■没後50年に理念と理想を銘記せよ
≪ご遺族の指名と聞いて≫
昨秋、上智大学名誉教授の渡部昇一氏から突然、お手紙をいただいた。
「実はこの度、元副総理で外相の重光葵(まもる)ご一家が、基金1億円を準備され、重光葵賞を制定された。選考委員は私、渡部昇一と岡崎久彦氏、工藤美代 子氏、田久保忠衛氏の4名があたることになったが、第1回目は遺族側のご意向によってドナルド・キーン氏とあなた、深田祐介さんが受賞者と決まった。あな た、受けてくれますか」という内容であった。
昨年は重光葵氏の生誕120年、没後50年になる。重光氏は冷戦状態下にあり日本の加盟に反対するソ連の干渉を排し、国連加盟を成し遂げた。その国連加盟記念のスピーチでは「日本は今後、東西交流、相互理解の懸け橋にならん」とする熱意が示されている。
ご遺族一同の間で没後50年の機会に、このスピーチを基礎として「重光葵賞」制定が大きな具体的事業として浮かびあがり、初回の受賞者が指名されたというのである。
「特に私が指名された、というのはどういう理由ですか」
その後、私は直接渡部昇一氏に伺ったものである。氏は言下に「深田さんがその著作で、世界で初めて、大東亜会議と特に大東亜共同宣言を採り上げ、評価され た。これはいずれも重光構想の核心をついた発言であって、日本の戦争をしてアジア解放の戦いたらしめんとした重光氏の思想に初めて脚光をあてたと言ってい いのだ」。私は深く納得し、「光栄でございます」と答えた。
≪「大東亜会議」の熱い心≫
重光氏が成し遂げられた外交懸案 はじつに多いが歴史に燦然(さんぜん)と輝くのは、日本のあの戦争にはっきりと理念を与え、そしてそれを実行されたことであろう。1943年11月、重光 氏を強い推進者として、アジア諸国首脳を東京に集めて、アジア最初のサミット「大東亜会議」が開催された。そして「大東亜共同宣言」を採択した。
ここで「今次戦争の意義はアジアを白人植民地から解放することにある」と宣言し、重光氏は補足して「これは大西洋憲章のごとき単なる主義の声明ではなく、会合各国の政策実行の宣言」と述べる。
事実、重光氏没後50年、インド以東に欧米植民地はまったく存在しない。氏の理想は達成されたのだ。
大東亜戦争に至るまでの欧米による搾取は苛酷を極めた。1830年オランダ総督、ファン・デン・ボスによる強制栽培法強行が象徴的だが、オランダ政府は欧 州で売れるゴム、コーヒー、紅茶、砂糖などの商品作物の栽培しか許さなかった。この政策により挙がった利益で、オランダは鉄道を敷くなど近代化を成し遂げ る。
しかしこの悪法のおかげで生産地インドネシアは四毛作の肥沃(ひよく)な土地ながら、米不足から数万の餓死者を出した。
≪うすれゆく苛酷な思い出≫
英国の植民地政策は狡猾(こうかつ)を極め、まずインド農村の税制を強化、生活難におとしいれ、次にマラヤ、ビルマ(現ミャンマー)など周辺地のゴム園、茶園の賃金水準をインドの3倍以上に設定、インド人が海外出稼ぎに出ざるを得ないように仕向けるのである。
この政策実現により各地の商品作物の栽培は急増、英国の貿易輸出額の3分の1を占めるに至るのである。
英国の酷薄極まる植民地統治の実態を知りつつも、しかし重光氏は仮想敵国たりし英国首相のチャーチルとは深い友誼を結んでいる。
激しいドイツ空軍の空爆下、チャーチルは戦前の日英同盟下の友好的な日英関係をしのび、重光氏の眼前で涙をこぼし、重光氏も友好の情を共にする。重光氏の 熱き心は特に家族に向かい、令嬢の華子さんの縁談話が起こると娘との別れをいとう重光氏の反対でなかなか縁談が進まなかった、という。
この重光氏の熱き心がアジアの理想を求めたとき、アジア諸民族は解放されたのだ。
私は拙作『黎明(れいめい)の世紀』(文芸春秋発行)でこれに触れ、さらに加筆して『大東亜会議の真実』(PHP研究所発行)で氏の成就された業績を評価 したのだが、私の胸に深く影を落とすのは戦争続行を叫ぶ陸軍将校過激派の襲撃を覚悟しつつ、隻脚をひいて、ミズーリ号艦上に至り、降伏文書に調印する氏の 姿だ。あれはまさに「一等国民」から「二等国民」に下落する哀感にあふれた足取りであった。
そして事実、その後の日本は拉致、資源調査など、やられ放題の二流国家になった。アジアの盟主は叩頭が得意な理想なき二流国に墜(お)ちたのである。(ふかだ ゆうすけ)
Author:Kuantan
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