそのように振舞うのでないか」という想像をするならば、それはまったく日本人の日本的な想像といわなければならないだろう。白人にはそういう発想はない。

マレーシアであれタイであれどこであれ、「ツーリストを歓迎します」といって白人に向けて呼び込みをすれば、白人はああ歓迎されているのだ、われわれが訪問してやるのを心待ちにしているのだと思うだけである。

そして彼らがこの国に来るのも権利であれば、この国で彼ら流に振舞うのも自然権であると当然のように考える。

そこで見る有色人種はすべてツーリスト(=白人)の観察のために供された「ローカル住民」であり、また、そうでなければならない。

なぜならそれが呼び込みのときの約束だったからだ。有色人種に自分たちと同じ立場のツーリストがいるなどとは夢にも思わない。いるかもしれないという知識を得たとしてもそれは納得のいかないことである。それは約束が違う。


この意味でマレーシアに来る白人はタイファランよりも純化されたツーリストが多い。いまKLの街にはタイ式クズ白人とは一味違う、どうしようもなく傲慢な、宗主国民感覚を堅持した中流白人ツーリストたちがあふれている。彼らは一生理解することがない。およそ白人は理解したといいながら何も理解しないものだが、彼らは理解しないことによって得るものが多く理解することによって失うものが多いからである。

中年白人の団体は耐え難く醜悪な脂肪の塊集団だが、この脂肪の塊はただの脂肪ではない。イデオロギーで武装した脂肪である。しかし、その「イデオロギー」は高校や大学で拾ったような軽々しいものではない。

この集団が移動するとき、「物」を避けることはあっても「人」を避けることはない。

有色人種どもは当然のように彼らのために扉を開け、道を空けて彼らの脂肪が全部ゆっくりと無人の空間を通り過ぎるのを恭しく見送るべきである。これは不壊のコードである。

万一このコードが破られることがあるとすれば、それは直ちに野蛮人の文明人に対する犯罪すなわち、文明に対する野蛮の挑戦であり、テロである。今日ではこのようなケースに「白人に対する人種差別」という論理さえ適用される。

彼らのこの確信には歴史があり、その振る舞いはあらゆる利用可能な「普遍的」論理によってすでに守られている。このように振舞うものは日本のオバサン集団ーたとえ大阪であってもーにも見ることはない。白人ならではの振る舞いである。

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